手をつないでて-4-
--桃side--
『別れよう。じゃぁね。』
スズモトからのメールは、たったそれだけだった。
阿部を突き放して、帰りながらケータイをみて、血の気が引いた。
あの場で切られた。こっちの状況も、理由も一切、聞かれることなく。
電話をかけても電源が入っていない。
何度かけても同じだった。
『絶対イヤだ』
それだけ返信する。
それから、迷いに迷って、もう一通メールを送る。
『阿部に告白されたけど断った。スズモト誤解してる。話、聞いて』
その日、返信はなかった。
次の日の朝も、スズモトのケータイに電源は入っていなかった。
休み時間に、阿部の言ってた、数学クラスを覗いた。能力別クラスの一番上。頭のいいやつらの群れ。
課題を当てられていたのか、ちょうどスズモトが問題と解答を板書しているところだった。
端正な字が、迷いなく黒板を埋めていく。あいかわらずカッコイイな、と、思う。
書き終わったところで、男が後ろからスズモトに話しかけた。同じクラスになったことはないけど、オレも顔を知っている。生徒会長、だ。
スズモトが振り返る。会長がノートを見せて、黒板を指さす。
スズモトは会長のノートをみて、手についたチョークを払って、それからノートをめくった。ふわっ、と笑った。
そのまま会長に一言二言、言う。笑ったまま。
そこまで見たら、限界だった。
もういい。
なんつーか、もういい。見たくない。
オレにあんなメール、送っといて。
ああいう顔、できるって、どういう。
何も言わずに、自分の教室に向かった。能力別クラスの、3番目の教室に向かった。
部活が終わって、スズモトの教室に行く代わりに、生徒会室に行った。
職員室の真向かいにある部屋。入るのは初めてで、でも、すぐに目標の人物は見つかった。
普通の教室の半分くらいの狭い部屋の、一番奥の席に座ってた。
こいつだ。
スズモトが笑った、相手。
近づくと、生徒会長は書類から視線を上げた。
オレは自分の顔がどうなってるのかわかんない。
わかんないけど、たぶん。
泣きそうな。怒ってるような。
わかんないまま、会長を見下ろした。
「お前、スズモトのこと好きなの?」
聞いた。
後ろの方で、生徒会メンバーがざわついた。
聞かれたって構わなかった。
まわりなんか、関係なくて。
オレの質問に、会長が笑った。
「好きだよ」
どっと血が引く。こんなやつが本気でスズモトに手ぇ出したら、オレは敵わない。
生徒会長で、一番上の数学クラス。
頭良くて。あのスズモトが笑うぐらいに、スズモトの気持ちをつかんでるなら。
会長が告げる。
「鈴本さんって、きれいだよね。世界がさ。静かで透明で、きれい。湖みたい」
そんなの。
オレしか知らないと思ってた。
言葉が出なくなった。
「桃井くんさぁ。何してるの? ちゃんと鈴本さんのこと見てる?」
会長はパイプ椅子の背にもたれかかる。
ギ、と嫌な音。
「俺なら、きっちり守るよ」
会長がズボンのポケットに手を入れて、折り畳んだ紙を机に広げた。
マジックで大きく書き殴られた、文字は。
ブス。別れろ。
「数学の時間にさ。鈴本さんの目に触れる前に回収したんだよね」
生徒会長の指が、ブス、を指さす。
「こっちには反対だけど」
とん、と音を立てて、別れろ、を指さす。
「これには賛成」
そのまま紙をつまみ上げて、俺のほうに差し出した。
「いい加減、気づけば? 自分が、いかに守れてないか」
紙を受け取った。
こういう嫌がらせのこと、スズモトは、何も、言わなくて。
友達からも、何も話は入ってこなかった。だから、オレは、付き合いだしてからは嫌がらせも無くなったんだなと思っていて。
ひとりで、呑気に、安心して。何て―――馬鹿な。
「俺なら、守るよ」
生徒会長がもう一度言った。
「別れたら?」
まっすぐにこちらを見ている目を、ただただ見返して。
言葉は、何も出なかった。
紙を持つ手が震えた。
ブス。別れろ。
誰が、こんな。
犯人、見当も、つかない。
何も答えずに、生徒会室を出た。
なにもわからなくて、でも、ひとつだけ、わかった。
―――オレより、あいつの方が、スズモトには、似合う。




