図書委員長からみた、ふたり
--図書委員長side--
委員長、と呼ばれた。
「お騒がせして、すみませんでした」
ペコリと頭を下げたのは、当番で一緒になった図書委員だ。
「いや、全然。こっちも勝手に申し訳ない」
委員長としては、図書室ではお静かに。を守らせるスタンスで。
個人的には、おもしろそーだなーと思ったので、ちょっと介入してみただけなのだ。
俺は情報が好きだ。分野問わず、世の中に溢れてる情報はできるかぎりチェックする。新聞、本、ネットの地下板。政治も経済もゴシップも好きだ。ごうごうとはいってくる、何の関係も無いような情報が、あるところで繋がったり、事実がうわさの逆だったりする、その瞬間が、好きなのだ。
オセロのようにめまぐるしい、学校内の人間関係情報なんて、大好物だ。
高校2年の春。後輩が入ってきて、騒がしくなりそうだなーとわくわくしていた。
サッカー部のやつから、やたら人懐こい後輩が入った、という話がすぐに入ってきて。
彼女持ちにしては、そいつがモテている、という話が入ってきて。
ある程度クラスがなじんだこの季節、そろそろひと悶着起きるかなーと思っていたら、案の定。
図書委員の彼女を追ってきた、女子の3人。
ちょっと話があるんだけど、と言って、彼女を図書室の奥へとさらっていった。
最初、小声だった女子の声はしだいに甲高くなっていき、貸し出しカウンターにいた俺のところまで聞こえてきた。
鈴本さんって桃井くんと付き合ってるの、云々。
付き合ってないんだったら協力を、云々。
エスカレートする女子達に対して、鈴本さんの声は低く小さいままで。
俺のいる位置からじゃ、質問に、なんて答えているのかわからなかった。
あー、聞きたいな。じゃなくて、助けるか。
3対1はかわいそうだろう、さすがに。
つかつかと図書室の奥へ歩いていって、にっこりと笑顔を浮かべた。
「図書室では、お静かに願います」
女子3人が振り返る。俺の名札、その下の青いラインをみて、上級生だと判断し。
「彼女、当番なんで。そろそろ持ち場に返してくださいな」
だめ押しされて、しぶしぶ、引き下がっていった。
貸し出しカウンターの中に戻った彼女は、呼び出される前とさほど様子が変わらず。
ああこれは慣れているんだな。と、情報がひとつ増えた。
確証を得るために、こういうことよくあるの? と聞いてみたらば、ため息ひとつ。
「まぁ、たまに。年々増えますね」
ぼそりと、答えた。
図書委員で、何度か組んでいるとわかる。
彼女はめんどくさがりなのだ。
図書委員としての仕事はきっちりやるけれど。
色を入れたことの無さそうな黒髪を、肩の辺りで切りそろえて。
前髪は、目に入らないくらい、つまり視界の邪魔にならない長さを保って。スカートは、規定の長さどおり。
おしゃれとか、似合うかとかより、機能性第一、面倒なことしたくないって雰囲気がありありだった。
やたら人懐こいと称される、彼女の相方は、こんな面倒を起こすあたり、彼女の合理性とは相容れない気がした。
「君の相方って、めんどくさくない? 別れたら?」
思い切りサクっと言ってみた。
そしたらもっと、君の好きそうな、静かな環境が保たれると思うけど。
「あー、イエ、付き合ってないんで」
淡々と。カバンから勉強道具を取り出しながら、彼女は答えた。
貸し出しカウンターの中でさえ、暇があれば勉強する。
彼女と何度か組んでみて、それも分かったことだった。
情報が、ほしいな。
ほしいときは黙っていたほうがいい。相手が勝手に口を開くまで。
「……みんなに聞かれるんで、言いますけど」
独り言のように、彼女は言った。
「アレは犬みたいなものなので。懐かれてるだけなので」
ふぅん、と俺は相槌をうつ。
「他に飼主が現れるなら、それはそれで、いいんです」
ああ、相方が聞いたら泣きそうな話だねぇ。
相方に惚れてる女の子が聞いたら、むかつきそうな話だねぇ。
「もし、誰かに聞かれたら。こっちは首輪もリードもつけてないんで、勝手に拾ってけって、伝えてください」
ん? と首をかしげた俺と、彼女は初めて目を合わせた。
いつもは無表情な、目が、笑っていた。
「情報屋さん、でしょ。先輩」
最初から知ってますよ。って顔で。
ああそうか。
こういうところが好きなんだろう。君の、相方は。
たまに現れる感情とか、思考を読まれてる感じとか。
読めないから、手に入れたいんだろう。
「この情報、拡散希望?」
聞いたらば、彼女はしばし沈黙した。
「お任せします」
それはからはもう、いつもどおり。黙々と、勉強をし始めた。
ガララ、と音を立てて木の扉が開いて。
走ってきたのだろう、例の相方が現れた。
「あー、いた、良かった!ってかなんで教室にいねーんだスズモト!」
騒がしい犬が、きゃんきゃん吠える。
貸し出しカウンターのなかで彼女と並んで座ってる俺をみて、思いきり顔をしかめた。
「センパイ、これ、俺のなんで」
顔の前でこれ、と指差した手を、彼女が遠慮なくはたく。
「行儀悪い。うるさい」
彼女は勉強道具を腕に抱えて、カバンは肩にかけて。
「お先に、失礼します」
立ち上がって、ぺこりと頭を下げた。
つられるように、犬も頭をさげた。
なんだ、ちゃんとしつけしてるんじゃん。
「お気をつけて」
貸し出しカウンターの中で、俺はひらりと手をふる。
その犬、オオカミかもよって、思いながら。
さきほど任された情報には、拡散不可、の札を貼って胸にしまった。
だって、さぁ。
拡散したって無駄っぽいじゃん。
お互い、好きなのみえみえじゃん。
百聞は一見にしかず、って、本当だ。
半年くらいたったころ、犬が飼主に噛み付いたらしいって情報が、転がり込んできた。
俺はそれに、拡散可、の札をはりつけて。
これ以上彼女に面倒ごとが起こらないよう、大いに大いに、ばらまいてやった。