第7話 目的
サワシロに連れてこられたのは、才拡塾からほど近い場所にあるマンションの一室だった。
「合宿って、ここでやるのか?」
「そうよ。何か文句ある?」
「いやないけどさ……もっと、海とかさあ。そういうところを想像してたんだよ」
「今は5月よ?まだシーズンじゃない。それに、こういう環境の方が、集中できるでしょう?」
「まあ、そうかもな。それで、今日は何をやるんだ?」
「決まっているでしょう。勉強よ。私が付きっきりで指導するから、覚悟しなさい」
そこからは、本当に地獄だった。
(今、何時間経ったんだ……?)
サワシロの視線に背中を刺されながら、テキストを解き続ける。
一問でも手が止まれば、無言で次のページが差し出された。
食事は栄養だけを詰め込んだような味気ないものだった。
辛い。逃げ出したい。何度そう思ったことだろう。
そう思うたびに、昨日の屈辱が俺を奮い立たせた。負けっぱなしじゃ終われない。
そう、強く思う。だからこそ、ここは辛抱の時間だ。強くなるための。
「お疲れ様。少し休憩しましょうか」
サワシロは今日何本目か分からないタバコに火をつけると、そう言った。
「やっと休憩か……今何時だ?」
「さあ。そんなことを気にする必要はないわ。ここを出るのはあなたが基準とした学力に達したと私が判断した時だけ。時間なんて、どうでもいいことだもの」
「……仕事はどうするんだ?お前が抜けた分は」
「あの塾には講師なんていくらでもいるわ。どうとでもなる」
「……お前がそこまで俺に期待する理由はどこにある?」
「理由? そんなもの、いくつもあるわ」
「はぐらかすなよ」
「はぐらかしてるんじゃない。今は答える段階じゃないだけ」
「お前の目的はなんなんだ?才拡塾の目標、理念ってやつは」
サワシロはゆっくりと煙を吸い込む。そして濃い煙を吐き出し、口を開いた。
「才拡塾の目標は、“可能性の異常値”を集めること。それがどこまで壊れるか、どこまで伸びるかを見るの。そして私の目的は……対等に話ができる存在を作り出すこと。そんなところかしら」
「可能性の異常値を集めて、どこまで壊れるかを……?」
「そう。あなたのような“異物”だっていい。年齢、環境、才能……どれか一つが歪んでいる子たち。そんな子たちを才拡塾に集めて、教育し、試し、鍛え抜いて、至高の領域にまで引き上げる。中学受験なんて、どうでもいいことなの。それを期待して入塾している生徒や親御さんたちには、申し訳ない話だけどね」
「……じゃあ、他の生徒たちの役割は」
「比較対象よ。負荷をかけるための“環境”」
「……それって」
「あなたが思っているほど、特別な話じゃないわ」
「ちょ、ちょっと待て。じゃあ……なんで俺なんだ?そんな大層な目的なら、元から高学歴のやつを転生させて、ここに連れてくればいいんじゃないのか?」
「それでもいいんだけど、私たちが求めているのは、染めやすい素材なのよ。元が空っぽの方が、中に入る容量は多いでしょう?それと同じ」
「……俺が空っぽな存在だった、そう言いたいのか?」
「そう言っているでしょう。それとも何?あなたには何かあった?無為な日々を過ごしていたと、あなたそう言っていたじゃない。少なくとも、今の方が元の生活より充実している。そう思っているのは、否定できないでしょ?」
「……他にも転生者がいる。それは本当なのか?」
「さあ。それは自分で確認してみたら?」
(俺以外にも、転生者がいるのか……?まあ、そう考える方が自然か。あのタバコを吸った人間が他に誰もいないって考えるのは、あまりにも不自然だ)
「あと、お前の目的だ。対等に話せる存在を求めるって、どういう意味だ?俺は対等に話せていると思っているが、そういう意味じゃあ……ないみたいだな」
値踏みするような視線を向けながら、サワシロは言葉を紡ぐ。
「……私は何年生きていると思う?」
「何年って、見た目からして20代後半かそこらじゃないのか?」
「この器の年齢はそうね」
「この器?……ってお前、まさか」
「……私はね、あなたよりずっと長く、“失敗する天才”を見てきた」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。何世代分も」
サワシロはそう言うと、灰皿に乱暴にタバコを押し付け、火を消した。
「そろそろ退屈してきたわ。もう成功者を待つだけの日々は終わり。私が作り出す。そう決めたの」
「お前が、作り出す……」
「あなたは、私にとって“数少ない一人”なの」
「……数少ない?」
「ここまで来た人は、ほんのわずかよ」
サワシロは俺の両肩をぐっと掴み、両目を近づける。
「サクマジン、あなたは私の期待に……今度こそ応えてくれるわよね?」
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