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転生は夢にあふれていますか?




「いいですか、リヴィア様。誘拐は犯罪です。王族がそんなことをしてはいけません!」

「あの、スオン? 今この世界の危機を救うために、大切な話をしていたはずでは……」

「くっ! 冷酷でドSで容赦がない、まさしく氷姫にふさわしいと心から思っていても、聡明で心に熱いハートを持っていると信じていたリヴィア様でも、やはり異世界の壁は高かったかっ……!」

「馬鹿にされたのは、すごくよくわかりました」


 あっ、待って待って。お待ちください、リヴィア様。そのフルスイング辞めて。おしりペンペンは19歳の男にとって、もはや拷問です。魔法学校時代に、年下の女子に全校生徒の前でされたときは、本気で数週間引き籠りました。当時外見年齢12歳だったから、まだ許された領域です。今やられたら、道を踏み外すか、死にます。


「ほ、ほら! リヴィア様、俺が前世の記憶持ちなのを知っているでしょう!? 無理やり自白させたんですから!」

「あれは、少しやり過ぎたと思います。でも、もともとスオンの魔力量は有名でした。国王様にあなたを推薦しても、とんでもない魔力量と技術を持ち、しかも地位に興味がない。もしかしたら、魔国の手先か他国の実力者のスパイかと思われていました」

「えっ、実は俺ピンチだった!?」

「それにしては行動が甘く、手先にしては考えも幼い。だからその疑いを晴らすために、国王様監視の下、私が自白剤入りの紅茶を飲ませて、秘密を話してもらったら……まさか前世、異世界人ですもの。真実を話す薬か、真剣に考えてしまいました」

「今さり気なく、自分のお抱え魔法使いを馬鹿にしたよ。こんな腹黒親子が統べる国が、なんで平和だったのか……、ごめんなさい。そのにっこりスマイル辞めてください。すみませんでした」

「あら、氷姫の笑顔なんて、そうそう見られませんよ?」


 美女の笑顔で、背筋を震わせてくるのは彼女ぐらいだろうと俺は思った。



「しかし、なるほど。スオンの世界の常識的には、勇者召喚は犯罪だと言うことですね」

「えーと、幻想をぶち壊すようで悪いですけど。そうですね。リヴィア様だって、考えたらわかるでしょう? いきなりいつもの日常から切り離されて、自分を知らない人間しかいなくて、誰も知らない世界に呼び出される。それなのに、勇者として戦争をしろと言われるんです。しかも、自分の世界とは全く関係がない国で、世界で、命を懸けて」

「……それが嫌なら、勇者側は拒否しませんか」

「元の世界に帰る術があればできるかもしれませんが、普通なら従うしかないですよ。元の世界に帰るという希望を、こちらが握っている限り。あと、殺されたくないから」


 もし召喚されるのが、ここと同じように魔法があり、危険と隣り合わせな世界なら……とも思ったが、どんな世界出身だろうと誘拐なのは変わらない。こっちの世界が大変なのは、ここに19年間暮らしていた俺だって理解している。この国だって、いつ襲われるかわからないのだから。


 それでも召喚される側の肩を持ってしまうのは、向こうで死んで転生した俺でさえも、この世界に最初は怯えていたからだ。帰る場所がもうない俺でさえも、あんなに泣いた。でも仕方がないと割り切ることができた。


 ――だけど、それが帰る場所がある人間だったら?


「俺も昔、勇者物語を母さんに読んでもらったことがあります。どこの世界でもありがちなストーリーだなー、って思いました。 でもあれが本当にあったことなら、俺は物語の最後の一文がすごく怖いと感じました」

「……この世界を救ってくださった勇者様は、その後お姫様と結婚し、幸せに暮らしました」

「えぇ、生まれた世界を捨てることができて、そのお姫様と心から幸せになれたのならいいんです。だけど、本当に? 召喚した国は、その勇者様をちゃんと返す気でいたのか。勇者なんて力を持つ存在を、お姫様はちゃんと愛してくれたのか。国や世界は、勇者様を認めてくれたのか。今までの日常を切り離された勇者様が、この世界で本当に幸せになれたのか」


 例え元の世界に返すつもりだったのだとしても、どれだけ褒美を積まれたのだとしても、召喚された側がこれからの人生をちゃんと歩いてくれるのだろうか。召喚されていた間の時間はどうなる。行方不明者扱いになるのだろうか。もしその時間軸に戻したとしても、勇者として生きた記憶はきっと消えない傷となる。


 どれだけ取り繕っても、俺は勇者召喚を肯定的に受け取れない。それは間違いなくこの世界では、俺はひねくれているんだと思う。前世のサブカルチャーに影響を受けているとも感じられる。だけど、間違ってはいない気はするのだ。この世界中の人間にどれだけ糾弾されても、俺は間違っていないと叫べると思った。




「……スオンがそう言うのなら、勇者様もそういう考えを持っていそうですね」

「俺が言うってどういう…」

「これも王族だけの知識ですが、たぶん勇者召喚されるのはスオンの前世の世界の方になります」


 リヴィア様から確信を持って言われた言葉に、俺の肩がはねた。


「今から19年前に、次元の周期が偶然合ったことがあるのです。その時、私の姉にあたる人が勇者召喚をしたそうです」

「したそう……って、あっ。19年前では、リヴィア様は生まれていませんね」

「えぇ。父から聞いたのですが、姉は時空の属性を持った方だったそうで、自分の魔力と国の魔法使いたちの力を借りたのですが、失敗したようです。何かが異界の門の中を通ったまでは確認しても、姿はなかった。勇者様のいる世界の次元の門までは開けられたのですが、勇者様が現れることはなかった。それから姉は、魔力枯渇で身体を壊し、亡くなられました」

「……そんなことが。だけどそれがなんで、俺の前世の世界と――」

「勇者様がこの世界に召喚される時、次元の空間を通り、異界の神の門を通って来られる、と言われています。異界の門は、伝承では高い魔力を纏っている。そこを通った者は、莫大な魔力を得て、様々な属性を使いこなすことができるようになります。中にはその時の身体の変異で、特異な力を手に入れるとも言われていました。この世界に召喚された勇者様は、そのような特徴があったそうです」

「……あの、リヴィア様。ものすごく、冷や汗が止まらないのですが」


 俺はこの19年間、異世界『テデル』に転生したのは、ラッキーだからだと思っていた。だけど、それが違っていたら? リヴィア様のお姉さんの召喚が本当は成功していて、だけど本来召喚されるはずだった者が死んでしまっていたとしたら。身体がない、魂だけの存在が門を通っていたから、勇者は現れなかった。


 その魂はこの世界に流れ、命を宿したのだとしたらどうなる。特異な力というのが、転生または記憶の保持だとしたら。その新しい命は、この世界の人間では考えられないほどの高い魔力と、様々な属性を持っていたとしてもおかしくないのでは。



「スオンが言った通り、私はあなたの前世の世界がこことは違うことを知っています。ずっとあなたから聞いて、あなたを見てきましたから」

「リヴィア、様?」

「最初の頃は、すごく悔しかった。世界のために命を賭けた姉が、失敗だと、国の魔法使いの力を削いだと非難されていました。門はちゃんと開いたのに、どうして現れてくれなかったのかって勇者様を恨む気持ちもあったと思います。私の名前は、姉が死ぬ前にお腹の中にいる私に付けてくれました。そんな繋がりしかない人でしたが、私にとっては目標のような方でした」


 俺はリヴィア様が、どうして無理矢理にでも俺を国に留めようとしたのか、国の魔法使いとして魔国との戦いをさせようとしていたのか、わかってしまった。彼女は召喚されるはずだった勇者を恨んでいた。そこに前世の記憶を持った、勇者の特徴を持つ男が現れたのだ。だけど、そいつは勇者としての自覚もない、情けない人間だった。

 

 だからリヴィア様は、その男を魔法使いとして手元に置いたのだ。この世界の現状を見せつけるために。冷水を浴びせられたように、俺は彼女の独白を聞くしかなかった。糾弾されても、仕方がないのかもしれない。俺は、彼女の姉の命で生きているのかもしれないのだから。



「……真っ青ですよ、スオン。いじめがいがあるのは相変わらずですが、ちょっと胸が痛みます」

「俺なんかに、そんなこと心にも思っていないですよね」

「……本当に心にも思っていなければ、とっくにあなたを魔国に向かわせていますよ。勇者召喚を頼んだりもしません」


 どこか寂しそうに告げるリヴィア様に、俺は疑問しか浮かばなかった。彼女は俺が、19年前に召喚された勇者だと気づいている。少なくとも、国王様とリヴィア様は俺の存在を知っているのだから。そうだ、なのに……どうして勇者召喚をしようとしているんだ。俺に頼んできたんだ。


「同盟国にスオンを連れて行ったのは、本来救うべき世界を見せつけるつもりでした。あなたが持って生まれた力の意味を教えるつもりで、戦火の中に向かわせました。……だけど、すぐに後悔しました」

「後悔って」

「見くびっていたんです、あなたの前世を。あなたの世界を。この世界で人が死ぬのは、みんなどこかしら受け入れていました。だけどあの時、友人を亡くしたスオンの慟哭は悲痛で、本当に壊れてしまうかと思いました。私は魔法学校での、あなたを知っていたのに。4年間も後輩として、一緒にいたのに。スオンが戦争なんてできないぐらい小心者で、情けなくて、でも友達思いで。魔法が大好きで馬鹿みたいに頑張っていた、どうしようもない先輩なことを知っていたのに。それなのに勇者だというだけで、私はあなたの心を殺しかけた」


 リヴィア様は――リヴィは、なんだかんだでかわいい後輩だった。口うるさくて、もっと俺の力を役立てるべきだ、と無表情で眉を顰めながら言うのだ。そんなもん知るか、と俺が言うとよく喧嘩をした。それでも邪険にできなかったのは、彼女は俺の魔力を恐れなかったからだ。知っていたのだ、貴族と喧嘩をしないように俺は気を付けていたが、本当は向こうが俺を怖がっていたことを。友人だって、俺を怒らせるようなことだけはしなかった。


 俺はどこかで諦めていたのだ。だからこの国を出て、俺の魔力を知らない人間を求めようとした。そんな俺の前に現れたお姫様は、自分勝手で、いじめっ子で、どこか寂しがり屋で、それなのに真正面から気に入らないやつに食って掛かるような、……ある意味これが姫でいいのかと真剣に悩みたくなるような人物だった。



「この世界のことを解決するのは、この世界の人間がするべきだって、あの時感じました。だから何度も国に掛け合い、勇者召喚を行わなくてもいいようにしてきました。……でも結局、叶いませんでしたが」

「俺が勇者召喚を行わないというのは…」

「そうなれば、お兄様が魔法使いを集めて召喚するでしょう。スオンほどの魔力と高い時空属性がなくても、いないわけではありません。私にできたことは、本当に小さな足掻きだけでした」


 おそらく、世界中の国から勇者召喚を望まれたのだろう。人間たちにとっての切り札で、希望の光という最強のカードを手に入れるために。それに反論を続けるには、彼女は幼く、それほどの権力はなかった。だからそんな彼女にできたのは、選択肢を用意することだけだった。


「私が勇者召喚をするには、スオンの力が必要です。あなたが拒否をすれば、私は勇者召喚をすることができません。今まで積み上げてきたものも、崩れてしまいそうですね」

「……なら、どうしてやるなんて言ったんですか。わざわざ、王子様に喧嘩を売ってまで。俺に真実を話してまで。俺が勇者なんだって、国王様も知っている。俺を突きだすことだってできたはずです」

「スオンが門を通ったのは、魂だけ。その身体はこの世界のどこにでもいる、普通の青年です。魔力はすごくても、身体能力や武術は全然駄目ですからね。あなたは勇者として、未完成なんですよ。魔国に勝てるとは思えません」

「それは……」

「何より……私がもうあなたを戦わせたくなかった。スオンに死んでほしくありません」


 リヴィア様は、本当に綺麗に笑った。諦めと自虐を含んだ悲しそうな目で、覚悟を決めていた。


「だから私は、スオンと新たな勇者様を天秤にかけ、勇者様を選んだ。勇者召喚をして、その方にこの世界の全てを委ねます。召喚された方に私は全て捧げ、この世界の事情に巻き込んだことを償い続けます。命だって、差し出しましょう」

「リヴィア様っ!?」

「例え私が勇者様を召喚しないとしても、私は王族として自分を許せません。除籍を願い出るつもりです。どちらにしても、この世界に巻き込んでしまった時点で、私を含め、この世界の人間は加害者なんですから」


 違う、とは言えなかった。それでも、俺の中の溢れそうになった何かが必死に否定していた。


「リヴィア様、だけどあなたが全部を背負う必要は……」

「私は、すでにあなたを巻き込んでしまった。恨まれても、仕方がないことをしたのです。だからこれは私にできる、スオン・レーゼスへの精一杯の償いです。あなたの手で、決めてください」

「……ッ! そんな償い、迷惑だッ!」

「私がいなくなっても、国王様にあなたを任せています。このまま魔法使いとして暮らしても、冒険者になる道も……お父様に頼んでおきました。かわいい娘からの一生のお願いで、契約書を書いてもらっています。ご両親やご友人方の警護も継続されます」


 茶目っ気を含んだ口調と、細めた目とは裏腹に、淡々と語られる内容。すでにどうしようもないところまで、この王女様は諦めてしまったのだ。俺を戦わせたくなくて、それでもこの世界を救いたくて、でも罪悪感に嘘がつけなくて、声にならない悲鳴をあげている。


 どうしたらいい。俺は彼女の魔法使いだ。なりたくてなった訳でも、無理やり戦わされるのもごめんだった。それでも、彼女が何もかも償う必要なんてないじゃないか。少し恨んでいた気持ちだって、こんな結果なんて望んでいなかった。


 だけど、俺が勇者を召喚しても、召喚しなくても、リヴィア・エルシアナ・ノーゼンスを壊す。王女として気高かった彼女はいなくなる。



「一ヶ月後、その周期が訪れます。その時に答えを聞きに来ます。……今まで、ありがとうございました。スオン先輩」

「あっ……」


 椅子から立ち上がり、部屋を出ていくリヴィを俺は追いかけることができなかった。空しく伸ばされた俺の手は、何も掴むことができなかった。



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