天界の円卓会議 〜3歳の聖女の誕生前騒動〜
天界の円卓会議は、いつになく緊迫した空気に包まれていた。
水晶のテーブルを囲む神々の顔は、一様に曇っていた。
議題はただ一つ。
次代の聖女、レイナへの「力」の継承についてである。
「3歳では早すぎます」
光の衣をまとった女神エレーヌが立ち上がり、声を震わせた。
「レイナの魂はまだ幼すぎる。あと10年、いや、せめて7年待ってください。彼女が遊びや笑いを覚える時間を」
円卓の中央に座る主神アルダンが深く息をついた。
「エレーヌ、我も望むのは同じだ。だが瘴気の拡大は予測を超えている」
彼は水晶に手をかざし、画像を拡大した。
黒い霧が村々を浸食し、作物を枯らし、人々の健康を蝕んでいく。
「このままでは、彼女が10歳になる前に、100の村が消え去る」
「ではなぜ農夫の娘なのですか?」
雷神ボルタが机を叩いた。
「王家の血筋であれば、もっと早く聖女の器が目覚めたはず。あるいは神殿で生まれていれば、守護の魔法陣の中で育つことができた」
風の神ゼフィルがため息をつきながら言った。
「我々も王家や神殿の血筋を探した。だが聖女の魂は、自ら宿る場所を選ぶ。レイナの魂が選んだのは、謙虚で誠実な農夫の家だった」
会議は紛糾した。
慈愛と現実、理想と切迫した危機の間で、神々の意見は割れた。
エレーヌは、レイナが野原を駆け回る幻影を見つめ、唇を噛みしめた。
その無邪気な笑い声が、耳の奥で聞こえるようだった。
やがて、沈黙が訪れた。
すべての神々の視線が、エレーヌに集まる。
彼女はゆっくりと目を上げ、水晶玉に映る、瘴気に蝕まれつつある小さな村。
レイナの住む村を見つめた。
そして、深く、深く頷いた。
「……わかりました。わたしが、力を授けましょう」
その夜、レイナは不思議な夢を見た。
真っ白な空間に、優しく光る女性が立っていた。
女性の目から、ぽろりと光の雫が零れた。
「ごめんなさいね、レイナ。まだあなたに、たくさんのお菓子とお昼寝と、お母さんとのお散歩の時間をあげたかったのに……」
女性の声は、風鈴の音のように心地よく、しかしどこか悲しげだった。
幼いレイナは、きょとんとしている。
でも、この優しいお姉さん(女神はあえてその姿を選んだ)が悲しんでいるのが、なんだか嫌だった。
彼女は、よちよちと歩み寄り、小さな手を差し出した。
「ないよ。(泣かないで)」
にっこりと、太陽のような笑顔を向けた。
その笑顔を見た瞬間、エレーヌの胸の痛みは、温かい決意に変わった。
彼女は指先をそっとレイナの額に触れ、柔らかな光を注いだ。
光はレイナの体中に染み渡り、深く眠りながらも、彼女の頬をより一層ほんのりと桜色に染めた。
「ありがとう、あなたの笑顔が、世界を救う光になりますように。」
夢の中のレイナは、ぐっすりと眠り、何かとても温かいものが体中に広がるのを感じていた。
それは、まるでお母さんが抱きしめてくれる時のような、安心する温かさだった。
次の朝、目を覚ましたレイナは、いつもと変わらず、窓から差し込む朝日を浴びて「おはよう!」と叫んだ。
彼女は、自分の中に静かに眠り始めた大きな力のことも、天界で交わされた神々の議論のことも、まだ何も知らない。
ただ、枕元に、1枚の純白の羽根が落ちているのを見つけて、不思議そうに、また嬉しそうに拾い上げ、キャハハと笑ったのであった。
下界では、何も知らない一つの魂が、大きな使命と、それと同じくらい大きな無邪気さを抱えて、新たな一日を歩み始めていた。




