人間の悩みと本質について
夏が少し過ぎたころの少し涼しくなった日の朝。
ドアを開けると埃が少し待っている図書室。なぜここにきているのかって?そんなの自分でもわかっていない。
高校生活にも慣れてきた僕高瀬俊はいつも8時くらいに学校にいるのに今日は7時半には学校に来て図書館にいた。
意味もなく僕は文庫本を手に取り表紙を撫でてあげる。表面のざらざらとした質感が手に馴染んで妙に心地よい。紙が何枚にも重なっているため両手で持っているのでやっとだ。
近くの椅子に座り辞書を開いて流し見をする。この空間には僕しかいないため一ページ一ページ丁寧にめくる音が耳の鼓膜を揺さぶってきて、体内の神経が柔らかくなっていくのを身に染みる。もしかしたら僕はいわゆる音フェチなのか。
辞書を読み始めてから何分が経過したのだろうか。だいたい十分くらいかな。少しばかりだが体内時計には自信がある。しかし、一向に進んでいない。それどころか集中力が欠落していて頭に入っていない。
朝の読書ははかどると聞いたことがあるが、僕にはそのことが当てはまらないらしい。せっかく朝早く起きて学校に来たっていうのにこれじゃあ意味がない。
集中できないのは早起きをしたせいで眠気が少し残っているからと予想する。これからは不慣れなことはしないでおこう。
本を閉じて改めて表紙を撫でる。その時ふと本の巻かれている帯に目が入る。
「○○文庫 金賞」
どおりで図書室に入って目の前に置かれているのはそれが理由だったのか。
何の本でもよかった。なんならそれこそもっとくそみたいな本でも。本をもとの場所に戻し再度椅子に座る。
心の奥底で黒いもやもやが蘇ってくる。いつものやつだ。今までも誰かのトロフィーや功績を見てきては度々このようなことがあったのだ。
「はっはっ。ふー。」
大きく息を吸って吐いては心の醜い部分を抑えるようにしている。
僕はもう高校生だ。人生才能だけでは生きていけない。自分の理想を手に入れるためには努力も必要だってことくらいは分かっている。そう、、、わかっているのだ。
だけど〇〇〇〇。
いつもいつも僕の心を深くえぐってくる。無数に転がっているガラスの破片を裸足で踏んでケガするように。だれも悪くない。自分が悪いのだ。勝手に期待をして勝手に絶望する。
こんな自分にさらに嫌気を指す。
ふと頭の片隅で思い浮かぶ。「器用貧乏」っていう言葉の意味はなんなんだろう。
割と昔から気になっては調べる体質であったため、本棚から辞書を取ってみる。高校生くらいにもなるとスマホで気になることは調べることができるため、手に取った辞書はほこりをかぶっていて中身の紙はしおれていてかすかに黄ばんでいる。
文明の利器に頼ることなくアナログに生きる僕。ちょっとかっこいいかも?アナログすら怪しいが。
「き、き、ここか。…なるほどね。まぁ大体予想していた通りか…」
何でもそつなくこなせる器用さがある一方で、一つのことに集中・特化できず、結果として大成(大きな成功)ができないこと。
どれ一つ僕当てはまり過ぎて嘲笑さえおかしくなってくるくらい。こんな言葉があるせいで僕は、僕は…。たった辞書を見たくらいでこんなに卑屈になれる人間がいるとすれば間違いなく仲良くなれそうだな。
さて、もうやることもないし少し早いが教室に向かうとしよう。爽快な朝を迎えたと思えば一転、眠気と嫌気でどん底な気持ちになり、憂鬱な一日を迎えることになったのだ。
その日の夜、いつもよりも疲労が溜まっていたせいか早めに寝る支度をし、電気を消してベットに潜り込んだ。それにしても朝以外は悪い意味で変わらない日だったな。
悶々としながら明日こそは実りのある一日があることを期待して深い眠りについた。
「…」
意識が目覚めるとそこは真っ白とした空間。そっかまだ寝ぼけているんだろう。その場で寝転がり目を閉じた。うん。これでまた目を開けるときにはいつもの景色が広がるに違いない。
目を閉じて数秒してから誰かに体を揺さぶられている感触に気づいた。再度目を開けると先ほどの白い空間にスーツを着た男性が立っていた。見たところその男性は25歳くらいに見えきちっとしたスールの着こなしに眼鏡をかけており、髪はしっかりとセットされてある。見た目で優秀さがわかる。これがいわゆる「デキる人」やつなのかな。
と、そんなことはどうでもいいこれはどういう状況なんだ。頭をフル回転させてもこの状況を整理することはできず、頭の中も真っ白い空間に支配されてしまった。
「…あのあなたは誰なんでしょうか?」
「次はこの少年か。君は何を抱えたんだろうな」
「え、抱える?どういうことですか?あとここはどこなんですか?確か自分の部屋で寝て目が覚めた時にはここにいて。そしてあなたは一体誰なんですか?」
「まぁまぁ落ち着いてくれ。とりあえず一旦起き上がって目の前にあるソファに腰かけといてくれ。俺はすこしばかり用事があるからそれ終わったら話すとしよう」
「は…はい」
男性はそういうと部屋を出ていって一人取り残されてしまった。さてどうしたものか。状況を把握したくても情報が少なすぎて整理することができない。
ひとまず言われた通りふわふわのソファに腰かけ頭を抱える。
急な展開と今自分の置かれている現状に納得できないが、焦りがでているわけではない。妙に落ち着く気分だ。そうまるで本当の天国に来たかのように。
三十分が経過したころさっきの男性がバインダーに書類を挟んで戻ってきた。対峙するソファに座りこちらを見つめる。どういったものか困惑していると男性の方から口を開いた。
「君は多分なぜこんなところに来ているか不思議に思っているだろう。結論から言うとここはお悩み相談所って言えばいいのかな。君はなにかしら悩みがあってここに来たんだ。」
「お悩み相談所?ここが?あなたが何かしてくれるの?悩みなんてみんな持っているものだと思うけど。」
「そうだな。ざっくりといった結果だがそのニュアンスで今は理解しといてほしい。といっても普通は本人が相談所に行くのがセオリーなんだが。ここは抱えた悩みを直さなければいけない人がこちらで判断して自動的に来訪する形となっている。つまり今言った通りで行くと君の悩みは直さなければいけないタイプだからここにいるんだろう。」
「はー。そうですか」
流石見た目通りしごできだ。偏見を持つのは世間的によくないとされているがいい意味だといくらでもいいだろう。
っと、直さなければいけない悩みか。
「確かに持っていますよ、悩みというものを。でも殺したいとか死にたいとか、そんな悩みを持った自覚はないんですが、もっとも犯罪は嫌いですし」
「それくらいは知っている。こちらでも君の悩みは把握済みだ。」
「だとすると杞憂じゃないですか?僕だって自己分析が得意なくらいには自分のことを知っているつもりです。ほらよく言うじゃないですか自分のことは自分が一番よく知っているって」
「たしかにな。君の言う通り俺は君のことを見ているわけでもずっと見てきたわけじゃない。でも派生したらと考えたらどうだろう。例えばの話だが根本的な問題がほかの事象と絡み合って最悪な事態になる。そうだな、二次災害みたいなものといえばわかりやすいかな」
「それはまるで僕が犯罪を殺すと予言しているようですね。まるで人を殺すかのような」
遠まわしで僕が悪事を働くと言っているのだろうか。
細い目でにらみつけるが男性は何ともないような確信があるかのような表情でこちらを見続ける。そうして溜息をこぼし首を左右に振る。
「そういっているわけではない。未来のことなんて分からないさ。これからいい方向にも悪い方向にそしてどっちにも関与することなくなかったかのように消失する可能性すらある。そしてたいていの問題は何事もなく消失するんだ。しかし悪い方向に転がる可能性が高い人をここでいい方向へと変わるように手助けをする。誤解させるような言い方をして悪かった。」
「大体のことはわかりました。こちらこそ誤解を鵜呑みをしてしまって申し訳ございません。」
頭を下げ謝る。
「しかし悩みを自覚しているからこそほっといていいのでは?一番問題なのは自覚がなく悪い方向にいく。そのような人たちだけではダメなんですか?」
「君の言う通り自覚があれば気をつけていればいいだけのこと。だからここには来ないはずだよ。」
「じゃあなぜここに僕が来ているんですか?」
「…それはつまりそういうことなんだろう」
この男性は表情を変えず滔々と受け答えをしてくる。きっと手元にあるバインダーの書類も教えてくれることはないだろう。
「さて、ほかに質問することはあるかな。いえる範囲なら教えるよ」
それはつまり遠まわしに書類のことは教えないと言っている。それでも気になる。
「色々急なことで頭が追い付いてないんですけどひとまず受け入れます。それで、これから僕はどうしたら元の生活に戻ることができるんですか?」
そう一応僕にも元の生活がある。こんなところにずっといて寿命を尽きるのはごめんだ。別に元の生活に不満があるわけじゃないし、なんなら満足するくらいには楽しんでいたと思う。それでもなにかしら悩みがあったからここに連れて来られたんだけど。
「それはこれから説明しようと思ってた。」
そうして淡々と説明されていく。内容としては整理するとこんな感じらしい。
まず、新たな生活をしていくらしい。もうこの時点でぶっとんではいるが。もうここまでくるとなにも不思議に感じなくなった。。
それからその生活を通して悩みを解決していくという単純明快にして聞くだけだと普段の生活をするだけらしい。それで本当に悩みが解決するのかは分からないが。
「と、そんな感じだな。案外難しい話ではないだろう?」
「うーん。まぁ、話を聞く限り元の生活とあんまり変わらなさそうだし、とりあえず一刻でも早く解決することを努力したらいいんだろうね。その新しい生活の環境にもよるけど」
「そこはこちらが保証する。どんな環境なのかその生活をするまで企業秘密だが心配は無用だ。」
「そっか、それはありがたい」
そしてその男はボソッと「なんなら君の羨望どおりくらい…」とつぶやく。
「なにか言いましたか?」
「いやなんでもない。とりあえず君がよければ今すぐにでも出発できるがどうだろうか?」
別に否定する理由があるわけではないため二つ返事とまではいかなくとも、軽く了承した。今にでも元の生活に戻れるのならすぐ否定するが、そんなことはできないのだろう。
「じゃあそれじゃあさっそく出発しよう。あ、伝え忘れていたことがある。入ってきて」
後ろにあるドアにそう呼びかけると「失礼します」という声が聞こえてきて後ろを振り向くと女性が入ってくる。いや見た目で言えば僕と同い年でもおかしくない。どういうことなんだろうかと男を見つめると口を開く。
「これから君の生活を支えるパートナーになる人だ。助手と思えばいい。君が分からないことがあればこの子が助けてくれる。もちろん助けるといっても道を引いてくれるわけではない。」
「そうなんですね。少し不安だったので安心しました。」
「うん。じゃあ行こうかついてきて」
男が部屋を出てその後ろを歩いていく。外も白い道が広がっていて方向感覚を失ってしまいそうになる。僕の後ろには女性?女子?がついてきて品性な佇まいである仕草に無駄がない。どこかで訓練されていたのだろうか。美麗な見た目と相まって本当に
家政婦のようだ。
少し歩いたところにはずっしりと門が構えていた。金色の柱にツタのような草がまかれていて神秘的といっても過言ではない。
「それじゃあこの門をくぐってもらったら、新しい生活が待っている。なに、不安がることはない。今までの人もこうやって門をくぐって悩みを解消してきた。こちらとしては君にも君の未来もいい方向へと走ってほしい気持ちがある。僕からいうことは以上だ。」
「わかりました。無理ない程度に善処します。」
「よし。」
一人立ちといえばいいのか…(実際には二人だが)まるで生まれてから今までここで過ごしたかのように思える。実際には本の一時間も満たないくらいしかいなかったのに。それが次の生活を余儀なくされ、なんとなくだがその新しい生活では悩みを解消するという、異世界転生でも起こすのか、笑ってしまう。まだ死んでもいないのに。
ふと思い出す、今までの人生を。ふと思い出す、自分がどうしてこんなものにまきこまれたのかを、ふと決心する、やるしかない。そして願う元の生活に戻れることを。
微笑んでそして苦悩を想像し門の目の前に立つ。
「それではいってらっしゃい。よい旅になることを願っています」
「…ありがとうございます」
男の目を見て言い、そして一歩前へと足を踏み出した。
まるで主人公のように。
読んでいただきありがとうございます




