第4話 持たざる者
「追い出されるって……虐待親のとこに帰るってことか?それだけは嫌だな」
寮への廊下を歩きながら、窓越しに夜空を眺める。俺が小学生の頃は、こんな時間まで勉強するなんて考えたこともなかった。家でテレビでも見たり、ゲームしたり。そんな、平凡で幸せな毎日を送っていた。
でも、ここの子たちは違うってことか。勉強につぐ勉強。そんな世界で生きて、息が詰まらないだろうか。
寮はサワシロに聞いた通り、病院みたいな空間だった。食事だけは集まって食堂で食べるみたいだが、それ以外は個室で、携帯・ゲーム機などの持ち込みはNGらしい。
「サクマくん遅ーい!サワシロ先生となに話してたの?」
食堂に入ると、天パの女の子が話しかけてきた。確か、隣の席に座っていた気がする。
「えっ、いや、模試の話だよ。前回の。相変わらず成績いいねって」
「いいなー!流石全国一位!私とは頭の出来が違うんだろうなー……」
「そっ、そんなことないよ。今日の授業、ぼ、僕は問題解けなかったし」
「あれはびっくりしたよ!マナでも解ける問題をサクマくんが解けないなんて今まで一度もなかったし」
「まあ、僕にもそういう日があるってことだよ」
配膳待ちの間も、話は続く。
「ところでさ、マナちゃん」
「マナちゃん!?」
「どっ、どうしたの?マナちゃんって呼ばれるの嫌だった?」
「ん、ううん!全然いいの!でも、サクマくんにそんな呼び方されたの初めてだから、びっくりしただけ!」
「……前なんて呼んでたっけ?」
「お前!」
「ご、ごめん!今までごめんね!今日からはマナちゃんって呼ばせて!」
「ふふっ!いいよー!」
俺の中で、サクマジンの評価が乱高下している……。
「マナちゃんって、どうやって勉強してる?」
「どうやって勉強?普通に、授業受けて、配られてる問題集解いてるだけだよ?」
「そ、そのやり方を聞きたいんだ。最近伸び悩んでで、参考にしたくて」
「サクマくんの参考になるかなー?私なんかの勉強法が」
「ならないわけないよ。だから、教えてほしい」
「んー、特に特別なことはしてないんだけど、毎日12時間は勉強するようにしてるかな」
「じゅっ、12時間!?」
「そんなに驚かれるほど長いかな?」
「長いよ!俺……僕なんか、そんなに勉強した日は一日もないよ!」
「それで全国1位!?うわー、やっぱ、才能ってあるのかなー……」
「ほ、他にはなにかある?問題の解き方とか」
「解き方?解き方は、ぱっと浮かぶなー。なんか、なんとなく分かるんだよね、見たら」
「見ただけで分かる?」
「うん、なんとなくだけどね。それで、わーって集中して考えたら、大体答えは出てる!」
「ま、マナちゃんも天才、なんだね?」
「うーん、サクマくんにこんなこと言うのも恥ずかしいけど……」
マナちゃんは恥ずかしそうに俯いて言った。
「マナも、全国9位だから」
夕飯は全く味がしなかった。これからどうしよう。その不安だけで、頭がいっぱいだったから。
食堂を出ようとすると、後ろから肩を叩かれた。
「ジン、体調大丈夫か?」
「う、うん。ところで、君は?」
「はあ?リョウだよ、リョウ。マジで大丈夫か?」
「あー、ごめん、ど忘れしてたみたい。リョウだよね、うん。大丈夫」
「今日のテスト、散々だったみたいじゃん?それで俺心配でさ」
「あー、でも、こういう時ない?なんかいつもなら解ける問題が解けない、みたいな」
「んー、ないかな。あんな簡単な問題、寝ぼけてても解けるぜ」
「そ、そう?あのさ、変なこと聞くけど」
「なんだ?」
「リョウって、どれくらい勉強してる?」
「どれくらいって……俺は寮にこもってて、学校行ってないからな。生活に最低限必要な時間以外の全ての時間、勉強してるよ」
「12時間とか?」
「15時間くらいかな」
「……苦しくない?そんなに勉強してて」
「苦しくないぜ?勉強だけが俺の価値だからな。他は要らないんだ」
「そ、そうなんだ……」
「ああ、他は要らない。……今はな」
「……今は?」
「だからさ」
リョウは俺の両肩を掴むと、ニヤッと笑った。
「ぼさっとしてると2位の俺に抜かれるぜ?全国1位さん」
終わりだ。なんで全国模試の1位と2位と9位が同じ塾の寮にいるんだ!?しかも、あいつらがいるってことは、あいつらに合わせて授業が進むってことだ。そんなテストで70点以上なんて取れるわけない!いっそこうなったら、古典的な手法だが、テストを盗み出して、答案を暗記すれば……。
トントン
なんて考えていると、部屋のドアがノックされた。
「はい、いますよー」
「私。サワシロだけど」
「サワシロ!?なんですかこんな夜更けに」
「まず開けて」
「はいはい」
サワシロは小脇に大量の本を抱えていた。
「じゃあこれ、この塾専用のテキストと問題集。全教科分あるから、5日で2周はしなさい」
「こ、こんなにあるのを5日で2周?できるわけないだろ!」
「また逃げるの?努力から」
「なっ、またってなんだよ!お前に俺の何が分かる!?」
「分かるわよ。負け犬の臭いがする。それも、とても濃い臭いがね」
「っ……!」
「私ね、ここで天才って呼ばれてる子たちを教えてて、思うことがあるのよ」
「……なんだよ」
「才能なんて、本当にあるのかなって。あったとしても、努力に敵うものなのかって」
「……!」
「聞いたでしょう?あの子たちの勉強時間。あれは努力よ。少なくとも才能だけであそこまで行けるほど、世界は甘くないわ」
サワシロは窓を開けると、タバコを咥えて、火をつけた。煙が喉に絡みつく。逃げ道みたいに。
「5日間死ぬ気で耐えて、そして味わいなさい。人生初の、努力の味ってやつをね」
今逃げたら、もう一生引き返せない気がした。
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