手をつないでて-3-
--同時刻、鈴side--
「久しぶり」
元・図書委員長の真野先輩が、にっこり笑って、図書室の貸し出しカウンターに両手をついた。
うちの高校では、2年生が生徒会と各委員長を務める。3年生になって、真野先輩は図書委員長を引退した。図書室で受験勉強をしているらしく、私が図書当番の時にはたいてい見かける。話すのは、一ヶ月ぶりぐらいだろうか。
「お久しぶり、です」
私は会釈する。
「金田くん、ちょっと外してくれる?」
真野先輩は、笑みをそのままに、隣に座っていた図書委員に告げた。
後輩の男の子は、ハイ、と素直に席を立つ。声の届かない位置に行ったことを確認してから、真野先輩は私の隣に腰掛ける。
「最近、犬とはどう?」
犬、とは、モモのことだ。
真野先輩は、この高校の情報屋だ。友達の少ない私は、学校内の人間関係も噂も、あまり把握していない。だから、この人にとって、私は、たいした情報源ではない。情報なら、他の人たちから怒濤のように仕入れているはずだ。
だから、わざわざ人払いまでして話すということは、私に直接関係する何かがあるのだ。
ざっと振り返ってみても、この人の喜びそうなネタは何も持っていなかった。
ということは、たぶん、悪い知らせ。
それも、おそらく、犬に関すること。
「……別に、普通です」
答えた。
うーん、と真野先輩は腕を組む。
「犬を拾いそうな子がいてね」
ああ、ついに来たか。
「誰ですか」
一応、聞いてみる。
「2組の、阿部頼子さん」
その名前に、かわいくて華奢で、明るい性格の女の子を思い描く。
しかも頭がいい。この間、期末テストで負けた。
その隣に、モモの姿を浮かべてみた。
呆れるほどに。
「お似合いですね」
淡々と答えると、真野先輩がふと目を細めた。
「犬に首輪つける気、ないの?」
「……ない、ですね」
モモに似合う子がいて、モモがその子を好きになるなら、それはそれで。
良かったね。じゃぁね。
そう言う。
それくらいの覚悟はある。
というか、それが自然だ。人気者と私が付き合っている、今の状況が異常だ。
「ところで、鈴本さん。最近、生徒会長と仲いい、って聞いたけど」
生徒会長?
なのことだ、と記憶をさぐる。
「話ぐらいは、しますけど……」
生徒会長とは、数学の能力別クラスで一緒だ。
数学の解法について、何度か話をした。
「私がろくにしゃべらないので、気を遣ってるんだと思いますが。生徒会長ですし」
話しかけてくれるのはたぶん、義務であって、仲が良い、とは次元が違う。
私の答えに、真野先輩が真顔になる。
「生徒会長のこと、どう思ってる?」
どう?
「……頭、いいひとだなと」
モモと話すときと違って、話がサクサク進む。
一言えば、十伝わるみたいなところがある。
真野先輩はさらに踏み込んでくる。
「好き?」
「……頭いいひとは、好きですよ。基本。話が楽ですよね」
答えると、真野先輩がため息をついた。
「ほんと危ない」
いつも笑っているこの人には珍しく、真面目な顔で言われた。
「鈴本さん。犬に首輪つけて、リードしっかり持っとかないと。ほんとに犬、さらわれるか、脱走するよ。いなくなってからじゃ遅いよ。警告したからね。しっかりしなよね」
ぽん、と私の頭をひとつなでて立ち上がると、真野先輩はカウンターを出て、図書室の奥へ去って行った。奥には勉強用の机がいくつも並んでいる。
そんなことを、言われても。
どうしようもないな、と、カウンターで広げていた英語のノートに目を落とす。
私との付き合いを続行するか、やめるか、決定権はモモにある。
付き合いだして、辛うじて呼び方を変えてみたものの。
モモはたぶん気づいていない。
だからモモにとっては、付き合う前と今とで、何も変わっていない。変わらないまま3ヶ月。
手をつなぐことすらしない。
こういうのは、たぶん、一般的ではない。
モモが焦れて、私を切ったって、仕方ない。
それに、毎日のように現れる嫌がらせメモ。筆跡からして確実に複数。
それだけ、今でもモモを好きな子がいる。
おそらくメモを入れてくる人たちは氷山の一角で。
だから、モモは、他を探そうと思えば、ざくざく見つかるってことだ。
もっと手っ取り早く手に入れられる子なんていくらでもいる。
誰であろうと、こんな私より、数倍マシだろう。
とにかく私に決定権はない。引き留める資格はない。
自然とため息が洩れた。
図書室の閉館時間になり、勉強道具を抱えて、教室へ向かうと、教室の中から声がした。
モモと、女の子の声。
さっそくか。
そう思いながら、教室に入った。
ちらりと声の方を見れば、モモはこちらに背を向けて、女の子の細い手首をつかんでて。
女の子と目があった。件の阿部頼子さん、だった。
ああ、そうですか。
教室の廊下側、入り口すぐが自分の席で良かった。
机の中に勉強道具を押し込んで、カバンをつかんで、教室を出た。
モモは追いかけてこなかった。
……ああ、そう、ですか。
あの場で、別れる、って言ってやれば良かったな。と、思った。
こんな気持ちを抱えて過ごすのは、嫌、だな。
別れたくない、とか、思いながら過ごすのは。
嫌、だな。
涙がじわりと浮かびそうになって、ケータイを開いた。
こっちに決定権はない。引き留める資格はない。
でも、諦めることはできる。
歩きながら、さっさとメールを作成する。
『別れよう。じゃぁね。』
二言だけ。
お幸せに、の一言は、入れられなかった。
あんまりにも、本音過ぎて。
入れられないまま、送信ボタンを押した。
別れ、と、いうのは。
予想していた。
いつか切られるだろうと思っていた。
ただ、こんなに、簡単で。
こんなに、早く、くるものだったか。
それだけが予想外で、涙が落ちた。




