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開拓者の叫び

作者: 尚文産商堂

地球を離れて数千光年。

超光速移動を繰り返し行うことによって、ようやくここにたどり着いた。

すでに地球を出発してから1年近く経ってしまっているが、船には損傷が見当たらないのは奇跡としか言いようがないだろう。

航宙軍第1師団所属の戦艦である"橿原"は、今から20年前に建造された旧型艦である。

橿原が建造されたころには、惑星開拓はようやく案が議会へ上程されるようになったばかりで、どのような状況であってもさまざまなところへ強行着陸ができるという目的で設計がなされた。

惑星を見つけると、どのような状況であるかを調べるための派遣機も格納庫に6隻しまわれている。

橿原の中にある派遣機に関しても、強行着陸が可能ということだったが、それでも着陸できない場合は、橿原を直接惑星表面でもおろしてでも降りるつもりだった。

総勢2637人に及ぶ航海は、ようやく惑星につくという最初の目標を達しようとしていた。


すでに地球は一つの連邦国として統一されており、近隣の無人の惑星へ植民を続けていた。

地球は人類だけで息がつまりそうになって、早急に他惑星へ移動することが求められたからだ。

近隣の数十個の惑星が植民星として認定され、数をさらに増やしていった。

その一環として、今回の遠洋航海がある。

陸軍、海軍、空軍、航宙軍及び研究者が同乗したこの船は、確実に惑星があるとされている航星系へ向かって飛んでいた。


「左翼、右翼ともに安定。静止衛星軌道上で本船は惑星と相対的に停止しています」

地上と同じ速度で回るため、地上から見ると止まっているように見える衛星が集まっているのが静止衛星軌道といわれるところである。

地球では赤道から36000キロメートル上空になっている。

この惑星は、地球とよく似ている惑星のため、酸素も多量に含まれているだろうと推定された。

「大気成分確認を開始せよ」

眼下を見回すと、緑色した地域とわずかに黄味がかった地域の2種類にくっきりと分かれているのがわかる。

緑色した方は森のような、ジャングルのようにも見える。

もう一方は砂漠地帯だろう。

そう思いながら、艦橋のメインモニターに映し出されている画像を見ていた。

16分割されている1つ分が52インチのテレビと同じ大きさであり、戦闘や何かが接近している時、こちら側から指示を出さない場合を除いて、それぞれが拡大されることはなかった。

1つ1つには惑星全土の気温分布、湿度分布、水の分布など上陸時に必要となりそうな情報がリアルタイムの測定結果として表示されていた。

「どうでしょうか」

副船長が聞いてくる。

「現状はどうなっている」

聞き返すと、すでに上陸部隊は構成を終了しており、いつでも出動することができるということだった。

先遣隊はロボットだけで構成されており、何処に行っても独自で行動することができるようにプログラムされていた。

安全が確保された時点で、橿原に積まれている派遣機が着陸し、本当に植民が可能かを確認するために研究者が行動を開始する。

この惑星で半永久的に人類が生活できるかどうかを調べるというのが目的だ。

「では、これより先遣隊を派遣する。実行コード、Y/AHD-BA@橿原」

コンピューターへ言ったコードは、自分の官庁配属時の記号が最初にあり、続いて所属地コード、自己の入隊時の基礎コード、最後に船名を入力する。

すると、コンピューターは声紋とコードが正しいかどうかを判断し、実行に移す。

もしも声紋かコードのどちらかが間違えていた場合は、即座にコンピューターは実行を却下し、同時に上層部が作ったプログラムに従って行動することになるらしい。

そのプログラムは、上層部の面々にしか知らないため、どのようにコンピューターが行動するかはこの船に乗っている誰もわからない。

「実行開始」

コンピューターが背筋に鳥肌が立つような冷静な声で、一言だけ呟いた。

ガコンという音が聞こえてくると同時に、メインモニターの半分が船外映像になる。

派遣機が射出されたところだった。


1日後、艦橋にいると派遣隊から連絡が来た。

「着地予定地点に到着しました。探査を始めます。最初の行動半径は約4kmと推定s」

音声はそれ以後、ブツンという音とその直前に聞こえてきた耳鳴りの高い音のような音に邪魔され聞こえなかった。

以降、二度と彼らと通信がつながることはなかった。

「…宇宙軍砲術長と各軍の参謀官を呼んで来てくれ」

俺は近くにいた通信士官に命じた。

この船の砲術長は宇宙軍にしかいないため、宇宙軍の砲術長と自動的になってしまうが、確認のために軍の名称を入れることにしている。

参謀官は各戦艦につき乗員する各軍に最低一人入れないといけないという規則になっているため、4軍ともいるのだ。

「第1作戦室で待ってるとも伝えてくれ」

通信士官にそう伝えると俺はすぐさま艦橋から飛び出した。


10分ほどすると、俺を含めた6人は俺を上座にするようにして長方形の長机に座った。

「みんな、よく集まってくれた」

「艦長の指示には従う義務がありますので」

宇宙軍砲術長が腕を組みながら言った。

首からぶら下げているネームプレートに部屋の蛍光灯がうつりこんでいる。

「それで、我々を呼ばれたのはどのような用件なのでしょうか」

宇宙軍参謀であり、俺の小学校から高校までの後輩である八田島宰久朗(やたじまさいくろう)中佐が聞いた。

「知っての通り、本日15分前の地球標準時0846時に派遣隊との通信が途絶した。現在状況を踏査中だが、まったく分かっていない。そこで、君たちと相談したいことがある」

「どのようなことでしょうか」

海軍兵学校士官コースに入学し、とんとん拍子に昇格をしてきた海軍参謀である、綾部清隆(あやべきよたか)中佐が発言した。

「これ以上、探査を続けていいものだろうか。武器を有していなかったということも考慮に入れてほしい」

「武器の分野は砲術長ですね」

陸軍参謀の伊野上桃子(いのがみももこ)中佐が砲術長を見ながら言った。

「そうです。本船に搭載されている銃器類は一通り頭の中に入っています。そのことと、敵の特徴とうが一切不明なうちには、最悪のパターンを考えておいた方がいいと思います」

「とすると…」

「エルミー銃を持って行くべきでしょう」

砲術長が言ったとたんに、部屋の中は騒がしくなった。

エルミー銃とは、国際条約ではすでに新規製造が禁止されており、持っているだけで長期刑を受けることになる最凶最悪の武器だ。

相手の体の内部に存在する水分を瞬時に蒸発させ、内部から体組織を破壊する。

蒸発した水は、行き場を求めて体を破裂させる。

強力な電子レンジを相手の体に作り出すような感じだと思えば、なんとなくわかるかもしれないが、問題はそれだけではない。

相手の体になんの影響も残さないのだ。

そのことが、暗殺の手段として最適だと思われたのだろう。

各国の国家元首や首相たちが次々と破裂して死ぬという事件が起きた。

犯行声明も、証拠も無しだったので、いまだに解決されていない。

それも原因の一つとされているが。どちらにせよ50年も昔の話だ。

そんな昔の銃が使えるのかというと、半世紀たった今でも全く性能が落ちないというから驚きだ。

「そんな物騒な銃が船に積まれているとはな」

「船長には連絡が入っているはずですけど…まあ、いいです。それよりも、他には肩付け型11.25mm機銃、陣地防御用として据え置き型18.50mm機関銃も持って行くべきでしょう。個人携帯用としては、11連射式けん銃がいいと思います」

「わかった。武器の選定は君に任せよう。選定が終わったら持ちだす総数を報告するように」

「了解しました」

メモをしまい、砲術長は一足先に出ていった。

「次の問題は、誰を下に派遣するかなんだが…」

俺が座っている4人を見回すと、ふと伊野上が言った。

「…前回下ろしたのは、ロボット先遣隊でしたね」

「正確には"高度知能を有する"ロボット先遣隊だがな」

ロボット技術は進歩をつづけ、いまでは人と区別がつかないまでになっていた。

人間が行くことが危ぶまれる地域には、最初にロボット先遣隊といわれる11体の通常のロボットと1体の"高度知能を有すると認められる"ロボットリーダーからなる部隊を派遣し、安全が確保されてから人間を送りこむということになっていた。

高度知能を有するロボットというのは、人間と同程度の判断能力や直感を持っていると認められるロボットのことである。

全ての行動は人間が行うプログラムに沿っているが、自らの身が危険であると判断した時点で、プログラム外の行動を行うことも許可されている。

「人間そっくりなのはいいですが、それでもロボットなのには間違いありません。その結果、今回のようなことになってしまった者と考えることも可能です」

「まさか、人間を直接派遣しろとでも言いたいのか?」

俺が彼女に聞き返した。

「まさしくその通りです」

そのことに、すぐさま綾部が反論してきた。

「いけません!人間を保護することが目的として作られたロボット先遣隊がやられた今、予備先遣隊を派遣すべきです。別の地域に対して」

予備先遣隊は、先遣隊がやられた時のことを想定して作られている、先遣隊と全く同じ構成をしている部隊のことである。

「…人間が行くのは、ロボットが切り開いた道をたどる時だけっていうことですね」

冷徹な目で、ジッと見ているが、それでも気にしているような雰囲気ではない。

「ロボットへ行かせて無理だったのに、同じ型のロボットに再び行かせるつもりですか?」

「だったら、人間でいいっていうわけでもないでしょう」

ヒートアップしている二人の横で、残った面々が冷静に話を続ける。

「それで、人間とロボット、どちらの方がいいと思う?」

俺が、八田島に聞いてみた。

「どちらとも言えないですね。人間の方がその場の判断能力は高いですが、防御能力は少ない。一方でロボットは防御能力は強いが瞬間的な判断能力は劣ります」

「…分かった、ロボット先遣隊と人間の混成団を派遣する。ロボットを下、人間を上とするように再プログラミングをしておいてくれ。派遣する人を先天しなきゃならないから、それぞれの軍で必要だと思われる人をリストアップしてくれ。5~10人づつぐらいで」

「了解しました」

ケンカといってもいいような状況になっている二人を見ると、何も聞こえていなかったようだ。

俺は結局二人を引き離してから、もう一度さっきの説明を繰り返す羽目になった。


船内時間の翌日、再び俺は第1会議室にいた。

昨日とまったく同じ面々がそこには座っている。

「さて、昨日言ったことについて、報告を受けたい。ついでと言っては何だが、選んだ人を1時間後に第2格納庫へ呼んでくれ」

「分かりました。では、先に私から報告させて頂きます」

報告書自体はA42枚分という短いものだった。

中に書かれている降下班には、宇宙軍から兵器中隊中の3個迎撃小隊、砲術中隊より砲術、測量がそれぞれ1個小隊ずつ。

空軍からは、整備中隊の整備から3個小隊、運送中隊から3個運送小隊。

海軍から、一般中隊から2個機関小隊。

陸軍から、憲兵中隊から3個憲兵小隊がそれぞれ船に乗員することになった。

各軍からは、士官候補生として乗せていた訓練中隊、各軍5個小隊で計20個小隊も下ろそうという話が出てきたが、危険なために却下した。

「武器はどういうものを降ろすことになってる?」

「現状では、昨日報告したエルミー銃1丁、軽機関銃3丁、重機関銃2丁、迫撃砲10弾分及び、それぞれに貸与する最終護身用の拳銃が人数分」

砲術長が報告している時に、同時に尋ねる。

「機関銃の弾数は?」

「軽が各15000発、重が各10000発です。発射速度は、軽が600発/分で重が450発/分になります」

「分かった、では1時間後、第2格納庫で会おう」

俺が一足先に出て、艦橋にいた副艦長に聞いてみる。

「1隻にまとまって行くのは危険だ。3隻に分乗させるから、第2格納庫へ回してもらいたい。1時間以内に準備は終わるか?」

「10分で整えて見せますよ。艦長は先に行っててください」

にこやかに話しかけてくる彼が、一番頼りになりそうだった。


3時間後、第2次派遣隊出発。

3隻の船に分乗し、それぞれ別々の場所へと着陸を行う。

そのため、母船から出た3隻は途中でばらばらになり、流れ星に様な光を放ちながら、惑星へと降りて行った。

「第1群、目的地到着、周囲確認後ハッチ開きます」

「第2群、到着しました」

「第3群、目的地発見しました」

3群目が遅いのは、一番距離が離れているからだ。

仕方がないコトとして報告を待った。


「第1群、ハッチ開きます。常時回線開きます」

一番最初に1群が到着した。

「了解した」

「第2群、ハッチ開放、周囲に生命反応はありません」

「油断大敵だ。周囲の安全を確保次第、全群報告せよ」

「了解」

第3群だけが相変わらず報告がない。

「第3群、報告せよ」

「目的地に到着する直前です…」

ズシッという音が聞こえてくる。

「到着しました。周囲に生命反応は…あれ?」

「どうした」

俺が聞いてみると、向こう側は混乱しているように言ってきた。

「1つ、2つ、3つ…増えて行く…!」

「探測長、こちらも追認を」

「了解です」

第3群が着陸した地点はすでに分かっていたから、すぐにその周囲を調べることができた。

「第3群地域にのみ、現在生命反応あり。指数関数のように増えていきます!」

測定した数字がメインモニターに出てきているが、第3群の生命反応指数だけが、瞬きするごとに一桁、二桁ごと増えて行っている。

10秒足らずで兆を突破し、さらに増え続ける。

「第3群、すぐに脱出せよ!」

「すでに地表面から離れております」

俺は第3群の船長に命じた。

続けて、第1群と2群にも通達する。

「第1群、第2群、ともに脱出せよ。ハッチ緊急閉鎖、緊急浮上」

「了解」

何も言い返さず、即座にそれだけ言った。

1時間ほどすると、全機が無事に大気圏外へ脱出したのを確認した。

「第1群、第2群、第3群、それぞれから脱出したことを報告、受信しました」

「了解した。至急、各軍の参謀長、砲術長、各群の群長を第4会議室へ呼んでくれ」

俺はそういうと、第4会議室へ再び急ぎ足で向かった。


「こちらの画像を見てください。第3群のみに群がってきた謎の生命体、現時点ではAと呼称することにします」

第4会議室は陸海空宇宙の各軍の参謀長と砲術長、先ほど派遣した各群の群長を集めても、その倍は入るような大きさの会議室だ。

「この塊が、今回生命反応を見せたものです。現在は、消失しておりますがどのような存在なのか、どのように集まり、散ったのか。全て謎です」

「もう一度確認が必要かもな……」

俺がうなづきながらそう言った。

「さらなる謎は、第3群のみに群がったということです。相手はどのようなことを基準にして動いているのか、それも問題だと思います」

「第3群に第1、第2群と違うところをリストアップする必要があるな」

「第1群と第2群と違うところ……」

一同がずっと考えている間、AIとつなげて何が違うのかを片っ端からリストアップしていった。


それを基にして、彼らのリストと突き合わせると、いくつか違うというものが浮かび上がってきた。

「エンジン、外気、外殻成分、それに総質量ぐらいか?」

「質量は第1、第2、第3群全て変わってます。搭載されている物が違うために、質量が変わることになるのです」

「型番は同じじゃなかったのか?」

俺がリストを見合わせていた時、ふと気づいた。

「ええ、そのとおりです」

「型番が一緒ということは、船についても同等ではないのか?」

「いえ、型番が同一といえども、船の損傷、構造上の負荷などさまざまな違いが発生します。その結果、最初は同じであったとしても、月日が経つにつれて内装が変更されることが多いのです」

「そういうことか」

俺は納得した。

再びリストに目を落とし、いろいろと調べた結果、1つの結論に達した。

「生息範囲の問題か」

「惑星全土にいないのは、おそらく海が邪魔でむこう側へ行かれないのでしょう」

「海には海で別の生命体がいる恐れがある。彼らを驚かせてしまったのならば、どうにかしてこのことを彼らに言わなければならないだろうな。我々は敵ではないと」

そのことは、全員が一致した見解だった。


船内時間の翌日、俺たちは再び会議室に集まっていた。

「今回から、必要なだけ相手と接触し、我々が彼らと敵対しないということを知らせる必要がある。そのため、陸軍生命研究所より出向していたカルツォーネ博士だ」

俺が少佐の服を着ている博士を紹介する。

「よろしくお願いします」

陸軍の少佐の服装をしているのは、従軍経験があり、名誉除隊する際の階級が少佐だったからだ。

「最初からスミマセンが、彼らにどうコンタクトを取ればいいと思いますか」

「彼らがどういう形態をしているのかをまずする必要がありますね。それから互いにどうやって交流をしているのかも。言語など、対外に交流するための手段があるおそれが多いにあるので、その手段も研究する必要があります」

「あの画像を見てもらいましたが、どう思いますか」

うーむ…と唸ると腕組みをして考えながら話した。

「あれだけではあまり分からない。実際に現場に行ってみてみる必要があるな」

「しかし、博士が現場に行くのは船長として許可することができません」

「ならば、この惑星は諦めるしかないな」

博士はあっさりと言い切った。

それに反論したのは宇宙軍だった。

「ここまできてあきらめることはできません。それはここにいる全員が知っていることです」

「それは分かっています。しかし、他に手があるのでしょうか」

「……一つだけある」

「それはなんですか?」

博士はようやく帰れると思っていたらしく、急にショボンとした口調になった。

「実際に行くことだよ。準備をしろ。できる限り同じ条件で行きたいから、第3群と同じ機体を使う。本船時間で12時間後までをめどに、第3大広間に人員を集めてくれ」

「分かりました」

宇宙軍、陸軍、空軍の連合体を作ることを言い渡してから、博士の方に向き直る。

「12時間後までに、どのような媒体を経て彼らが話しているのかを調べてほしいんだが…」

「かまいませんが、それまでに済んでいるかわかりませんよ」

「できる限り急いでくれ」

溜息をつき、肩を落としながら博士は外へ出て行った。


船の準備は12時間後には完全に整えられ、博士に頼んだこともめどがついた。

「とりあえず、考えられる分の用意はしておきましたが、それ以外の恐れも十分に考えられます」

「それは分かってる。だが、一つ一つの惑星をこうやって調査し、原生民と友好関係を築く事も、これからのことを考える上で重要なことだ。できる限りのことはしておこう」

「分かりました」

博士は一言だけ俺に追加していった。

「指揮はあなたがとられるのですか?それとも私が?」

「前に話したように、俺がとることになるが、何かあれば遠慮なく話してもらいたい。それで、一つ聞きたかったんだが、どのように彼らがコミュニケーションを取っているか分かったのか?」

「ええ、どうにか解明しました」

カバンにしまいこんでいた書類を一ページ目からざっと目を通してから、俺に話を続ける。

「特殊な電波を用いて会話をしているようです。FMラジオさえあれば、その声が聞けるかもしれません。どうしますか?」

「それを使って会話することはできるのか」

「一応、彼らが使っている言語は解明することは出来ましたが、それで使えるかどうか……」

「ボディーランゲージでも多少通用するだろう。何かあれば神に任せるとしよう」

俺はそう博士に言ってから、第3大広間へ向かった。


すでに各軍から選ばれた人たちが大広間に整列して待っていた。

俺は用意されている演台へ登り、一礼してから話し始めた。

「すでに各大隊長から話を聞いていると思うが、前回、植民の実行を行ったが、その際に第3群のみが敵襲を受けた。その調査へ向かうことになる。指揮は俺自身がとる。船の準備は整っているからすぐに出発だ」

演台におかれている水を一口飲んでから、さらに続きを話す。

「それぞれの部署を守備することを第1とし、自らの命を守りつつ、ここに全員帰還することを最低限として、植民をすることが大前提であることは忘れないように」

拍手を挟み、俺は演台から一礼して降りる。

次に各隊長の任命式があったが、俺はそこには出ず、副艦長の部屋へ向かった。

念のため、俺が死んだ時のことを考えてのことだ。


「副艦長、少しいいか」

「ええ、どうぞ」

副艦長である篠伊喜美(ささいきみ)は、宇宙軍の中佐という肩書で、この艦に乗っている。

彼女自身は、地上勤務になることがすでに内定していたが、この航海をすることを彼女が強く望んだため、彼女はこの航海を最後に空へ飛ぶことから引退することになっている。

俺は扉をまたぐ形で立ち止まっていたが、彼女の言葉で中へ入る。

「どうしたの」

「一応伝えておこうと思ってな。俺が下へ降りている間、この船を担うことになるのが君だ。俺が死んだと君が判断した時、無条件でこの惑星から離れろ。それから少しして無事になったと思った時に、艦隊をもってここにきて俺の死体を回収してくれ。それで俺たちは構わない。死体も見つけられないと判断すれば、ほったらかしにしてくれ」

「みんなそういう気なのね」

溜息をつきそうな口調で、彼女は俺にストレートに言ってきた。

「まったく、命を張ることが軍人の誉れではあるけど、命を捨てるのは単なる馬鹿よ」

「兵学校で何回も言われたさ。それこそ夢に出るほどな」

俺は笑いながら言ったが、彼女は完全に笑っていない。

「いいこと、あなたが艦長であるというのは、あなたがこの船の全員の命を背負っているということよ。それを忘れないで」

「分かってるよ」

相変わらず、彼女は俺を笑って見ていなかったが、俺は彼女に分かっていると何回も繰り返して部屋から出た。


俺は副艦長との話し合いの後、直接船が用意されている格納庫へ向かい、そこにいた整備担当の責任者に船の調子を聞いた。

「どうだ?」

「いつでも発艦できますよ。燃料も計器も食料等も積み込みは終わってます。人員は今乗り込んでいる最中ですが、準備は完全に整っていますよ」

「そうか」

俺は、船を見上げながら言った。

中型船に一応分類されているが、大きさは大型船でも十分通用する大きさだった。

この中に、300人が入れて、さらに倉庫分のスペースもあるのだから、かなり大きいのがわかるだろう。

「それで、いつ出発しますか?」

整備員がどこから取り出したかわからない、コルク板でできた画板に書類を挟んでメモをしていた。

「乗員が持ち場についたら、すぐにでも」

俺はそう話し、船に乗り込んだ。


船の中は清潔そのもので、無菌室のように塵一つなかった。

「あ、艦長。来てたんですね」

操縦手が俺を見つけて声をかけた。

「今乗り込んだところだ。道も覚えてないからよくわからん。艦橋はどこだ?」

「それなら、私も行くところですよ。一緒に行きましょうか」

「よろしく頼むよ」

俺はそう言って、彼女と一緒に歩き出した。


彼女が数歩歩く間に、俺は2〜3歩進む。

さらに、地図を上下さかさまにしたり、左右を間違えたりしたおかげで、着いたのは出会ってから30分後だった。

「自分で行った方が速かったかもな…」

「そんなこと言わないで下さいって」

彼女は笑いながら俺に話した。

「艦長、離艦許可下りてます」

すでに着席していた副艦長代理が俺に報告する。

「分かった。全乗組員が所定の席に着席した時点で離艦するものとする」

俺は艦長席に座りながら、代理に返す。


10分以内に、全員が着席し、安全に航行することができる状態であることを確認した。

「離艦する」

俺が代理と操縦手に言うと、すぐにギアを全開にし、開け放たれていた外壁から宇宙空間へと出た。

「ご武運を」

最後に誰かがそう言ったような気がした。


惑星自身は、何事もなかったかのようにそこにあった。

「第3群がいたところは?」

「あと5分ほどで到着する予定です」

すでに場所が分かっているため、速やかにその場所へと向かう。

「博士、準備はいかがですか」

「やれるだけのことは、やりました。あとは実践あるのみです」

博士の目には、最初の頃とは打って変わって、やる気に満ちていた。


「本船は、これより惑星に上陸します。衝撃に注意してください」

操縦手が、全艦に連絡をした。

「着陸まで秒読み開始。30より開始」

続けていろいろと話す。

「30、29、28……」

目の前にあるモニターは6分割され、そのうちの右下のところに数字が表示されていた。

他の画面全部を使って、一瞬で変わっていく外の状況を刻一刻と映し出している。

その秒数は、ゆっくりと、しかし確実に減っており、最後の10からは、さらにゆっくり時間が流れているような気がした。


「着陸しました。現在、第3群が着陸した地点から500m北西方向にいます」

「了解した。防護膜全開、どこから彼らが来るかどうか分からんからな。それと上陸班を降下口に待機させろ」

俺は操縦手の報告を聞いて、矢継ぎ早に指示を飛ばした。

「艦長、奴らが来ました。防護膜のわずかに外でこちらを見ているようです」

「外部モニターに映してくれ」

すぐに来ると思っていたが、着陸してから1分も経たないうちに来るとは思わなかった。

「外部モニター、映ります」

操縦手がすぐに外のカメラの画像を、全画面で映される。

そこには、数えきれないほどの光を発している一つの流動体があった。

「これは…」

この世にある全ての色がそこにはあるようだった。

「あの光一つ一つに生命反応があります。一つの生命体というよりかは、群体といったところでしょうか」

「ホヤやサンゴといったようなものか」

俺は説明をしていたカルツォーネ博士に聞き返した。

「そのようなものです。しかし、ここまで大規模な群体は見たことがありません…」

「現在、観測できた生命反応の数は、約1兆5千億で、指数関数的に増えていっています」

デジタルタイプの表だったが、生命反応の数のところだけ、百億台の数が見えなくなっている。

「…博士、してくれるか?」

「わかりました」

それだけで、博士は艦橋から出て行き、配下の研究員を何人か引き連れて上陸班と合流した。

その間に、俺は砲術長、八田島参謀中佐、伊野上参謀中佐の3人とこれからについて簡単に話し合った。


「どう思う」

俺は艦橋を出たすぐのところで3人に聞いた。

「今の装備で問題はないと思います。ただ、エルミー銃については、今の状況で足りるかどうか」

砲術長はそう答える。

「爆増を続けている彼らに対処することが出来るとするならば、この大陸ごと焼き尽くすか、彼らと友好関係に至るか、それとも彼らの弱点を突くかのどれかでしょう」

伊野上参謀が続けて答えた。

「しかし、どうなるのか分かりません。彼らがどうしてここに集まるのかすら分からないのですから、最悪のことを想定しておくべきでしょう」

八田島参謀の話を聴いて、俺は決断した。

「そうだな。砲術長、エルミー銃はあと何丁残っている?」

「10丁ほどですが、全て本船の方にあるため、手元にはありませんよ」

「無人コンテナで、この近くに落としてもらって、拾いに行くことは出来るだろうか」

俺は2人の参謀に聞いた。

「上と話をしてみないことには…」

八田島参謀は右手で頭の後ろを掻きながら、俺に言った。

「じゃあ、早速相談をしてくれ。砲術長も交えてな」

「了解しました」

敬礼して、艦橋へ3人は戻った。

そのとき、博士が俺を船内無線で呼んだ。


「艦長、準備できました。どうしますか」

「防護膜を張り巡らして、厳重に警戒して上陸せよ。今後の連絡は艦橋で直接受ける」

そう言うと、俺も艦橋の中に入った。


「艦長、エルミー銃が届くのは早くても1ヶ月後だそうです」

砲術長が、俺が艦橋に入るやすぐに報告をする。

「間に合わないな。仕方ない、作戦を続行する。八田島参謀中佐、博士たちが上陸準備を整えている間に、必要と思われる情報を全て教えてくれ」

「了解しました。酸素濃度は地球と同程度です。この着地地点の気候は、湿度45%、気温27度、空気組成はほとんど地球と変わりませんね。重力定数が0.7G程度なので、多少動きづらいところがあると思います」

「跳ね回るって言うことか」

「そういうことです。何もなければ、通常の装備で十分なんですが…」

「今回はそうも言ってられない。上陸班について、武器を持っているやつを先に降りさせて、安全を確保してから博士たちを下ろすようにするべきだろうか」

2人の参謀に聞いてみる。

「今のところ、それが一番の良案だと思います。しかしながら、彼らがこちらの警戒に対して攻撃を加えるという危険性もあります。どちらがいいかは、現場で判断してもらうのが一番だと思います」

伊野上参謀中佐が俺に具申した。

「だったら、こうしよう。基本的な行動としては、上陸班は、武器を有している部隊を先に下ろし、あとから博士たちを下ろす。それ以降に行動については、上陸班に一任する」

「それでいいと思います」

参謀が2人ともうなづいて、その方向で決まった。

すぐに博士にもそのことを伝える。

「博士、そう言うことでいいか」

「こちら、大丈夫です」

「彼らの正体が分からない以上、彼らを船の中に入れないように」

「防護幕の内側から行動をしている限りは、大丈夫だと思います」

俺は、生命反応の表を見た。

すでに、京を超えて垓まで数字が到達していた。

「凄まじい勢いで増えていっているな」

俺は独り言を自然に言っていた。

「こんな勢いで増えていく生物は初めて見ました」

伊野上参謀中佐が俺のすぐ横に座って言った。

それとほとんど同時に、博士から報告が入った。

「こちら、カルツォーネです。ただいまから、彼らと接触します。ハッチの開放の許可をお願いします」

「艦長、了解。ハッチ開放の許可を与える。操縦手、第1ハッチを開いて、上陸班をおろしてくれ」

「了解しました」

操縦手がハッチを開けるためのボタンを押し、前方の画面も左半分がハッチにある外部カメラへ切り替わった。

「慎重に進めよ」

「了解ですよ」

機関銃を手に持って、じりじりと防護膜のすれすれのところまで進む。

そのすぐ後ろから、白衣を着たカルツォーネ博士がゆっくりとした足取りで歩いていた。

「作戦を開始します。許可を」

カメラの位置は知らないはずだったが、博士はしっかりカメラ目線で見ていた。

「許可する」

博士に、俺は指示を出した。

言うとすぐに、博士は肩から提げていたバックから彼の腕の2倍ほどの長さの金属の針を取り出して、防護膜のすぐ外側にうごめいている彼らに突き刺した。

とたんに何かがスパークしたように画面が明るくなると同時に、音声も途切れた。

「博士!」

「大丈夫です」

すぐに音声だけは戻ったが、その声には、妙な違和感があった。

しかしながら、気にしなかった。


「これより、撤収すます」

「了解した」

博士の声で、かなり冷たい声で俺に話した。

「報告書を後で提出してくれ」

「了解しました」

さっき舌をかんだような発音をしたのは偶然だろうと思い、砲術長、2名の参謀長を艦橋へ呼んで、今後の指針を話し合った。

「博士からの報告書を元にして、今後の方針を決定するのがいいかと思いますね」

伊野上参謀中佐が俺に提言する。

「当面の指針を決めておこうとは思うんだ。博士からの報告書にかかわらず、どうするかっていうことで」

「この惑星の大気状態は調べましたし、この大陸以外には居住することが可能だと言うことも分かりました。彼らとも仲良くすることが出来れば、この惑星全土に人類が入植することは十分に可能だと思います」

八田島参謀中佐が話す。

「なるほどな、だとすれば、博士の報告書を添付した上で、上層部には報告しておこう」

その時、博士が艦橋へ入ってきた。

「博士、待っていた…」

白衣を着て、電極を持ったままの博士が俺の前に立った。

しかし、博士の雰囲気は、出て行く時とぜんぜん違っていた。

「どうしたんだ」

思わず、俺は博士に聞いた。

「…艦長、すいません」

「何を謝る…」

うつむいたままの博士に一歩近づいたら、手に隠し持っていたらしい電極を俺に刺してくる。

即座に俺の両側に立っていた砲術長と矢田島参謀中佐が博士に銃を向ける。

「博士っ、何をしてるんですか!」

砲術長が黒い拳銃を向けながら言った。

すでに警報サイレンも聞こえてきている。

「いや、そこまでにしなさい。警報も消してくれ」

自分の意思とは関係なしに、腹を抑えながらよろよろと立ち上がらされる。

「橿原へ帰還するぞ。調査は済んだ。俺の方から別命あるまで全員、それぞれの部屋にいてくれ。博士、砲術長、参謀官は残ってくれ」

自動操縦に切り替えさせてから、がらんとした艦橋で俺が聞かされた。

「一応聞いておきたい。橿原に言うコードが間違えた場合、または声紋が違うと判断された場合は、どうなるんだ」

伊野上参謀中佐が答える。

「さあ、私たちにはそのようなことは話されておりませんので…」

「何を言ってるんだ。参謀という時点で少佐に任命されるというのに、そんな君等が知らないと?」

「艦長も知っておられると思いますが、そのことを知っているのは、この艦のプログラムをした者と、それを指示した上層部だけです。我々はその頃は、軍に入るかどうかを悩んでいた頃なので」

「…そうか」

そう言って、俺は、彼らを個室へ戻らさせた。

「博士、ちょっと話したいことがある」

俺は博士を呼び止めさせられた。


橿原に到着すると、伝染病か何かを持っていないかということで、簡単な検査を受けた。

「血液検査、エックス線検査、脳検査…どれだけ検査をすれば気がすむんだ」

俺じゃない俺が言ったように、頭がボーとしていた。

しかし、誰かに操られているかのように、足取りはしっかりとしており、会話もちゃんと出来ていた。

「もう少しです、艦長。本船外で活動をした人全員にこのような検査を義務付けているのはご存知でしょう」

医療小隊が全員総出で、降下班全員を検査していた。

「はい、終わりですよ」

注射器をゴミ箱に捨てると、脱脂綿を俺の腕に包帯でとめた。

「行っても?」

「ええ、どうぞ」

赤十字の腕章を付けた看護師に聞いて、俺は立ち上がらされた。

そして、艦橋へと足を向けさせられた。


艦橋に入ると、どこかと連絡を取っていたらしい副艦長の篠井が受話器を置いた。

「艦長、ご無事でしたか」

「ああ、そうだ。今すぐ出発する、準備をしてくれ」

「わかりました」

篠井は俺をじっと見ながらも、操縦手たちとブリーフィングをしていた。

俺はその様子をじっと見ていたが、すぐに椅子に座って橿原に言った。

「橿原、出発準備をとりかかってくれ」

「コードを入力してください」

「ああ、Y/AHD-BA@橿原」

ちょっと待ってから、橿原が言い切った。

「声紋不一致、あなたを艦長と認めることはできません。副艦長に艦長職を代行させます」

相変わらず、淡々とした口調で俺に向かっていってきた。

橿原の声に、ある種当然だという感じの表情を、篠井はしていた。

「わかりました、橿原、出発準備へ。コード入力、Y/AHD-CF@橿原」

篠井が俺の代わりに橿原に指示を出す。

「待つんだ、橿原。艦長はこの俺だ」

頭の中にいる誰かが、俺に言うように指示を出している。

「確か艦長、博士が使った電極を、消毒や殺菌などの処理をしないまま突き刺されたでしょう。その時、彼らが艦長の体の中に入ったようなんです」

腰につけていた銃を、俺に向ける。

「私言いましたよね。あなたが艦長だということは、この船の全員の命を預っているって」

「そんなことは聞いた記憶がない」

俺の声とは到底思えないような、地の底からのような声が艦橋いっぱいに響く。

「出てきたわね、イルフリア」

「俺は名乗った記憶がないんだが」

頭が内側から破裂しそうな感じがしてくる。

今すぐにでも割れそうだ。

「観念しなさい。あなた方が最初に乗っ取った彼から、情報はいろいろ引き出したわ」

銃の親指で外せる位置にある、安全装置のボタンを一回押し、撃鉄を起こした。

それを見ると、頭の破裂感は収まった。

だが俺は急に体をくの字に曲げ、呼吸困難になるほど激しく咳き込むと、セキと同時にドロッとしたものを口からぼたぼたと出した。

すべて出し切ると、体はふらふらと倒れ、やっと壁に持たれて座った。

「旧式の武器が、我々、航宙種族に効くとでも?」

ドロッとしたものが人のような形になり、話し始めた。

「ええ、あなた達が、根無し草だって言うことも知ってる。こちらの言葉で言う真核生物と原核生物の中間のような生物だということも知ってる。あなた方が、元々の惑星が住めなくなったから宇宙中に散らばって、生き延び続けていることも。体の構造の98%が水だということも知ってるし、それが弱点だということも知ってる」

そこまで言うと篠井は、持っていた銃の引き金を引いた。

普通の銃だとばかり考えていたが、どうやら違ったらしい。

ジーンとした頭を揺すぶられるような感覚を全身に受け、体が一気に熱くなっていくのがはっきりと分かった。

しかし、それよりも先に、イルフリアが急に小さくなったと思うと、その分水蒸気がもうもうと立ち込めだした。

さっきまでいた場所にあった、緑色をしたスライム状の生命体は、全て蒸発した上に、空気清浄機に飲み込まれて完全に死に絶えたようだ。

篠井は、持っている銃の安全装置のボタンを再び押してから、右腰にある銃のケースにしまった。

そして、俺のところへ歩いてくると手をさしのべた。

「まったく、言ったでしょう。命を張るのと命を捨てるのは違うのよって」

「何を言ってるんだ。そもそも俺は命を張ろうとも考えてなかったんだからな」

差し出された手を握り、立ち上がった。

「ありがとう」

「どういたしまして」

軽く服についたホコリを払って、再び橿原に言った。

「橿原、出発準備をしてくれ。コードはY/AHD-BA@橿原」

「準備開始」

相変わらずの声で、橿原が言った。

俺は篠井に続けて聞く。

「博士の様態は?」

「中にいたイルフリアは全部体外へ除去済み。今は、眠ってるわ」

「イルフリアって言ってたな。さっきのスライム状の生き物のことか」

すぐそばにあった艦長用の椅子に座り、篠井の話を聴き続けた。

「博士から出てきた彼らに聞いたの。彼らはここから数万光年離れたところにあった惑星にいたんだけど、私たち人類がしたように、惑星の環境をことごとく変えてしまった。そのため、別の惑星に住もうと考え、様々なところに移住をした。彼らが水に入らなかったのは、彼らの体が水溶性で、入ったとたんに体が全部溶けてしまうらしいわ。彼らの本体は分裂をして増え、群体を構成するの。でも、その分裂の方法はよく分からなかったわ」

「なるほど。だから彼らはこの大陸以外にはいなかったのか。群体を構成するのは、身を守るって言うことかな」

「そのようね。でも、分裂をする時に、その場所にある水を全て吸い取ってしまうみたいで、彼らが通っていった後には、乾燥した砂漠地帯だけが残ってるようよ」

「とりあえず、後で報告書にまとめてくれ。いったん医務室へ行って、調子を見てもらってから戻ってくる。この惑星に、彼らの仲間がいるのか?」

「高度知能の生命反応は、彼らのだけだったわ。今は森が生えているだけの静かな惑星よ」

篠井が俺にそう言ってから、艦橋を出て行こうとした。

だが、出る直前に篠井に言った。

「ああ、そうそう。忘れてたよ。その物騒な銃は、さっさと武器庫に戻しとけよ」

「了解です、艦長」

篠井が軽く敬礼をしたのを見てから、俺は艦橋を出た。


あの事件が起きてから1週間、橿原は完全にイルフリアがいなくなったことを確認するまでの間、惑星の周囲をグルグルと回り続けた。

そして、いよいよ完全にいないと判明がすると、俺は艦橋へ戻り、艦長の椅子へと座った。

「橿原、出航準備は?」

「完了しています」

「俺がまとめた報告書は、もう電送したか?」

「ええ、提出日時の指定がありましたので、昨日、軍務総省の担当部局へ送付しました」

「了解、万事順調のようだな」

その時、篠井が艦橋へ入ってきた。

「艦長、もう来てたんですか」

「ああ、今回は調査航海だったからな。ようやく終わりだよ」

「それで、この惑星は住めるかどうか、どう報告書には書いたんですか?」

篠井はすぐ横まで歩いてくると、俺の右肩に手をかけて聞いてきた。

「1つの大陸には敵対するであろう生命体がいるが、他の地域には居住可能である。しかしながら、この惑星(ほし)には人類は住むべきではないだろう」

「どうしてですか。イルフリアは、あの大陸以外には存在しませんし……」

「いや、ただな」

俺は目の前にある画面いっぱいの惑星を見ながら言った。

「なんていうか、彼らの叫びみたいなものが聞こえてきたような気がしてな…」

イルフリアと一緒になったときに垣間見た、彼らの惑星の風景は、まるで地球そのものにも見えた。

そこからわざわざ別の惑星へ移るという開拓するために動き出したということは、今の人類にとても良く似ている。

そのことが、まるで彼らの叫びのような感じに思ったのだ。

ここから出たくないけど、出ていかなければならないというその想いがほとばしっていたのだ。

そして、それを聞いてから、この星が彼らの墓標の一つに見えてきた。

「…よし、橿原、出航するぞ。コードは……」

俺達は、そんな墓標の一つの軌道から外れて、この惑星に永遠の別れを告げた。

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[気になる点] 誤字脱字等報告: >直接惑星表面でもおろしてでも降りるつもりだった。 惑星表面でおろしてでも? >総勢2637人に及ぶ航海は、ようやく惑星につくという最初の目標を達しようとしていた…
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