手をつないでて-8-
--桃side--
あいつの足音が遠ざかって、しばらくして。
警戒が解けて初めて、腕の中にスズモトがいることに気が付いた。
あいつがいたから、それまで夢中で。考えなしに動いてて。
「う、わ」
慌てて手を離す。
ずっと、不用意に触らないようにと、抑えてたのに。何もかも吹っ飛んでた。
とりあえず謝る。
「ごめん。あー、えっと」
一歩下がった。
ええと。
頭がこんがらがる。
何、言ったんだっけ。
ええと。この場合何を言えば。
「ごめん。あの、痛くなかった? 力加減がよくわかんなくて」
スズモトは俯いてて。顔が見えなくて。
白い長袖ブラウスに、ところどころ砂がついてた。
あ。と、自分を見下ろす。
部活でボール捕ってたから。オレのジャージがそもそも砂だらけで。
しまった。
「スズちゃん。ごめん。砂ついた」
オレの手にも砂がついてて。
手をはたいて砂を落としてから、スズモトの肩とか腕についた砂を払う。あんまり体に触れないように、制服にだけ触るようにして、軽く払う。
特に腕のとこ、くっきり砂がついてて。
思い切りつかんだっけ。と、また焦る。
「スズちゃん。ごめん。砂とれない。洗ったらとれると思うけど」
どろんこ汚れに強いやつで洗えば、たぶん。
「洗剤、なんだっけ、えーと、名前がわかんないけど」
親に聞けばわかるか?
「あの、家帰ったら、メールする。洗剤の名前」
「バカ」
スズモトが俯いたまま呟いた。
「あー、うん。ごめん」
ええ、バカです。頭の中が吹っ飛びました。考えなしに行動しました。
「砂とか、洗剤とか、そういう問題じゃないでしょう」
冷静に叱られる。
ええと。
何が問題なんだっけ。
おそるおそる、聞く。
「……オレら、別れてないよね? まだ付き合ってるよね?」
オレはとっさに、成立してないって言ったけど。
ほんとのところはどうなのか。
片方が別れるって言えば成立すんのか?
法律的に、ってか、一般的にはどうなんだ?
「……モモが、付き合ってるって言うなら、付き合ってる」
しぶしぶ、といった口調でスズモトが言う。
「あ、ほんと? 良かった」
その答えにほっとする。
片方が食い下がれば続行か。そうか。
またひとつ賢くなったな。と、自分を誉める。
いや、でも、二度とこんな目には遭いたくなくて。
だから。
「スズちゃん、何で、別れようって言ったの」
今後のために、そこははっきりしとかないと。
「オレが……、浮気したように見えた?」
オレとしてはあれは阿部に対する防御のつもりだったのだが。
抱きつかれたんだから、端から見れば、浮気だってとられても仕方なくて。
だからオレが悪くて。
「ごめんね? 誓って、浮気なんかしてないんだけど、そう見えたんだったら、ごめん。嫌がらせのことも、気づかなくて。守れなくて、ごめん。ほんとに、ごめん」
ひたすら謝る。
スズモトには謝ってばっかりだな、と思う。
他のヤツにはこんなことないんだけど。
スズモトには。
ぽたりとスズモトから滴が落ちる。
あー、また。
また、泣かせたか、オレは。
どんだけ甲斐性ないんだ。
情けなくて、また謝る。
「ごめんね。スズちゃん。ごめん」
泣かせておいて、また今回も、ハンカチもなく。
自分のダメさ加減がイヤになる。
こんなとき、あいつだったらうまくやれるんだろうな、と会長のすました顔が浮かぶ。 くそ、ムカツク、あいつ。
じゃなくて。
手に砂がついてないことを確認して、そっと、スズモトの頭をなでた。
肌に触れなきゃいいだろう。頭をなでるぐらいは許されるだろう、と判断した。
鈴本が嫌がったら、即、やめる覚悟で。
「ごめんね」
また謝ったら、スズモトが椅子に座ったから、オレもその隣の椅子に座る。
頭をなでても、スズモトは嫌がらなかった。
これはセーフか。そうか。
ほっとして、頭をなでながら、黙って、スズモトが話すのを待つ。
スズモトはなかなか本音を言わないから。
こういうときは辛抱強く待つ。
しばらくして、スズモトがぽつりと言った。別れる、と言った理由を。
「……阿部さんの方が、モモに似合うと思ったから……」
頭をなでてた手が止まる。
何その理由!?
オレの気持ち完全無視!?
これって怒っていいレベルだよな!?
一瞬でいろんな気持ちが渦巻いて、でも、スズモトにそのままぶつけられるはずもなく。
「スズちゃん……」
言葉を探す。
何て言えばいいんだ。
どうすればうまく伝わるんだ。
「それは、結構、ひどい理由っていうか……、オレ、スズちゃんが好きなんだよ? そんな理由で別れようなんて言われたら、立場ないっていうか、どうしたら……。オレの気持ちも、ちょっとは考えてほしいし……、オレ、スズちゃんに別れるって言われたら、ハンパなく、へこむから……」
難しい。
どういうことだ。
オレの気持ちがそもそも伝わってないのか?
好きって結構言ってるつもりなのに、まだ足りないのか?
それとも「好き」じゃだめなのか。それ以外に何を言えばいいんだ。
言葉が空回りしてる気がする。
どうすれば届くんだ。
「オレは、スズちゃんが好きで、だから、他のヤツなんていらないから」
単に似合うかどうかで言ったら、スズモトにはオレより会長のほうがお似合いで。
だけどオレは譲る気はなくて。
スズモトにも同じように思って欲しいというのは、望みすぎなのか。
どうしたら。
頭をなでるのをやめた。
肌に触れないようにって思ってたけど、それもやめて。
言葉だけじゃ伝えきれない。
だから、両手で、スズモトの手をとる。
付き合って、って言ったときに触れたのと、おなじ温度。
変わらないんだ。だから。
「手を、つないでて。放さないで。お願い」
祈るように言った。
オレの神様はスズモトなんだ。スズモトに祈るしかないんだ。
オレの言葉に、スズモトが小さく頷く。
その頬には涙がたくさん落ちてて。
こうやって泣かせてばっかりだけど、それでも諦めきれないんだ。
好きだ、って、その気持ちだけを込めて、そっとキスをした。
スズモトの、きれいな涙の、味がした。




