今だから言えることだが、あの時俺は、御影 幸という女を殺したかった。
あの白く細い首に両手をやり、ただ我武者羅に力を込めて―――彼女の目を真っ直ぐに見据えたまま、殺したかった。
それは俺にとって久方ぶりに訪れた身を焦がすような衝動だったし、それは俺にとって正しい感情のように思えた。
あの白く細い首を絞めたら、彼女はなんと言っただろう。
黒目がちな二重の眼を見開いて、小さな唇を薄く開き、そうして、
「 」
空想の中の御影 幸はいつも―――俺の知らない、誰かの名前を呼ぶ。
空想の中の彼女は抵抗しない。長い腕をだらんと弛緩させたまま力を入れず、ただただ首を絞められるだけで、それでも見開いた眼は俺を映さず、俺の知らない誰かの名前を呼び、そうして、そこで俺の中の空想はふつりと終わる。
続きはない。どうしても、続きを描くことは出来ない。
彼女を殺したのかも―――それとも、解放したのかも。空想の中でさえ、俺はわからない。わからない、けれど。
彼女はきっと、ちっとも驚いていないに違いない。
何とも思っていないに、思ってくれないに違いない。
俺が「自分を殺そうとしている人間」になることを選んだとしても、彼女は俺にちっとも興味を抱いてくれないだろう。
それは嫌だった。それだけは絶対に絶対に、嫌だった。
だからこれは、彼女の視界に入りたくて、でも自分がそう思っているということにすら気付かず、自分でもよくわからない衝動に突き動かされて進んだ愚かなガキが、
そんな愚かなガキを拾ってしまったがばかりに自分の辛さと向き合うことも逃げ出すことも出来なくなった彼女に、殺された話。
一思いに、殺された話。
お久しぶりです。ナコイ トオルです。
活動報告やあらすじにもある通り、これは『彼ら』の物語です。
内容的に、前作から目を通して頂けると幸いです。
願わくば、最後までお付き合いを。