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お伽世界の魔女

しあわせな王妃様

作者: しもり

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負(フリーワンライ)提出作品の加筆修正作品。使用お題は「縋った手は」「メリーバッドエンド(エンド指定)」

 彼女は見せられた子の姿に、どんな表情を向けるのが正解なのかもうとっくにわからなくなってしまっていた。


 王妃である彼女の責務は、第一に王家の血を継ぐ子を成すこと。七日間続いた盛大な婚礼から三年を経ても望まれた子は出来ず、陰では石女と蔑まれているのを、彼女は知っていた。

 王は三晩と空けずに王妃と夜を共にする。寝台の上で行われる交わりを見張る侍女たちだって承知していることであるから、余計に石女と言われてしまう。

 王妃という位について四年目。王妃というあまりに重すぎる位に、彼女の心身は次第に損なわれていったそんな時だった。とある魔女が城を訪ねたのは。

 国に仕える魔女は各国に最低でも一人は確認されており、その魔女もまたそうした国へ――ひいては王家へ奉仕する魔女であった。

 その魔女の存在が確かめられたのは百数十年前。登城に際しては常にフードを目深に被り、身体をすっぽり覆うローブで下に着ている服すら隠してしまう。と伝えられていた通りの姿をした彼女は、その力故にあまり顔を晒さず、そのような装いを王城内で許された数少ない人間であった。

「才知優れたる麗しの王妃陛下。わたくしにはあなた様が抱えるその憂いを取り除いてさしあげることができます」

 王妃との謁見に際して魔女はそう言った。

 通例通り、フードを外すことなく、ローブを着用したままでの公的な謁見であった。

 当時の憂いなど決まっていた。子の成せないことに対して彼女は髪の色をほんのりと白くするほど思い悩んでいたのだから。

 だから一も二もなく王妃は魔女に懇願していた。

「ああ、魔女よ、賢き女性よ、どうか私を助けてください」

 座ったまま魔女へと手を伸ばし、その力に縋りたいと涙する姿は警護の騎士四人と、すぐ傍に控える侍女二人しか知らない。

 魔女はだが、すぐには王妃を助けようとはしなかった。

 華やかなドレスの袖から伸びる繊手に応じることなく、重々しい口調で言葉を紡ぐ。

「ですが魔女の力は万能ではありません。殊、わたくしの力を使えば何らかの災いが現れるかもしれません。それは代償であるかもしれませんし、理不尽な請求であるかもしれません。結果、そのことであなた様か、或いは他の誰かが大いに損なわれる可能性もございます。……それでもよろしいのですか?」

 魔女はフードの下でいったいどんな表情をしていたのだろうか。魔女という、この世の威厳ある神秘を宿した人間は、どんな気持ちで言葉を紡いでいたのか。

 ただ聞こえる声だけは至極冷静で、静かに王妃を宥めるようにも聞こえた。あくまでも強要するのではなく、確かめる声音だった。

「ああ、お願い。それでもいいの。どうか陛下の、この国の跡継ぎである王子をわたしに授けてください」

 しかし尚も魔女の力に縋るしかないのだと訴える王妃の考えが、その場で変わるはずもなかった。

「……わかりました。わたくしに出来ることを致しましょう。それがあなた様のためになるというのなら……」

 そうして魔女から与えられたのは薬草と、奇妙な石だった。

 石は大人の女が緩く拳を握った程の大きさをしており、一切の汚れもなくつやつやとしていた。

 魔女は煎じた薬草と砕いた石を一ヶ月間飲み続け、満月の晩と新月の晩に王との交わりを行うようにと言った。

 王妃にも、王にもだ。子を成すためには二人の協力が必要不可欠であるのは当然のこと。

 王にもまた魔女が手ずから配合した薬茶が渡されていた。彼は一ヶ月の間それを飲み続けるよう義務づけられ、満月の晩と新月の晩は魔女に指示された通りに王妃の身体を抱き、その胎内に精を注いだ。

 王子を望むのは王とて同じ気持ちであったから、それで子が出来ると言われれば、勤めのためにも果たさぬわけもなく、果たして四月の後に王妃の懐妊が確認された。

 待望の懐妊の報せには王も王妃も歓喜した。

 胎の子は十月十日を平穏無事に過ごした後、生まれ落ちた。

 元気な産声を響かせる赤子。産所に集った侍女や産婆が寿ぐ中で、ちらりとその玉の顔を見せられただけで王妃はすっかり力尽きてしまった。

 まるで精根尽き果てたように王妃は三日三晩眠り続けた。

 その間に待望の王子は乳母に預けられ、養育が開始されていた。

 王妃が意識を取り戻した後も、すぐに王子に会うことはできなかった。身体を治すようにと王に言われてしまっては、侍女たちに無理を聞いてもらうこともできず、また不思議と子に会いたいという意欲も湧かず。気怠い身体は快癒することなく半年が過ぎ、王は突如離宮へ移るようにと告げた。その言葉も宰相補が持ってきた手紙に記されただけのものであった。

 だが封蝋は確かに王の印影であったため、王妃はわけもわからないまま、しかし温和しく離宮へと居を移した。

 身体はやはり治らなかった。

 ずっと気怠く、出産から一年が経つ頃には時折血を吐くこともあった。医者に診てもらうも、どこが悪いのか彼にはさっぱりわからなかったようで、原因不明ですと何度も告げられた。本当に何度も。

 それからさらに一年、二年……と過ぎていき、王妃にとっての時間の流れが曖昧になる頃、王から王子との面会の許可が下りた。

 王子は早いことに、もう四歳になっていた。

 すっかり一人で立つことを覚えた子供は、くるりと丸いガラス玉で母である王妃を見上げていた。

 己が生んだ子だというのに、不思議なほどそんな実感が湧かない。

 子を見たのは出産直後のあの一瞬だけ。その一瞬と出産の痛みがあっても母性は芽生えない。

 それから絵姿を見ることもなく数年。泣けばいいのか笑えばいいのか、蔑ろにされたと怒ればいいのかもわからなくなっていた。

 躊躇いがちに、じいっと姿を見つめたあとに囁くよう声を落とす。

「……大きく、なられましたね、王子」

「はい……。あの、ははうえのおかげんは、いかがですか」

 王子は母と呼んだが、きっとそんな意識はないのだろう。なにしろ乳母の隣からぴったりくっついて離れないでいるのだから。

 それにその言葉もそうだ。きっと乳母か侍女たちに覚えこまされた台本を読み上げたのであろう。たどたどしい言葉は少しぎこちなく広い部屋の中に落ちた。

 魔女の言う災いとはこれのことなのだろうか、と考える。

 子に親であることを認識されない。

 それとも体調を崩してしまったことがそうなのか。

 或いは王に蔑ろにされていることが?

 思い当たることがいくつもあっては、どれが災いなのかもわからない。

 返す言葉も、向けるべき表情も見つけられない己に嫌気が差した。

 そうして落ちた声はいっそ、冷酷なまでに冷ややかだった。

「……もう下がらせなさい」

「よろしいのですか? 折角のお許しですのに……」

 乳母が驚いたように問う。

 眉を下げ、困り切ったような顔を王妃に向けていたが、彼女の気持ちは変わらなかった。そんな表情でぐらりと揺れる程度のものではなかったようだ。

「二度も言わないわ」

「……畏まりました。さ、殿下。戻りましょう」

 王妃のすげない言葉を聞き、乳母はどうやら諦めたらしい。王子の背中に手を当て、別れの挨拶をするようにと促す。

「ですが……。わかりました」

 子は少し迷ったようだが、王妃の石のような表情を見て頷いた。

 ぎこちない礼をして辞去する小さな姿を目に入れながら、そこにはやはりなんの感慨も湧かなかった。


 さらに一年を経た頃、魔女が再びやって来た。

 王妃を訪ね、夜も近い刻限の来訪であったが、彼女の訪れを王妃は拒むことなく迎え入れた。侍女も騎士も下がらせ、二人きりとなった。

 座ったまま魔女を出迎えた王妃は、すぐに空いているソファを示して魔女を座らせる。格式張った礼儀など、もう必要なかった。

「お久しゅうございます、王妃陛下」

「ええ、本当に久方ぶりね。待っていたわ、あなたはきっと来てくれると思っていた」

 魔女は昔とあまり変わっていないように思われた。声に老けたところが些かも感じられない。

 一方で王妃の髪はすっかり白くなってしまったし、声も少しくたびれてしまった。まだ三十にもなっていないというのに、だ。

 魔女はそんな王妃の姿をフードの下からしっかり見ているのだろう。ソファに腰掛け、ジッと王妃の顔の辺りを見ているようだった。

「随分と……お労しい姿におなりになってしまわれました」

「これがあなたの言う災いだったのかしら?」

「はい」

 魔女は静かに頷き、王妃の考えが正しいものであると肯定する。

 しかし不思議と悲しくはない。

 絶望も、ない。

 あるのは魔女を懐かしむ気持ちの他はただひたすらに虚無だった。

 不思議な心地であった。

 確かに懐かしい姿ではあるが、それを特別懐かしむほど親しいわけではなかったはずなのにと考える。

 魔女と会ったのは彼女が登城し、王妃に謁見を望んだその時が初めて。それまではその存在を書物で読み聞かされていただけであった。

 ぼんやりと魔女を見つめる王妃であったが、徐に魔女が口を開いた。

「王妃陛下に呑んでいただいた石を、覚えておられましょうか」

「石……ええ、覚えているわ。とても白い、真っ白な宝石のような石だったわ。まさかそれの影響だと言うの?」

「ええ。正確にはその石に溜め込まれたわたくしの魔力の影響でございます。魔力を溶かした石を砕き、日々それを蓄えさせ、薬草によって胎の中の環境を整えた末に精を注ぐ。石と魔力と精が合わさり子を成したのです」

 ぱち、ぱち、と王妃は瞬きを繰り返す。暫し二人の間に沈黙が落ちる。

「では王子は人間ではないの?」

「いいえ、人でございますよ。ただ石と魔力が人の肉体を作るのを助けたため、他の人々よりもずっと頑丈でしょうし、魔力にも幾らかの耐性がございます。しかしそれ以外……成長速度や寿命は人と変わりありません。魔女のように不老になるだとか長命を得ているというわけではありませんのでご安心ください」

「そう……ならいいわ」

 確かに人の子であるというのなら、王位を継ぐのに問題ない。

 王妃は驚くほどあっさりとそれを飲み込んでいた。子への関心がないせいだろう。魔女もまた王子の話はそこまでにして、次なる問題であり大きな問題に話を移す。

「ですが問題は王妃陛下のお身体でございます」

 魔女は膝の上で両手をきつく握りしめ、どこを見ているのかわからないフードの下から語りかける。

「わたくしの魔力により、肉体の性質が変化しておられるのです。だから血を吐き、人間としての生活に限界を覚え、倦怠感が付きまとうのでしょう。力が及ばず申し訳ありません」

「魔女も、謝るものなのね。ふふふ、いやだわ、なんだか面白い」

 頭を下げた魔女の姿を見て、王妃は不可思議な愉快さを覚えた。ここ数年、そんな気持ちを抱いたことなど終ぞなかったのに。

「それで、賢き女性よ、わたしはどうしたらよいの? あなたならきっと道を示してくれるのでしょう?」

 重い上体を背凭れから引き剥がして、魔女へと手を伸ばす。

 以前の時とは違い、謁見の間ではなく離宮の王妃の部屋での対面だからこそ、手は容易く魔女へと届いた。

 触れると魔女の手は思ったよりも若くすべすべとしている。まだ十代のような手だった。

 だが魔女はその力を得た瞬間から長命となる。外見の年齢ほど頼りにならないものはない。

 世には不老の魔女も、老いるも不死の魔女もいる。目の前の魔女は恐らく不老なのだろう。

「……御位を捨ててくださりませ。わたしと一緒に城を出ましょう。王妃陛下の肉体に残る魔力はわたくしに戻りたがっているのです。あなた様の肉体はもう人間としては生きられないのです」

「ああ、そうなの……道理で、こんなにもあなたを懐かしく思っているのね。わたしが、あなたの力の一部に変質したから……」

「申し訳ありません……どう、言葉にしていいか」

「いいのよ。今となってはなんの未練も悔いもないわ。あなたの中に戻れば、きっとそれで満足するくらい。さあ、わたしの魔女、わたしを連れ出してちょうだいな。そしてあなたの中に戻らせて」

 縋るように手を握ったのは王妃であったのか。

 彼女が触れた魔女の手は小さく震えているようにも感じて、王妃は笑みを深くさせる。

「ああ、そう。あなたはとても優しい魔女だったのね。ふふっ不思議。あなたのことが今は少しだけわかるわ」

「きっと触れた場所から魔力が行き交っているからでしょう」

 王妃は楽しげに声を揺らし、魔女の手を強く握りしめた。その手を握り返す手もまた細く頼りないはずにも関わらず、王妃にはこれ以上ない程、頼もしい手と感じられた。

 行きましょうと促す声は晴れやかさに満ちていた。まるで祭に出向く少女の声のように明るく華やかな声。王妃という位を置き去りにするように、彼女は髪をまとめる飾りを外して足下に散らしていく。

「別れは告げなくてもよろしいのですか……?」

「ええ、必要ないわ。だってわたしはもう陛下にも王子にも、なんの感情も抱いていないのだから!」

 それが魔力を得て変質してしまった部分の一つだというのなら、きっと幸運だったのだ。むしろ今は魔女に戻ることができると聞いて、心が浮き立つほど。ままならない手足が歯痒いと思うくらいだ。

「……わかりました」

 応じる静かな、芯の強い声を聞いたのはただ王妃ばかり。次の瞬間にはもう、部屋から二人の姿が消えていた。

 後に残るのはただ王妃が捨てた煌びやかな飾りだけだった。

むかしむかし 国の王様は 美しいお妃様と しあわせな生活をしていました。

光の精霊のようといわれるお妃様と立派な王様でしたが ふたりには一つだけ めぐまれないことがありました。

それは なかなか子どもができないことです。

子どもができないことになやんだふたりのもとに ある日 国一番の魔女がやってきました。

魔女は王様とお妃様の子どもは もうすぐ生まれることを告げると 奇跡の力で お妃様のなかにやどった子どもに 祝福をさずけました。

やがて月がみちると たいへん美しい王子様が生まれたのです。

王子様はお妃様ににて とても美しく そして魔女の祝福のためとても丈夫で優秀な子どもでした。

これには王様もお妃様もおおよろこび。

けれども しあわせは長くつづくことがありませんでした。

しあわせだったお妃様は 王子様がおおきくなるまえに死んでしまったのです。

王様は たいへんかなしみました。

王子様も たくさんなきました。

それでも お妃様がもどってくることは ありません。

王様はお妃様がのこしてくれた王子様をとてもたいせつにそだてました。

王子様がりっぱな青年になると こんどは王様がびょうきで死んでしまったのです。

王様はさいごまでお妃様のことをおもって 王子様にりっぱな王様になるようにといいのこしていました。

王子様はすぐに王様になり 王様とお妃様のきもちをわすれずに とてもりっぱな王様として国をおさめたのでした。

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