3年懐いた犬/桃side
--桃side--
中学のときから、あいつはめちゃくちゃカッコよかった。
ダントツに成績がよくって、勉強を教えてくれた。
底辺をさまよっていたオレのテストの点数を、最初、2倍にして、最終的には3倍にしてくれた。そのおかげで今、オレはあいつと一緒の高校に通えている。
高校になって、集団の平均値があがった後も、あいつは淡々と成績上位グループにいる。やっぱりすごい。
中学のとき、好きだといったら、喜んでくれた。一緒に帰るのも3年間続いている。
付き合っているのか、いないのか、あいまいだったけど、好かれてる感じがしてたし、形式は別にいいかなーって思ってた。
だけど、そのうち、犬みたい、と言われた。
そういえば好きって言われたことないな。と思った。
そばにいられるんだったら、別に犬だっていい。
犬なら犬らしく、飼主に手を出すな、と、オレは吠えるから。
とにかく、あいつはオレのもんなんだ。
「ああーっ!!」
廊下で、クラス替えの張り紙をみて叫んだ。
クラスが分かれた。スズモトと。なんだこれ。誰のせい!?
「桃井、うるさい」
後ろからのっそりと竹居が言った。オレの肩に肘を乗せて。
「お前が騒ぐから、先生らにバレて分けられたんだろ。バカだな」
「はぁっ!?」
「あのなぁ、ここ進学校だろ。付き合ってるやつは離して勉強に専念させる方針だろうが」
そんなの理不尽だ。中学ではそんなことなかったし、それに。
「付き合ってねーし!」
こぶしを握り締める。余計理不尽だ。
「ああ、そしたら付きまとってるって思われたんだな。鈴本さん成績いいから保護措置とったのかもな。ご愁傷様ぁ」
ほわわん、と漂うように竹居の巨体が離れていく。ゆらゆらした動きとゆったりした話方のせいでごまかされそうになるが、こいつは結構、意地悪い。
「まぁ、俺、鈴本さんと同じクラスだし。俺口実にして遊びに来たら?」
にやぁ、とお化け屋敷のお化け役のように、竹居が唇をつりあげる。
「口実なんかいらねーし!」
スズモトはオレのもんなんだから。けど。
「でもー、あー、竹居、嫌だけど、フォロー頼むわ」
ん? と竹居が目で先を促す。オレは、ほんとを言えば、竹居でさえもスズモトには近づけたくない。ないのだが。
「スズモト、あんまり人に懐かないから。友達とか、できるように、フォローしたげてよ」
小声で頼むと、竹居は、はぁ、と面倒そうなため息をもらした。
「鈴本さん、静かなとこにいれば自然と友達もできるだろ。鈴本さんの身辺が騒がしいのは全部お前が原因だろうが。お前が付き合ってる宣言しないから鈴本さんが嫌がらせ受けるんだろ」
「あーもう」
それはほんとに、あーもう!だ。女子の考えってわかんない。オレがほぼ一方的にスズモトを好きなだけなのに、お付き合いとやらを断ると、女子の怒りの矛先はスズモトに向かう。オレへの腹いせならオレにしろ。スズモトには何もするな。と一度言ってみたことがあるが、その言葉は火に油を注いだらしい。じゃぁ一体、どうすればいいのか、俺にはわからない。
付き合ってる宣言、できるならそれが一番いいんだろう。が、肝心のスズモトの気持ちがオレにはよくわからない。
嫌われてはいない。どちらかといえば、たぶん好かれてる。だけどその扱いは「犬」なのだ、オレは。
だから、オレの飼主に手を出すな、と吠えまくるのが、精一杯。
「まぁ、できる限り、やってやるがな」
ゆぅらり、ゆらり、竹居は離れていった。
「あーもうっ!」
頼んでしまった。竹居は意地悪いが面倒見はいいのだ。さらに成績もいいのだ。
過去の経験からいって、スズモトは、頭が良くて優しいやつがタイプなのだ。
スズモトが竹居に惚れたらどうしよう。どうしよう。どうしよう。
あああああ、スズモト!!
スズモトが心配だ。
スズモトが好きだ。
犬だっていいからそばに置いて。
それでオレに勉強教えて。叱って。さわって。
お願いだ、お願いだ。
他のヤツを好きになんないで。
始業式の後、スズモトの様子を見に行ったら冷たく追い返された。けど竹居に手ぇ出すなって釘をさせたから、一応、それでよしとする。
クラスに戻ると、クラス替え初日だというのに、なぜか席替えが始まっていた。
「おかえり。これモモの」
代わりにくじを引いてくれたのか、余りの一枚なのか、同じサッカー部の横田が「27」と書かれたちっちゃな紙を手渡してくれた。
黒板に書かれた座席表を見れば、27の位置は廊下のドア近くで。
スズモトんとこに行くのに、最適な場所だった。
「っしゃ! 横田ありがとー!」
ぎゅうと抱きつくと「うへぇ」と返されるが、気にしない。
机を移動せねば、と思うのだが、みんなが移動中で、今朝、始業式前に一度座っただけの机がどれだったのか見失っていた。
「あれー?」
教室の真ん中後ろの、この辺だったか?
「あ、桃井くんの机、それ」
知らない顔の女子に指差された。あ、ほんとだ。
「ありがとー! あ、俺、桃井。よろしくー」
「私、沢野。よろしく。っていうか、はやく机どけてー」
沢野の席が、俺の机のところになるらしかった。
「あ、ごめんなー」
椅子を机の上に上げて、机ごと抱えて廊下側に移動しようとしたら、後ろで、複数の女子に笑われた。
「なにー、なんで笑うわけー? 沢野ひでー」
振り返ってぼやいたら、沢野がおもしろくってしょうがないって顔で言った。
「だって私、桃井くんの名前呼んだのにさ、自己紹介するんだもん」
「あー? 初対面じゃねーっけ?」
オレは自分の記憶力に自信が無い。
「や、初対面、初対面。よろしくー」
「あ、そーだろー。はじめましては自己紹介するだろー。礼儀だろー。だから笑うなー」
今度こそ机を持って移動する。
机から椅子をおろして座ったら、前と左の席のやつが示し合わせたようにこっちを向いた。あ。こいつらも初対面、っていうか、こいつら同じ顔してる。
「あ、オレ――」
「「桃井だろ」」
同じ顔が、同じ声をそろえてそう言った。
「スズモト好きの」
「サッカー部の」
そして二人とも笑ってる。
「なに、おまえら双子ぉ?」
前の席のヤツが兄で左が弟だそうな。
双子すら同じクラスだってのに、オレとスズモトが違うクラスってさぁ。
はー、と脱力する。
授業が始まって、休み時間になって、知ってるヤツとも知らないヤツとも話してたら、短時間での席替えを強行したのはこの双子と沢野だってことがわかった。
楽しいクラスになりそうだなーと思って、スズモトどうしてるかなーと思った。
スズモトに好きだって言ってから、、、3年か?中学も高校も、ずっと同じクラスだったから、スズモトがいない一日にびびった。
授業中、スズモトがいない。
黒板にカカカッとチョークで数式を並べていく凛々しい姿も、今年一年見れない。
しかも、スズモトがクラスに来るなって言うから、放課後まで会えず。
あーやだ。
もーやだ。
初日で音をあげそうだった。
部活の後、スズモトのクラスに飛んでいったら、スズモトがいたからほっとした。
どっかで、先に帰られてるんじゃないかと思ってた。
クラスが違ったら、ハイさようならー、みたいな。
犬、もういらないですどっか行け、みたいな。
入ってくるなと約束させられてたクラスの境界線を、わざと乱暴に超えてやる。
ちくしょう。
なんでいつも通りなんだスズモトは。なんでそんなに強いんだ。
「スズちゃん」
スズモトが嫌がる呼び方をしてやる。
「スズちゃん、すき」
片手をつかんで離さない。俺はお前の犬だ。
「スズちゃんも、好きって、言って?」
ほんとは、そんなこと言ってくれなくていい。嫌われてないんなら、それでいい。
スズモトが呆れたような顔で俺を見上げる。
「一緒に、帰ってあげるから。それでいいでしょ」
ああ、今日の俺のスズモトゲージ、それじゃ全然足りない。
今日一日のさみしさを。
これから一年の足りなさを。
どうやって満たしたらいいんだ。
スズモトがオレを犬だって言うなら、オレは犬でいい。そんで飼主はお前しかいない。
だから、時々でいいから、エサをちょうだい。
スズモトが足りなくて。
我慢できなくて。
噛み付くように、初めてのキスをした。