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召喚は夢にあふれていますか?




『研究日誌 NO.1』


 あれから一日が過ぎた。正直頭がパンクしそう。転生のことも、召喚のことも、リヴィア様のことも。今だって俺の価値観は変わらない。それでも、この世界の流れはすでに決定してしまっている。


 俺が召喚しなくても、誰かが召喚してしまう。それを止めることはできるだろう。でも、その後は? 勇者という希望を潰した俺は、間違いなくこの世界を陥れた人間になる。リヴィア様だって、巻き添えにしてしまう。


 なら、世界中の人々の意識を変えるか? それこそ無茶だ。俺のような考えを持っている方が、本来この世界ではおかしいのだから。ちくしょう。俺だって、この世界が平和になってほしいのに…。



 勇者を召喚するのか、しないのか。それに悩み続けても、結局答えは出なかった。それでも何もしないというのは、落ち着かなくてこの世界の召喚魔方陣の研究をすることにした。メモ書き程度だが、思いついたらこれに書き込んでいこうと思う。


 どちらにしても、召喚魔法について知っておくことは悪いことではない。国王様からの許可をもらい、俺は三日三晩解析に時間を当てた。余計なことを考えなくてよかったが、過ぎてしまった時間の猶予が焦燥を滲ませる。


 調べた結果、これは一方通行の魔方陣だった。この世界に呼び寄せるだけの召喚魔法。それに胸糞が悪くなって、送還の魔方陣を五日かけて作り出してしまった。俺自身の魂は、もともとあちらの世界のものだ。時空魔法を駆使して、なんとか探知できた。時間がないのに、本当に何をやっているんだろう。



『研究日誌 NO.2』


 召喚陣を眺めながら思う。俺は誘拐犯になりたくないし、リヴィア様を誘拐犯の主犯にもしたくない。だったら、誘拐だと相手に思わせなければいいのでは? と思った。


 召喚陣に介入させるキーワードを付け足すのだ。例えば、地球という世界に未練がなく、異世界に行きたいと思っている人間を引っ張ってくるとか。戦争をするのが大好きな人間とか。


 いや、でもそんな危険人物を連れてきたらまずいな。強大な力を持つ人間が、ずっとこの世界にいるなんて余計な火種になりかねない。世界を救ってくれたら、すぐに送還陣で返してしまうか。そうすれば――



『研究日誌 NO.3』


 前の日誌を読み返すと、俺自身もどうしようもない屑だと思った。睡眠が足りない。今日は寝よう。



『研究日誌 NO.4』


 ずっと考えていたが、キーワード設定は悪くない考えなのだ。だが召喚したのなら、その後もちゃんと責任をとらないと駄目だ。無理やり送還はできない。この世界に残りたいのなら、衣食住は当然で、何不自由なく過ごしてもらいたい。それだけのことをお願いするのだから。帰りたくなったというのなら、俺が送還陣バスになろう。


 元の世界に帰りたいのなら、きちんとその時間軸に送還してみせる。記憶は……本人が望むのなら消去しよう。嫌なことを書き換ることだって、大切なアフターケアだ。精神魔法はちょっと毛嫌いしていたが、そんな好き嫌いをしている場合じゃない。


 とりあえず、今日決定したキーワード。男であること。さすがに女の人を呼び寄せるわけにはいかない。偏見かもしれないが、俺は女性に世界の命運を背負わせることなんてさせたくない。女性は守るものだ。愛でるものだ。あぁ、彼女が欲しい。



『研究日誌 NO.5』


 半月過ぎた。リヴィア様に隈のことを心配された。魔法でいつもなら隠していたのに、研究のしすぎで気が回っていなかったみたいだ。失敗した。


 答えは未だに保留になっている。彼女はそれを催促することなく、いつも通りに俺と接してくれた。やっぱりドSだった。


 ずっと召喚魔法の研究をしているのに、俺は勇者を召喚するべきか決められていない。最近どうも魔国からきな臭い匂いがするのだ。選択を急がなければならないかもしれない。


 今日決定したキーワード。身体の動かし方を知っていること。頭の回転がいいやつ。……少なくとも、俺以上にはあった方がいいだろう。うん。



『研究日誌 NO.6』


 前世で読んだサブカルチャーを思い出した。そうだ、脇役勇者だ。巻き込まれ型の勇者召喚の心配をしなければならなかった。


 巻き込まれ君は、何故かとんでもない人物が多い。フィクションなのだとしても、今はそんなファンタジーな状況なのだ。万全を期さないといけない。範囲設定は細かく決めないとまずい。もしそれでも巻き込まれてきたら、丁重に送還させていただこう。


 あと魔力量がしょぼいとか、身体能力とかの能力付随なし、という巻き込まれらしい設定があったとしても、俺は信じない。王族張りに気を使わせてもらう。いじめかっこ悪い。きっととんでもない特殊能力を隠しているのだ。成り上がってくるのだ。俺を捨てたこの誘拐犯な世界に復讐をっ! とか恐ろしいことを言ってくるのだ。何故か魔国側に味方して、敵対してくるのだ。


 全力で、範囲設定は頑張ろう。



『研究日誌 NO.7』


 たぶんこの国で俺以上に、召喚魔方陣に詳しい人間はいないだろう。それほど研究して、調べまくった。召喚で大切な要素である、時空魔法の研究も同時進行させた。気づいたら、自分でも引くぐらいの能力になっていた。異界の門の効果すごい。勇者補正半端ない。これは魔国に知られたらやばいだろう。


 俺は封印魔法を作ることを決め、この国の選ばれた人か王族しか……いや、それだとあの嫌味王子様も含まれてしまう。S気質なのは、さすがは王家の血だと思う。でも最近長年の嫌味に俺が慣れてしまったのか、どうもなんか物足りないのだ。罵るのなら、もっと頑張ってほしい。


 俺の好き嫌いは置いといて、これはさすがに国王様に相談しよう。勝手に王家の召喚魔法を改良しすぎたら、首が吹っ飛びかねない。


 相談したら、今更か、と蔑んだような呆れたような目で見られた。やばい、国王様すごい迫力。さすがだ。



『研究日誌 NO.8』


 期日10日を切った。召喚魔法の改良もかなりすごいものになったと思う。安心安全をモットーに作った双方の世界が納得できるように、匠の技を駆使した代物だろう。召喚された人物のケアを含め、研究室を出て王城を奔走した日々を送った。


 教師の準備や、部屋の準備なども最高のものを揃えるべきだろうか。そんなことを考えていたが、これでは召喚します、と言っているようなものだ。俺の中の答えは、すでに出てしまったのだろうか。俺は召喚することを、受け入れてしまったのだろうか。


 知らない世界にいきなり連れてこられた恐怖。俺はそれを知っている。どれだけ手厚くしたって、その恐怖を忘れさせられるほどのことができるだろうか。


 何より、結局は戦ってもらうのだ。命を懸けて、この世界のために。殺し合いをしてもらう。どれだけ綺麗ごとを並べたって、その事実は変わらない。元地球出身の異世界人でも、俺の故郷はもうこの世界だ。前世の両親や友人たちに申し訳ない気持ちはあっても、死というものは俺を割り切らせた。俺はなんだかんだで、この世界を守りたかった。


 『テデル』には、俺の大切なものがたくさんできてしまった。老後は贅沢させて、肩を揉んであげる約束をした両親。魔法学校でできた笑い合える友人たち。毎年墓参りして、親友の墓石と酒盛りをする時間。王宮でできた繋がり。いつも顔に落書きして追い返してやっていた暗殺者ども。スーパー鬼畜な王家の方々。


 そして、辛辣で笑顔さえも周囲を凍らせるような、ドSの王女様。彼女は宣言通り、自分の全てを召喚した勇者様に捧げるだろう。異世界のために力を貸してくれる、そんなヒーローを召喚できるように俺は設定を組んだ。かっこいい主人公と、美貌のお姫様。お似合いだろう。


 あんな美人で、聡明で、強くて、我が強くて、一直線で、踏み方だって上手いのだ。きっと勇者様だって、惚れるだろう。そうしたら、本当にあの勇者物語のように幸せに暮らしてくれるだろうか。勇者様もそのお姫様も。惚れた弱みとか言って、この世界を救ってくれるかもしれない。彼女は本当に強い人だから。


 ……だから、――――よりもお似合いなんだ。



『研究日誌 NO.9』


 前回の日誌の最後の部分を消してしまった。俺は何を考えてあんなことを書いていたんだろう。


 だって戦ってくれるのだ。異世界から呼び出されて、身に覚えのない嘆願をされて――誘拐されたのに救ってくれるような善人を巻き込むのだ。この世界のために命を張ってくれ、と頭を地に付けてお願いをする立場なのに。


 ――それなのにどうして俺は、嫉妬しているんだよ。悔しいんだよ。


 リヴィア様は、俺にもう戦わなくていいって言ってくれたんだぞ。もうあんな気持ち悪い思いをしなくていいんだぞ。俺なんかより、ずっとかっこよくて、強くて、賢いヒーローが来てくれる。リヴィア様の立場を悪くしたくないから、俺はきっと勇者召喚をする。そうしたら、あとは本物の勇者に任せたらいい。


 この世界も、この国も、彼女も、全て任せる。そうわかっているのに。それが一番幸せになれる道筋かもしれないのに。無理やり決められた道じゃなくて、自分の歩きたい道を進める。怖いことから逃げて何が悪いんだ。卑怯で自分勝手さ。だけど、俺だって巻き込まれただけなんだ。巻き込まれただけの、中途半端な力しかない餓鬼だ。


 この世界の求める勇者にはなれない俺が、今更足掻いてどうなる。魔国の恐ろしさは、戦った俺がよくわかっているだろう。魔力だけの俺がどれだけ頑張ったって、この戦いに勝つのは厳しい。未完成な勇者が、どうやって本物に勝てるんだ。世界だって納得しない。彼女だって納得しない。彼女の願いの中には、こんな俺の幸せも入っているのだから。


 ……こんな、情けない俺の幸せを。



『研究日誌 NO.10』


 召喚魔法陣の研究日誌のはずが、完全に日記帳というか、黒歴史というか。冷静になって読んでみると、こう胸の奥に切なさと叫びたい気持ちが溢れてくる。無性に掻き毟りたくなってしまった。これは禁書だな。確実に。だから、これ以上の黒歴史を作ったって今更だ。


 俺は、地球と異世界の違いを知っている。人種や文化や価値観や命の重さが、何もかも違うことを知っている。召喚される側の辛さと、召喚する側の辛さの両方を、俺だけがちゃんと知っているんだ。


 きっかけは召喚でも、俺は自分がもうこの世界の人間なのだと認めている。地球に比べて、不便で、娯楽がなくて、危なくて、死が隣り合わせな世界。それでも、認めているんだ。精一杯この世界で生きることを、自分自身で選んだのだ。だから、友人が死んで悲しかった。大事な人を守りたいって思った。争いのない平和な未来を望んだ。


 それは、俺がこの世界の人間だったからだ。だから、今まで戦うことができていた。自分勝手でいじめっ子なお姫様だったけど、必死に生きていた彼女が本当に眩しかった。彼女がいたから、俺もしっかり生きようって思えるようになったんだ。



 そうだ、本当はわかっていた。気づいていたんだ。俺が望んでいた幸せがなんだったのか。だけど、怖かった。戦うことも、死ぬことも、拒絶されることも。最初は自分とは釣り合わないぐらいかわいいから、と偽った。次は身分が違うから、と誤魔化した。最後は彼女の隣にいるには弱すぎるから、と諦めた。


 そんな逃げ続けた先に、幸せなんてあるのかよ。流され続けるだけで、俺は納得できるのかよ。口先ばっかりで、守られ続けるだけの男で、本当にいいのかよ。


 容姿に自信がないのなら、磨けよ。身分が違うのなら、這い上がれよ。彼女を守れないぐらい弱いのなら、強くなれよ。俺は、スオン・レーゼスは……リヴィア・エルシアナ・ノーゼンスのお抱え魔法使いだろうが。


 だから、俺の答えは――




******


 


「スオンが、いない?」


 リヴィアは、齎された情報に珍しく驚きを表情に現した。だがすぐにその表情を消し、報告に来た人間を下がらせた。部屋に行くべきか、と自室を歩き回ってしまったが、それすらも慌てて律する。動揺が隠せていないことに、彼女は溜息を吐いた。


 逃げてしまったのだろうか。いや、そう考えるのはまだ早い。そんな風に、彼女の脳裏には彼の性格や損得鑑定を含め、思考が巡る。スオンに重い選択肢を突きつけたことは事実。それに逃げたのだとしても、それを責めるつもりはない。それでも彼は、流されやすくても、逃げ出す人物ではなかった。


 何か事件に巻き込まれたのだろうか。あの時の約束まで、あと一日ある。もしかしたら、今日はゆっくり休んで、明日何食わぬ顔で現れるかもしれない。そこまでリヴィアは考えをまとめると、面白くなさそうにベッドに身体を沈めた。こんなことで翻弄された自分が面白くない、というような憮然とした態度だった。


「……どこかに出かけるのなら、せめて一言ぐらい私に言いなさい。ばか」


 無意識に呟かれた言葉の意味を、リヴィアは知らない。彼女にとって、スオンという一つ年上の先輩は、相当な変わり者だった。少なくとも、彼女は彼のような人物を初めて見たのだ。


 才能に胡坐をかいているわけではないのに、どうもやる気が感じられない不思議な先輩。それが魔法学校で会った、初対面のスオンの印象だった。彼ほどの才能を野に放つなんて、当時のリヴィアにとっては考えられないことだった。平和ボケしまくった彼に、無性に食ってかかっただろう。


 卒業を迎えるスオンに、一番焦ったのは彼女の方だった。彼の魔力量と技術は、間違いなくこの国でもトップに位置した。後輩として決してかわいくはなかった自分を、対等に見てくれた彼と、もう喧嘩ができなくなる。だから自分の魔法使いとして、彼を推薦したのだ。国から選ばれれば、冒険者になることはできないはず。何より、これで自分の本気を知ってくれるだろうと考えていた。当時14歳だった少女は、そんな気持ちだったのだ。


 それが崩れたのは、スオンの潔白のために使った薬で知った、前世の記憶。彼が話す内容に、冷めていく自分がいたのがわかる。彼の才能や力は、彼のものではなかった。本来の役目を無知で放棄した人物。だからリヴィアは、その立場を思い出させるべきだと、彼の夢を壊した。国に縛り、その力を振るうべき場所へと引き摺った。それが命を懸けた姉への手向けであり、この世界を救う勇者の使命だと思っていたのだ。


 それを、心から後悔することになったのは、全てが終わった後だった。



「スオンを馬鹿だなんて、私が言えること? 償わないといけないのは、罵られるべきは私なのに…」


 彼に消えない傷を作った。深く抉るような、一生消えることなんてないほどの傷を。泣き続ける彼に、傍で名前を呼び続けることしかできなかった無力な自分。もう彼を戦わせないために、王女の護衛をさせ続けるしかなかった日々。


 スオンに恨まれて当然だ、とリヴィアはずっと考えていた。それなのに優しい彼は、仕方がなさそうに笑うだけだった。こんな自分を許してしまうほどの、お人好しだったのだ。いつか解放してあげなければ、と思っても踏ん切りがつかなくなってしまうぐらい、彼の傍は居心地がよかった。


 でも、それも明日までだ。ようやく彼を自由にしてあげられる。本当に自分勝手なわがまま姫だった、と彼女は思う。なにが氷姫だ、と嘲笑が浮かんでしまう。最後まで、結局苦しめてしまうばっかりだった。


 自分を律することもできなくなり、熱を上げ、母が亡くなってからは笑うことすらできなかったのに、簡単に笑みを浮かべてしまう。そんなどうしようもない気持ちが、溢れ続けた日々。


「本当に馬鹿ね…」


 目元を腕で隠し、リヴィアは唇を引き攣った。グッ、と何もかも飲み込んでしまうように。


 もっと早く気付いていればよかった。彼をもっとちゃんと見てあげればよかった。王女としてではなく、リヴィとして一緒にいたいって言えばよかった。4年前から、王女として名乗った後から、呼ばれることの無くなった名。もう呼ばれることのない名前。


 それが、ただ無性に悲しかった。




「――ッ! 魔力反応!」


 王城に鳴り響いた鈴の音が、リヴィアの耳に届いた。この国に張り巡らされた結界に、干渉があった時に起こる現象。外敵を知らせる鈴の音は、瞬く間に国中に鳴り響いた。


 次に起こったのは――甲高い音を立てて、国中を巡った地響きだった。


「リヴィア様! 先ほど結界が破壊され、魔国の先鋭が侵入したそうです! 急いでお逃げくださいっ!」

「……そう、やはり。あなたは今すぐお逃げなさい。私はこの国の王女としての役目を果たします」

「役目って……、リヴィア様、まさかっ!」

「優先順位は、国王様と王太子であるお兄様です。私の魔法の腕前は知っているでしょう? 王族として、兵の指揮と民の保護をします。私という旗頭がいれば、混乱は最小限に抑えられます。大丈夫、返り討ちにしてあげるわ」

「お、お待ちください! 殿下が現在、勇者召喚の儀式を執り行っておりますっ! もうすぐ勇者様が来てくださいますから、リヴィア様が戦火に飛び込む必要は――」

「……だったら、なおさら『この世界の人間()』がやらなければいけないでしょうッ!」


 彼女の兄の選択は、間違ったものではなかった。王都襲撃という現在で、切れる最高のカード。最高の周期は明日でも、今日できないことはない。それを冷静な部分が理解していても、リヴィアの心は荒れ狂った。


 いきなり召喚した人間に、この世界を何も知らない人間に、剣を持てと言うのか。誰もが恐れる戦乱の中に、いきなり放り込めと言うのか。召喚されれば、戦うのは時間の問題だとしても、それはあまりにも酷すぎる。


 召喚される人間がどんな人物なのかはわからない。それでも、この世界の人間となんら変わらないのだ。価値観や文化の違いはあっても、喜び、怒り、悲しみ、笑う、そんな当たり前の感情は同じなのだから。誰かを愛する心を持っているのだから。


 ――柔和で頼りなさそうな笑顔を浮かべた、大切な人の顔がリヴィアの中を過った。




「これで…、この辺りは終わりね……」


 侍女との会話を早々に終わらせたリヴィアは、すぐに城下町へと駆け降りた。兵の指揮を執り、民間人の保護を優先させる。魔国の手先であったものたちは、既に物言わぬ姿となり地に落ちていた。先兵らしき魔物に向けて、彼女は魔法で応戦し続けていた。


 そして、ようやく打ち止めされた魔物の群れに、リヴィアは肩で息をしながら、胸を撫で下ろす。国王様からの命令で、彼女の指示を聞くようにと伝令されていたため、スムーズに対応することができた。そして兄の兵も含め、みんなが協力してくれた。


 わかりにくくて不器用な父親だが、リヴィアの努力を影ながら支えてくれる人だった。反抗期真っ只中で、空回ることが多かった兄。妹に下剋上されそうで、あわあわしているのを見るのが面白かった人。本当は、彼が王太子として時期国王になることをリヴィアは受け入れていた。からかうことは、今後もやめられないだろうが。


 そんな大切なものを、――守らなくてはならない。大事なものを守ることに、世界だとか強さだとかは関係ない。ここは彼女の国だ。彼女が生まれ、育った国。家族や侍女たちや兵たちや民たち、そしてお抱えの魔法使いと共に育んだ国なのだから。



「――女の身で、随分とやってくれたものだな。この国の王女は、『氷姫』と聞いていたが、噂は当てにはならんか」

「……あら、お褒めに預かり、光栄ですわ」


 耳に入った皮肉を、リヴィアは無表情で切り捨てた。いつの間にか周囲に張り巡らされていた結界に、舌打ちが出そうになった。カツンッ、と靴音を鳴らして姿を現した男と、それに追従する魔物の群れを、彼女は静かに睨み付ける。魔力を身体に纏わせ、不意の一撃に備えた。魔族の男は、そんな彼女を見ると、面白そうに嗤った。


「強気な女は嫌いじゃない。早々に勇者を殺しに来たつもりだったが、いい手土産が手に入りそうだ」

「勇者って……、何故魔国側がそれを…」

「さてな、わざわざこちらの手札を教える必要はない。だが休戦をすることで、人間側に少しは余裕ができるだろう。そうすれば、次に考えるのは勝利に必要な挽回の切り札。勇者召喚だろう、と当たりはつけていた。我々が何の対策もなしに、攻めていたと思うか?」


 勇者召喚は、この世界の人間にとっての切り札。だが切り札というものは、後がないから切るものなのだ。それがなくなったら、残るのは蹂躙されるしかない者たち。この世界の人間たちは、勇者を盲信しすぎていた。勇者様がいれば、必ず勝てると思っていたのだ。そんな存在を、魔国側が対策しない訳がない。


 リヴィアは、悔しさに拳を握りしめる。彼らはおそらく、かなりの勢力をこの国を落とすのに使っている。勇者が成長する前に、勇者が現実を受け入れる前に、人間の希望を消すために……勇者を殺すことで、その全てを壊しに来たのだ。


 勇者召喚を止めることは、もう間に合わない。ならば、守らなくてはならない。この国を、勇者を。



「私はこの国の王女、リヴィア・エルシアナ・ノーゼンス。魔国の者を誰一人として、城には行かせませんっ……!」


 リヴィアは、己の死を、敗北をする未来を受け入れた。だが、最後まで足掻くことをやめるつもりはなかった。顔に泥がつこうと、四肢がなくなっても、精神が壊されても、必ず時間を稼ぐ。


 無事に勇者召喚ができるように、せめてその勇者のために時間を作れるように。その礎となろう。魔物の群れに向かい、彼女は思いをぶつける様に魔法を放った。



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