第6話 負けないために
校内模試は全員一斉で行われ、順位は校内の目立つ場所に張り出される。ただし、降級点システムはなし。サワシロから話を聞いた後、他の生徒にもそれとなく聞き確認してみたが、それは間違いなかった。
「今回の模試は、純粋に今のあなたたちの立ち位置を測るためのものだから、そんなに緊張しなくていいからねー。あくまで自然体で!成績が悪くても、こちらでちゃんとサポートするからね!」
立ち位置、ね。つまり値踏みだ。
模試まであと3日と迫った日の授業前、サワシロはそう言った。薄い笑みを浮かべながら、緊張した面持ちの生徒たちを見渡して。
そう、この模試は、ただのテストではないのだ。順位が張り出されるということは、塾内でのパワーバランスが変わることを意味する。そして今回の模試で皆が心のどこかで、もしくは今か今かと期待していることは、俺、サクマジンの転落劇だ。王座から陥落したサクマジンはどこまで落ちていくのか。そして、空位を埋める王はリョウなのか、はたまた他の誰かなのか。それを気にしてか、リョウはここ数日極端に口数が減っている。
「だからー、あと3日!追い込み頑張ってね!」
その後の授業は、いつもより身が入らなかった。
「でさあ、マナちゃんは明日の校内模試の手ごたえどんな感じ?」
「うーん、普通、かな?マナは毎回10位前後って感じで、トップ層にはあと一歩及ばないって感じなの」
校内模試を明日に控えた夜、食堂で夕飯を食べながらマナちゃんと話すことで、俺は緊張をほぐしていた。この子と話していると、なんとなく気分が落ち着く。
「僕は全然だなあ。そもそも、前回のテストも降級点はギリギリ回避できたけど、回避できただけで、以前みたいな冴えは全くないもん」
「そっ、そんなことないよ!前からサクマくん、模試以外のテストはミスすることがあったでしょ?でも、模試だけは絶対ミスしない。そういうところ、私、憧れてたんだよ」
「……ありがとう。でも、憧れてたってことは、今は違う?」
「あっ、いや、そういうことじゃなくて!今も憧れてはいるんだけど……」
「うん」
「憧れてるだけじゃ、トップには届かないって分かったから。だから、最近はそういうこと、考えないようにしてるの」
「……なるほど」
「私、負けて、そこで満足しちゃってた。そんなのもう、嫌なの」
ごちそうさまでした。と言って席を立ったマナちゃんの目には、光が灯っているように見えた。
覚悟の光が。
校内模試当日。俺は落ち着いていた。なにせ、今回の校内模試は降級点がかかっていないのだ。可能な限り時間を削って勉強はしたが、今回は前回のようなセコいやり方はしないで、正々堂々正面から問題を解こうと思っていた。
問題を見るまでは。
「な、なんだこれ……?」
問題が難しすぎる。前回のテストとは比較にならない。これがこの塾のスタンダードなのか……?
クソっ!これなら、もう少しハイレベルな問題にも挑戦しておくべきだった。基礎を拾う戦略で着実に点数を拾いに行こうにも、そもそもの問題のレベルが高すぎて、歯が立たない。
覚悟が足りなかったってことか?まだ……。
焦りだけが募るが、ペンは動かない。無慈悲に溶けていく時間を睨みながら、俺は試験終了の声を待った。
「サクマ、87位かよ……」
「もう終わったな、あいつは」
「サクマなんてもういいよ。それより……」
「「「マナちゃん、1位おめでとー!!!」」」
「あっ、ありがとう!ほ、本当に……ありがとう……!」
マナちゃんは複数の女子生徒に囲まれて、涙を流しながら喜んでいる。
マナちゃんが1位を取ったこと自体は、素直にすごいと思う。
でも、その称賛の輪の外で立ち尽くしている自分を自覚した瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。
俺はもう、同じ場所にいない。
87位。
その数字を見た瞬間、周囲の視線が一斉に俺から外れた気がした。
さっきまで確かに向けられていた関心が、音を立てて床に落ちていく。
――ああ、終わったんだな。俺はもう、「見る価値のない存在」になった。
サクマジンに申し訳ない。そう、素直に思った。
「……なにやってんだよ、お前」
「……リョウ。また2位だったね、リョウは」
「そんなことどうでもいいんだよ!お前、87位ってなんだ?ふざけてんのか?」
「ふざけてないよ。これが僕の実力ってだけだ」
反論したかった。
でも、何一つ言い返せる材料がなくて、唇を噛むしかなかった。
ここは、成績でしか判断されない場所だから。
「……そーかよ。お前のことはライバルだと思ってたが、どうやら俺の見込み違いだったらしい」
そんなセリフを残して、リョウは教室の外へと消えていった。
「散々な結果だったみたいね、校内模試は」
サワシロはいつものように窓を開けると、タバコ火をつけてそう言った。
「完全に実力不足だった。上位でもなく、最下位でもない。誰の記憶にも残らない、ちょうどいい転落だな。流石にもう少し通用すると思ったんだが」
「するわけないでしょう。あんな勉強時間で。あの子たちが何年も前から死ぬ気で勉強してきているのを知らないの?」
「知ってるよ。知ってるけど……どうにかなると思ってたんだよ」
「随分と楽観的な思考をしているのね。まあそれも、今回で懲りたかしら?」
「……ああ。もっと勉強しないといけない。それと、勉強法も変えようと思う」
「その気持ちが聞けただけで十分。実はね、今回のはある種のテストだったのよ」
「テスト?」
「そう。転生者であるあなたのストレス耐性を試すテスト。心が折れないかどうかのね」
サワシロはそう言ったが、その視線は一瞬だけ俺から逸れた。
「……それは合格だったってわけか?」
「そうね。合格と言っていい。あなたは限界状態の中で、ギリギリとはいえ校内二桁の順位を確保してみせた。現状の成果としては、それで十分」
「……そうかよ。ならよかった」
「あなたは見込みがあるわ。自己評価は低いけど、ここまで着いてこれている」
「ありがとよ。まあ、勉強するしかないわな、今のままじゃダメだ」
「合宿をするわ。明日から。今日のうちに準備をしておきなさい」
「ちょっ、ちょっと待てよ!いきなり合宿って、どこに連れていくつもりだ!?」
「つべこべ言わずに着いてきなさい。あなたの学力は飛躍的に向上する。それは保証する。そして……」
サワシロは薄く煙を吐くと、真剣な表情でこう言った。
「この塾。才拡塾の目標、理念も合宿に来れば理解することができるわ」
合宿。
その言葉を聞いた瞬間、俺は直感した。
ここから先は、今までの「努力ごっこ」とは違う。
――次は、逃げない。
本物の努力ってやつを、俺は知らなきゃいけない。
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