レベル3 カレーライスを彼女と二人で
俺、山村光太郎が通う学校、三鷹西高等学校は趣き深い高校である。
都会の喧騒と自然の静けさを良い意味でも悪い意味でもごちゃ混ぜにした、そんな場所である。
というのも高校を西に出ると大きな商業施設などがズラズラっと並んでおり、今、俺が歩いている帰宅ルートの東方面は三鷹公園を通らなければならないために嫌でも緑が目につくのだ。
しかしながら公園で寝ているオヤジや、ギターを弾く人々をみると、この街に住んで良かったなとも最近思う。
いやいや、俺はレベル99になるんだろ?危うく、こののんびりした空気に流されておれも昼寝でもしようかと思ってしまった。
四時頃に家についた。まだエレベーターに乗ったりしなければならないのは億劫だ。
このマンションの7階角部屋が俺の家なのだが、家族は誰もいない。その理由は決して海外旅行等に行ってるわけではない。
おれを置いてけぼりにして家族みんなでイタリアに移住してしまったのだ。
そんな俺はというと山村家の家訓である「20代まで一人で武者修行」というメチャクチャな理由で父があてがったこの家に住んでいる。
もともと自立志向があったためか、その家訓にすんなり従い一年が過ぎた。しかしある朝異世界に飛ばされ、帰ってきた時は飛ばされるまでの状況と全く同じだった。異世界の1年はこっちでは1秒も経ってないのだ。
そうこうしてまた高校2年の生活が始まってしまった。
そんな過去の説明をしたらドアの前についた。しかしながら部屋の中で人の気配がする。まさか異世界からの追っ手か?
恐る恐るドアを開けた。
「この家が勇者コータローのものと知っての蛮行か!魔物ども出て来い!!」
いきり立って怒鳴ってみたものの、その脅しは何の意味もなかった。
部屋には青田鳥子がいたからだ。
「何が魔物よ。隣人の好意に対する礼儀がそれってわけ?」
彼女は制服のままエプロンをかけ台所から出てきた。
ふむふむ。魔導師時代のローブもよかったが、この制服とエプロンの組み合わせはそれを遥かに凌駕している。ふむふむ実に良い。
さらに制服も取れればなお良い。
「よだれ」
侮蔑した視線を向けてきた。
いかんいかん。いらぬ妄想をしてしまった。
「まあ気持ちも分かるわよ?何しろピチピチの女子高生の生エプロンなんてそうそう見れたものではないから」
「あぁ。そうだな。しかしもう一枚脱いでくれるとなお良いがな」
「いいわよ。一枚と言わず全部脱いであげるわ」
へ?
え?なんて言った今?
「聞こえなかった?全部脱ぐと言ってるのよ」
「ばかやろう!やめろ!」
しかし彼女の動きは始まった。おもむろにエプロンを脱ぎ、制服を脱ぎ去った。
「ば、ばかもん!ってあれ?」
全てを脱ぎ捨てたと思われた鳥子は決して裸ではなく、ジャージ姿だった。
「どういうことだ?服を脱げば普通肌が露わになるだろ?なのに逆に露出が少なくなってるじゃないか!!!」
「別に不思議じゃないわよ。防寒よ。ぼ、う、か、ん。わかる?ジャージの下なんてまくっとけばいいし、上はあんたが目を隠してるうちに隠しておいたのを着たのよ。なんてことないわ」
なるほど。こういう一つ一つの防寒対策が女子高生の体を守ってるんだなと少し関心した。それにしてもすぐさまジャージになるとは流石にこなれているとも言うべきかなんと言うか。
「まてよ、そういえば何で俺の家にいるんだ?お前の家は隣だろ?」
すると彼女は2人分のカレーライスを作って持ってきた。
「まだ姉さんが帰ってこなかったから失敬させてもらっただけ」
「失敬って、お前どうやったんだよ?鍵は一つしかないんだぜ?」
「内緒よ。内緒」
家訓の一つに女性の秘密に深入りしてはならぬという文言があるために、それ以上は聞けずに作ってもらったカレーライスにありつくことにした」
程よいスパイスとほのかに香る甘みが絶妙だった。うまい。
「しかしこれどうやって作ったんだ?」
「あなたの冷蔵庫って、とっても汚いのね。とりあえず使える食材をぜんぶ入れてみたわ。リンゴ、ほうれん草、タマネギ、辛子等々」
「全部入れたのかよ‥」
しかしこんなてきとうな作り方でカレーができるもんだ。
「今日置いていった罰よ」
そう言いながらカレーを食べる彼女の姿はジャージ姿とあいまって雑なイメージを持ちそうだが、とても美しかった。
それをぼんやり眺めてると彼女がスプーンを置いた。
「あなたレベル99をまた目指すといってたわよね?」
その突拍子な質問に少し驚いた。
「ああ。てっきり馬鹿にでもしてるのかと思って聞き流されたと」
「そんな隣人に対して思わないわよ。アホらしいけどご近所付き合いは大事だから」
ああ。またなんかテキトーな返しだなとおもった。
「それで、コータローに言われてから色々考えたのよ」
「と言うと?」
「現世のレベル99とは、すなわち、コミュニケーション能力が最強のことよ」
青田鳥子はスプーンを俺にめがけてそう言った。
彼女の眼差しは侮蔑とかではなく、魔王戦の前と同じものだった。