幹部候補生の初出勤
お待たせいたしました。ここからが本編です。
先ずは新人刑事の登場です。
僕の名前は神ノ木誠治。先日国家公務員試験Ⅰ種をパスし警察庁に入庁した、いわゆるキャリア組と呼ばれている部類に入る警察官だ。
幼稚園くらいの時、地元で見た刑事さんがかっこ良くて、それで僕も警察を目指した。
警察大学校での研修を終え、今日警視庁の渋谷西警察署に研修配置されることになった。同期には青森県警察に配置されたり広島県警察に配置されたりしている中で、僕はまぁ恵まれているほうなのだろう。しかし、東大閥でもない僕が何故?と思う事がある。警察庁に限らず官僚と言うものは東大閥が根強く残っていると聞いたが今の警視庁副総監は僕と同じ北大出身。東大閥もすでに都市伝説になってるのかもしれない。
たった今渋谷駅を降りて警察署に向かっている。東京は学生のときに来たことはあるけど朝からこんなに騒々しい街は初めてだった。通勤途中のサラリーマン、夜通し遊んで朝帰りする若者たち(こいつら仕事しているのか?)、昨夜のゴミを回収している清掃員、そのゴミをつつく無数のカラス…。何もかもが新鮮だ。そして見えてきた13階建てのビル、ここが僕が今日からお世話になる『警視庁渋谷西警察署』である。
署の中に入ると朝から来訪者でごった返していた。何でもこの署には観光者案内課見たいのがあるらしいのでその影響だろう。僕は受付にいた制服警官に告げた。
「きょうから、刑事課強行犯係に配属された、神ノ木誠治です。」
すると制服警官は背筋を伸ばし敬礼をして
「はっ!お話は伺っております!奥のエレベーターで13階に上がってください!」
僕は、「有難う御座います」と一声かけて奥のエレベーターへ向かった。
13階へ付いた僕は目の前にいた婦警に出迎えられた。
「お待ちしておりました神ノ木警部補、署長がお待ちです。」「は・・・はい・・・」
おそらく署長の秘書だと思われる婦警(そんなのいるのかどうかは分からないが)に連れられて入ったのは署長室。
「神ノ木誠治警部補です。警察庁入庁後、警察大学校での研修を追え本日付でこちらでお世話になることになりました!」
「やあ、神ノ木君、私が署長の渡瀬だ。ここにいる間はわずかだと思うが少しでも警察の現場が何かというものを覚えて本庁に帰ってくれたまえ。君はおそらくこの先現場にたつことなど無いだろうからな。」
「は・・・はい!誠心誠意、頑張らせて頂きます!」
僕は緊張のあまり大声を上げてそういったら署長は「うむ。」と返事をして、
「君の配属は刑事課の強行犯係だったね。早速案内させよう。刑事課はこの一つ下の12階だ。刑事課長には連絡しておく。」
僕は「了解しました」と返事をして署長室を後にした。
12階の刑事課に着いた僕はそのフロアにまず驚いた。エレベーターを降りたらそこはガラス張り、刑事ドラマとかで見る刑事部屋とは想像にもかけ離れたところだった。中に入り刑事課長に挨拶に行く。
「今日からこちらに配属になった神ノ木です。」
「あぁ、君ね!署長から聞いた、うちで預かるキャリア様ってのは」
預かる?課長はどういうつもりでこんな発言をしたんだろう・・・。
「今ね、皆事件で出払っちゃってるんだよ。さっきセルリアンタワーで殺人事件があってね、おそらく特捜になると思うから皆帰ってくるまでお茶でも飲んで待っててよ」
「は・・・はい?」
まったく意味が不可解だ。殺人事件があったなら「君もすぐに現場に急行してくれ!」と言うのが普通なのに・・・。そこで僕は食って掛った。
「お茶でも飲んでって・・・殺人事件なら現場に急行すべきではないんですか!?」
「殺人事件の初動捜査は機動捜査隊の仕切りなんだよ。言ったってやることないよ、もうすぐ皆帰ってくる、ほら。」
そういっているうちに刑事が3人帰ってきた。先頭の長身の刑事が課長に向かって報告した。
「現場行ってきたんですけど聞けたのは絞殺であること、他にないかどうか司法解剖になるそうです」
「うむ。ご苦労だった、あっそうだ。今日から配属になった神ノ木警部補だ」
僕は言われて驚きまわりに頭を下げ、「神ノ木です、宜しくお願いします」と挨拶をした。
「そうか、俺は課長代理の粟飯原だ。今は強行犯係長も兼任してる。で、今そこに座っているのが耀巡査部長、俺らはテルさんと呼んでる」
耀と言われた老刑事は手を挙げただけで新聞から目を離さない。
「そして、そこにいる女が、まぁこいつもこの春刑事になったばかりなんだが、芳形巡査。俺らはひかるって呼んでる」
「そして、私が課長の郡だ。強行犯係はこの4人で行くからよろしく頼むよ。」
今の課長の声には驚いた。刑事が慢性的に不足しているとはいえ、たった4人とはどういうことなんだろう。そう思ってたら粟飯原係長が僕に声をかけた。
「君の机はそこだ。普段は階級別なのだがお前は一番後輩だからな」
「はい・・・わかりました」
そうして僕は席に着いた。まぁ、一応キャリアだけど一番後輩だもんな。
席に着いたけど何をしていいかわからない。とりあえず隣の席の芳形さんに聞いてみた。
「あの・・・芳形さん、僕はいったい何したら・・・」
と僕が尋ねると芳形さんは、
「そんなのあたしに聞かないでよ、あたしはこれから今の報告書書かないといけないんだから・・・。」
と突っ返されてしまった。
そんなときに郡課長の電話が鳴った。
「はい、刑事課・・・分かりました、すぐ行かせます。センター外のプリクラのメッカで女子高生同士が喧嘩、けが人出てる。」
それに粟飯原係長がこう答えた
「報告書は俺のほうでやっとくから芳形君すぐいって。」
「分かりました、行ってきます」
「それから・・・神ノ木君も一緒に」
え?僕も?いやいやもっとやることあるでしょうにと思いこう答えた。
「いやあの、セルリアンタワーの殺人事件の捜査は・・・」
「それは司法解剖の結果出るまで待って」
「そんなことしてたら殺人犯逃げちゃいますよ!」
そんなやり取りをしていると芳形さんに腕をつかまれて、
「事件の大きさでやる気変えるのやめなさい!」
と一喝され僕らは出発の準備をした。そのとき驚きの言葉を粟飯原係長は発した。
「あ、そうだ!ひかるももう新人じゃないんだから今日から神ノ木君と組んでもらう」
これに僕以上に驚いたのは芳形さんで、
「私一人では無理です!」
とまたまた一喝。
「テルさんと組んでいるうちにお前はテルさんに甘えてきている。そろそろ自分の判断で捜査をしてもいいんじゃないか?」
「・・・・・・」
芳形さんも戸惑ってるようだ。そこで僕はなだめる様に、
「芳形さん行きましょう、事件解決して結果で見せ付けてやりましょうよ。」
と一言いい芳形さんと現場に向かった。
「ねえ、何でみんな殺人事件の捜査しないんでしょう?」
僕がこう尋ねると芳形さんは、
「殺人事件は本社がやるの。うちらはそのお手伝い」
となんともまあやる気の無い返事
「じゃ、うちの管轄で起きた事件なのに何も出来ないんですか?」
「そういう規則。」
規則って・・・昔の刑事ドラマでもそればっかだったな・・・それじゃ何のために所轄がいるんだろう・・・僕は不思議に思った。
「現場に行くから覆面車出して、警務課には連絡入れてあるわ。」
僕は「分かりました。」と告げて地下駐車場に向かった。駐車場には警務課の制服警官がすでにいて、
「この車両を使ってください、鍵はこちらです。この捜査車両は神ノ木さん専用の車両になります、ご自由にお使いください。」
「すっげぇ・・・スピードアテンザだ・・・」
と途方に暮れていたら芳形さんが走ってきた。
「神ノ木君遅い!出発するよ!」
「さ、行きますよ。回転灯出してください」
して、回転灯とサイレンを鳴らしながらセンター街へ向かった。
センター街に着くと生活安全課の刑事が1名すでに到着していた。
颯爽と芳形さんがその刑事に近づき、
「喧嘩の原因ってなんだったんですか?」とたずねた。
その刑事は
「おぉ、芳形君か。なんかねぇ、彼氏の二股がばれて取り合いで大喧嘩になったみたいなんだよ」
って困った顔で行ってる。ちょっと待てよ、まさかこんな痴話喧嘩のために僕らまで借り出されたんじゃないだろうな?その刑事はこう続けた。
「彼氏と女子高生2名を署に連行して取調べ、芳形君は女子高生のほうおねがい。俺は彼氏のほうに事情を聞くから」
「またですか~佐波さん、最近あたし女子高生の相手ばっかり」
「頼むよぉ、今うちの女性も補導で手が離せなくて事件は刑事課にお願いしてるんだよ。」
「分かりましたぁ、今度おごってくださいねぇ。ほらっ神ノ木君そのこたち車に乗せて!」
と芳形さんが彼女たちを引っ張ってきた。
「分かりました、しっかしなんで僕らがこんな仕事してるんでしょ?女子高生なら少年課でしょうに。」
僕は不満でしょうがない。でも芳形さんは、
「さっき佐波さんが行っていたようにこの街は若者が多くて、少年課も困ってるみたいよ。困ったときはお互い様よ。」
と言ってきた。まぁ、それもそうか。僕はしぶしぶ女子高生たちを車に乗せ署に帰った。
署に帰った僕らは女子高生を連れて12階の刑事課に戻った。芳形さんは一人を連れて第2取調室に入っていった。僕はどうしようと戸惑っていたら一人の婦人警官に声かけられた。
「今日配属になった刑事さんですか?」
「え…えぇ、そうですけど」
「あたし、観光案内課の長坂優奈といいます。女性取り調べるって芳形さんから言われて立ち会うように言われました。」
そうだった、女性取り調べるときは女性をたち合わせないといけないんだった。後で裁判で問題になるとか行ってたっけな。
「そうなんだ、じゃ、宜しく頼むよ」
といい、長坂さんともう一人の女子高生を第1取調室に案内した。
「名前と住所を教えてくれないか」
「羽村美穂、S女子高校の3年生です。」
と答えたきり彼女は泣き出してしまった。長坂さんは、
「おそらく…二股かけられたほうの彼女みたいですね、109に買い物に出た帰りに偶然彼氏と別の女性が歩いてるのを見て追いかけたってとこですかね。」
「すばらしい推理だねぇ、で、そうなの?」
と僕が尋ねたら彼女は首を縦に振った。おそらく図星らしい。彼女はやっと口を開いた。
「それで…プリクラのメッカに入っていくのを引きとめようとしたら…あいつがいきなり…」
「もうそれ以上言わなくていい、概要は分かったから」
僕は聞かなくても分かってきた。彼女も被害者なんだ。二股かけてた二人が確実に悪いのは誰の目から見ても明らかだった。僕は彼女を早々に釈放した。
芳形さんのほうも終わったらしく、自分の席でコーヒーを飲んでいた。僕は長坂さんを連れて自分の席に戻った。
「芳形さんそっちどうでした?」
「うん。私のほうは、彼氏に分かれることをずっと言い続けてたみたい。そんな彼氏を困らせることしちゃ駄目って説教して返したわ。」
と、すこし疲れた顔をして答えた。
「それじゃ本当に痴話げんかじゃないですか?怪我って言ったって引っかき傷があるぐらいだし」
「引っかかれたのが顔だったから、辛いと思うわよ。」
芳形さんの言うとおりだ。女の子同士とはいえ顔傷つけられてるのみたら普通は黙ってみてられない。
「あ、優奈ちゃん有難う。お礼は神ノ木君からおごってもらってね」
「はい、有難う御座います。こんなことでしたらいつでも呼んでくださいね」
え?今ので何かおごらないといけないのか・・・参ったなぁ。
そこに、郡課長が入ってきた。
「捜査会議は明日だから、今日はもう帰って良いよ」
その言葉に僕は驚いた。「いやいや、捜査会議明日って・・・」
「今粟飯原君とテルさんが初動捜査手伝ってるから、それが終わるのが夜中なの。それに明日寝過ごされたら適わないからね」
課長に帰るよういわれ、皆にお疲れ様でしたを行って上がることにした。玄関を出たところで芳形さんに声かけられた。
「うち…どこ?」
「上馬。渋谷駅から田園都市線」
「あ、あたし東武線だから渋谷まで一緒だ。」
と言うことで駅まで一緒に歩くことになった。
「初日やってみてどう?」
芳形さんが尋ねた。どうって言われたって今日は女子高生の痴話喧嘩のことしかやってない。本格的な捜査は明日からだ。
「まだ分からないですよ。何も捜査してないですから」
「普段はこんなもん刑事の仕事って、刑事部屋だって会社みたいでしょ?よくテルさんにも言われるけど、刑事は書類書くのが主な仕事よ」
「何か、想像してたのと違いますねぇ。でも、明日から殺人事件の捜査始まりますよね、楽しみなんですよ」
「そう…あまり期待しないほうが良いかもね、所轄のうちは。」
どういうことだが僕には分からない。芳形さんは続ける。
「殺人事件の捜査たくさんやるには捜査一課に行かないと。神ノ木君はキャリアだからそのうちいけるんでしょ?」
それは確実とはいえない。芳形さんは捜査一課の現実を知らないのだろうか。
「捜査一課ってのはいわゆるノンキャリアの根城です。人事権も一課長が握っているんです。いくらキャリアでも位置課長に求められないと捜査一課にはいけません。」
「そうなんだ…私は今の仕事面白いから良いけど」
「芳形さんは…」
「ひかる」
「あぁ…ひかるさんは何故刑事に?」
それを聞き出す前に電車が来てしまった。これ逃したら次は急行で停車しない。
「ひかるさん、お疲れ様でした」
「お疲れ様。又明日ね。」
こうして、僕の刑事としての初日が終わった。
まぁ、最初だからこんなもんでしょう。
次回は捜査会議です。いったいどんな仕事になるのでしょうか?