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貴婦人トリッシュはかく語る〜我が家の気性難は今更なので〜  作者: ルーシャオ
第三章 婚約破棄された令嬢

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第二十六話 貴婦人の悩みの打ち明け先として

 昼餐会は和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気のまま、午後のお茶の時間前に解散した。午後の大事なひとときは家族と過ごしたり、このまま王都のサロンへ出向いてみたり、ご機嫌な人々は思い思いの行動を取る。


 貴族とて社会の歯車であるなら、ときに上等な潤滑油を()さなくてはならない。


 そうすることで、社会は円滑に動くようになる。思いもよらぬ場所で思いもよらぬ軋轢(あつれき)が悲劇を生むのなら、潤滑油によって滑らか(スムーズ)に解決することもできる。


 おそらく、先祖代々その()()を経験した貴族たちは、カルストン伯爵邸でのご機嫌取り(もてなし)がどれほど血生臭い利権争いに明け暮れる貴族を『まともな人間』に浄化させているか、理解していることだろう。


 今日もまた、カルストン伯爵邸のエントランスホールではこんな言葉が聞こえる。


「ああ、美味しかった!」


 忙しなく遠ざかる車輪と蹄鉄の音が、どこか愉快に聞こえるのは私も肩の荷が降りたからだろう。ようやく一仕事終え、今日明日と催しの予定はなく休みだ。


 しかし、招待客を一人残らず帰し、今日の礼状を送って、次の料理やもてなしを考える合間に、出かける用事もそれなりに生まれてくる。


 エントランスに最後に残ったウォルシャ伯爵夫妻を見送る際、私は栗色の巻き髪をしたウォルシャ伯爵夫人にこう声をかけられた。


「トリッシュ、今日は本当にお招きいただいて嬉しかったわ」

「とんでもない。また機会がありましたらぜひお越しくださいな、ウォルシャ伯爵夫人」

「ええ、もちろん」


 齢五十を越えた上品な貴婦人は、一拍間を置いてから——夫のウォルシャ伯爵が馬車へ乗り込もうとしているのを確認したのち、私へ耳打ちした。


「それと、個人的な話があるのだけれど」


 私はかすかに頷く。「どうぞ」とエントランスホールの柱の影に誘導すると、私以外誰からも見えないところでようやくウォルシャ伯爵夫人は表情に暗いものを含ませた。


「あなたの経歴とそのもてなしの上手さを見込んで、どうしても内密に頼みたいことがあるのよ。我が家には今、さる高貴なご令嬢がいらっしゃっていて……そのご令嬢の面倒を見るよう頼まれたのはいいのだけれど、時期悪くうちの夫が領地に戻らなくてはならない用事ができてしまって、私も忙しくなるの。気難しいご令嬢の話し相手には、あなた以外、他の誰にも頼めないのよ」


 はあ、とウォルシャ伯爵夫人は小さいながらも力のこもったため息を吐く。


「まったく、領主代理をしている息子の浮気がバレて妻と大喧嘩したのですって。それで教会を巻き込んで大騒ぎ、地元では妻の実家が大商家だから食料品の納入拒絶まで……はあ、頭が痛いわ。夫が戻って何とかできればいいけれど、ねえ。うちの息子も、いい歳なのだから離婚の危機くらい自分で乗り越えてほしいわ」


 ウォルシャ伯爵夫人は、とても演技とは思えない気落ちぶりを覗かせる。


 無論、私もウォルシャ伯爵家の事情には多少通じている。ここに招くのだから当然だ。


 浮気癖のある嫡男はウォルシャ伯爵領の領主代理を務めているが、王都で女癖が悪かったから地元有力者の娘と結婚させられて領地へ送られた経緯がある。


 なので、ウォルシャ伯爵が領地に戻ることは事実だろう。直近に王都でどうしても外せない仕事はないだろうし、ウォルシャ伯爵夫人は王都の名門貴族出身だから片田舎の領地に戻りたがらない。


 それに——さる高貴なご令嬢について、私は探りを入れるべきだ、と直感から警告を受け取った。


 当人のことだけではない。その背景を(つまび)らかにしなくてはならない。王都における不安定要素を一つでも多く取り除くこと、それが私のなすべきことに繋がる。


 私は努めて、ささやかな同情をウォルシャ伯爵夫人へ表す。


「それはまた、ご心痛お察ししますわ。となると、伯爵だけが領地へ戻り、夫人は王都に残るのですね?」

「ええ。私は留守居よ」

「であれば、僭越ながら私がウォルシャ伯爵邸へ出入りして、そのご令嬢の無聊(ぶりょう)を慰めましょう。詮索はしませんわ、やんごとなき方々にはやんごとなき事情があるものです」


 あくまでそれは一般論であり、やんごとない物事の中には軽蔑すべきものも大いに含まれているが、少なくともウォルシャ伯爵夫人はきわめて常識的な貴婦人だ。彼女の人格を信じて高貴な令嬢を預けた筋の人々の思惑も分からなくはない。


 なので、私には彼女に頼られたなら無碍にする理由もなかった。


 ウォルシャ伯爵夫人はやっと安心したのか、両の眉尻を下げた。


「ありがとう、トリッシュ。本当に助かるわ」

「お気になさらず。夫人に頼られたのであれば、本懐というものですわ」

「この恩には必ず報いるから——息子には特に、きつく言っておくわ。ええ、本当に」


 放蕩息子の親は大変そうだ。私は他人事のように思いつつ、ウォルシャ伯爵夫人を丁重にエントランスの外まで見送った。

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