薙沢県大会開催計画
対TEAM Thailandを前にして、国教大附属ボクシング同好会顧問、西木匠は同校の校長室にて、これまでから数えて何度目になるかわからない校長との謀議(?)を行っていた。
今回のTEAM Thailand戦を薙沢県で開催する話は受け入れ態勢が無さすぎる、と言った事情で見送られたが、ごく近い将来には必ず沿岸ブロック関係の大会は国教大附属でも受け負うことになるのは確実であった。
「と、いうわけでですね今のうちに我が校でも受け入れ態勢を作っておくべきと思いまして、まずはテストケースとして薙沢県ボクシング大会みたいなやつを開催してみてはどうかと・・・」
ことも無げにのたまう目の前の若い美術教師を見て、校長はこれまでにも何度も見せた複雑な表情をした。
「なにが、『と、言うわけで』なんだか・・・・君の中ではすでに決定事項なのだろう?」
「・・・最近随分と察しが良くなりましたね」
「本校に最近やたらと沿岸地区の教育委員会から、あれやこれやと体育関連の問い合わせが多くてね」
そう言う校長の目の前には、体育関連の様々な書類が積み上がっていた。
「国教大附属は高体連非加盟校ですからね。公式戦に参加するにも手続きが煩雑になるのは致し方なし、ですね」
西木はそう言いながら積み上げられていたこれらの書類をまとめて自分のエコバッグの中に放り込んだ。
「これらの記入は全部僕が行いますので、校長は後で承認の押印をお願いいたします」
「何か無茶振りに判をついてしまいそうで油断ができんな」
そう言う校長に西木は軽くため息をついた。
「あの、僕はこれまで不可能なことはお願いしていないと思うんですけれど?」
「君のところ部員6人しかいないのに県大会開催は無茶とは言わんのかね?」
校長がそう突っ込むが西木はさらりとかわして言う。
「そりゃあ不可能ではないですが、僕が言ってるのは今月来月の話ではありませんので」
「と、言うと?」
「早く見積もっても新年度の秋ぐらいですね。それも同好会に新入部員が何人入って何人試合に出しても問題ないか、ですね」
新年度の秋、そう聞いて一瞬ほっとした表情をする校長だが、西木の方は表情が硬い。
「正直問題山積ですね。準備期間としては短すぎるぐらいだと僕は思ってます。そもそも新入部員だってどれだけ入るかわからない。悪くすれば1人も入らない可能性だってあります」
西木の危惧は至極まっとうだった。
そもそも国際教育大学附属国際高校という学校を志望する生徒がスポーツましてやボクシングをやることを目的に入学してくるなど、普通にありえないことである。
西木は理解していた。
現状のボクシング同好会が置かれている状況は本当に奇跡に近いことなのだと。
江波、宮内、銀山、客野、井口、そして地御前。
彼ら6人は本当に偶然にボクシング同好会に集結し、その個性と才能が良い化学反応を起こしたと言える。
このような事がそうそう繰り返されるなどあり得ない。
校長も考える。
ボクシング同好会は、とにかく存在感が大きくなり過ぎた。
監査逃れの間に合わせのために作った同好会で適当にお茶を濁して終わるものと誰もが思っていた。
ところが顧問に抜擢されたボクシングに対して全く門外漢であった西木匠が想定外の行動力や学習能力、指導力を発揮し校長の感覚からすれば瞬く間に強豪揃いの沿岸ブロックにおいて名を知られる存在となり、ついには薙沢県史始まって以来のスポーツにおける全国大会出場選手を育成してしまった。
こうなってしまってはもはや学校の理念を優先してボクシング同好会を切るなどということはできるはずもない。
そのようなことをすれば、校長が最も気にする学校ブランドの維持などできるところか、教育界での信用そのものを失いかねない。
それこそ廃校案件である。
結局、西木とは合わない他の教職員の反発を受けながらも、西木の要望には応じているのであった。
「ところでついさっき君は、即時開催も不可能ではない、みたいなことを言っていたが?」
校長に聞かれて西木は
「あくまでも理論上の話です」
と答える。
「県外から選手を招聘して国教大附属の選手と試合をしてもらいます。ただし、県外からの参加選手は薙沢県出身の者に限定させていただきます」
「なるほどな、そうすれば薙沢県大会としての体裁は保てるな」
「ところがですね、この県外選手を招聘というところが曲者でして、薙沢県出身者で他県にいるボクシング競技者は相当な人数います。そしておそらく彼らは地元で大会が開かれると知ればほとんどの子たちがエントリーしてくると思われます」
「その地元出身の県外組というのはどれくらいいるんだね?」
額に冷や汗を浮かべながら聞いてくる校長に西木は
「去年の夏休みに一緒に練習した帰省組の子たちが、ざっと30人ほど。潜在的にはまだまだいると思われます」
そう答えてため息。
「学校内外各方面にお手伝いを要請して、それに支払う報酬なども考えれば不可能ではありませんが、現実的でもありません。まずは県内組でこじんまりとした大会から始めるのが先のことを考えてもいいでしょうね」
「しかし県内組と言うとつまり我が校の生徒たちだけということになるな。しかし、さっきの話ぶりだと1年生の育成が追いつくかどうかという問題があると」
校長の言葉に西木は頷く。
「そうです。今いる6人は本当に特殊な例だと思っていただいた方が間違いありません。だから、もし県内大会を開催するにしても実力差などを考えたら、1年生だけの大会にした方がいいと思います。井口くんみたいな超高校級の新人がいれば話は別ですが」
「なるほどなあ」
ここまで話が進んだところで西木は校長にこう言った。
「ボクシング同好会ができた経緯と現在ボクシング同好会が置かれている現実の整合性を考えたら、本当に今後想定外の問題が次から次へと湧き出てくると思われますので、校長も腹をくくってお付き合いをお願いします」
「とほほ・・・・」
TEAM Thailand戦のため、唐河県に出発する前日に行われた校長と西木の謀議(?)であった。




