レベル1 隣人はブルーバード
いそいそと毛布から出た時、学校にいく時間はとうに過ぎていた。
急いでパンに噛り付き、見た目だけでもきちんとするよう髪を整える。
然程変わってない風に思うだろうが、この平凡な顔つきに少しでも印象をつけなければならないからだ。
制服のネクタイを締めようとした時玄関のインターンホンが鳴った。
この時間に珍しい。きっと隣りの青田鳥子ににちがいない。
ドアを開けるとあの「大賢者ブルーバード」と恐れられた、かつての仲間であった同じ高校二年生の女の子が、あきれた顔つきでこちらを見ていた。
「あんたね。いい加減こっちに戻ってから随分立つんだから今の生活に慣れなさいよ」
確かに彼女の言い分も十分理解できる。しかしかしながら彼女も変わった。
変わったと一口に言えば俺もこっちに戻ってきてからは変わったとも言えるかもしれないが、当時の彼女は聡明で尚且つ優しくサポートしてくれた。だが。
今でも黒の長髪が似合うことは変わりはないが、あの真っ青のローブを着て俺と戦った大賢者の姿は無く、所謂普通の女子高生に成り果てた。しかしながら彼女自身はすっかりこの現実生活に馴染みカースト制度にいる最上位的な存在に昇格していた。
確かにツンケンしていて周りからは冷たくて話しかけ辛いとか思われがちだが、その点は向こうの世界で1年いた俺にとっては少し意見が異なる。更に冷たい絶対零度、針葉樹林しか生きながらえないツンドラだ。
しかしこの意見には同調する。美人であるという事実だ。
「そんで、何しに来たんだ。ブルーバード」
「は!?その名前で呼ぶなって言ったでしょうが!!」
少し頬が赤くなった。春の日差しでツンドラも少しは氷解するのだろうか。
「一人暮らしで大変だろうから起こしてあげようとしただけよ」
「それはありがたいがなブルーバード、お前も遅刻だぞ」
「嘘。やだ。早く来なさいよ」
襟首を引っ張られそのまま学校にいくことになった。
春の三鷹は少し寒い。この寒いという言葉は異世界にいた時では一つも出なかった筈なのだが。そして今の問題は寒さだけではない。
彼女、青田鳥子はこの寒さなのにスカート膝上で履いている。よくやるもんだ。
かと言っても、スカートが短いことは俺、山村光太郎にとってもうれ、へ、へ、
へっくしょん!へっくしょーい!!
「花粉がしんどい。スキルに風邪耐性付けてた筈なんだがなぁ」
「あんたまだそんなこと言ってるの?私たちが帰ってきて一ヶ月よ?」
「それは分かってる。だけどさ。お前もあの美しき日々を忘れたわけじゃないだろ」
「ふん。何がよ。あんなケダモノ達と戦った日々が美しいなんて思ったこと一度もないわよ」
確かにそう思う。あのチート染みた自分の力が無くなることは本来の自分に戻ることであり、それは喜ばしい事なのかもしれない。
青田鳥子はきっとそう思っていたからこそ今の生活に満足しているのだろう。
しかしながら彼女のスタイルは感嘆せざるを得ない。今ではローブを着ていた姿しか見ていなかったからかもしれないが、彼女のスタイルは所謂モデルのそれと同じだった。
そう考えると俺も普通の世界、通常の心理に戻ってきてるのかもしれない。
「だけどあの頃に戻りてぇなぁ。レベル99だったあの頃に」
ふん。と彼女はあざ笑うかのように一瞥した。
「そんなに戻りたいなら異世界に帰れば?帰れるものならね。ま、こっちでレベル99でも目指せばいいんじゃないの?」
ん?待てよ。確かに一理ある。この現実世界でのレベルカンストを目指せば……。あのレベル99の響き、あの輝いた日々を取り戻せるんじゃないか?そうだ。そうだとも。もう一度レベル99をこの世界で掴みとるんだ。
やってやる。
「やってやるぞぉぉおおおお!!!」
思うと否や足は動き出した。
呆気に取られている青田鳥子を置き去りに走り出したのだ。
もし仮に三鷹で奇声を上げて走る高校生が出没するという不審者情報が流れたとすれば、それはきっと俺だ。