第2話 天才たちと落ちこぼれ
サワシロと名乗ったその先生は、
「ここの入試は割とスタンダードな問題の出し方をするから、ここで詰まらないでほしいってのが、先生の正直な気持ちかなー」
と言い放った。周りの生徒も動揺している様子はない。この程度のプレッシャー、プレッシャーとも感じないといった様子だ。
テスト開始。
……正直に言おう。全く解けなかった。中学入試の問題だと甘く見ていた。日本語で書かれた問題だとは思えない。シャーペンを持つ手が震え、周囲のペンが滑る音が妙にうるさく聞こえる。俺は公立中学出身で最初の受験が高校受験だったから、中学入試は完全に未知の世界だった。まさか、こんなに難しいとは夢にも思わなかった。図形の問題とかなんだこれ?異世界語か?
俺は、努力という単語を全力で避けて生きてきた。常になんとなくで生きてきて、気付いたらサボりすぎで留年していたから高校を中退して、そのままフリーターになった。なのに、今この教室に小学生として存在している。努力する小学生に囲まれて。そのことが、急にどうしようもなく情けなく思えてくる。
逃げだしたいと何度思ったか分からない現実から、タバコを吸うというめちゃくちゃ簡単で何の苦痛も伴わない方法で転生できたはずなのに、今は、あんな現実が恋しくて。言語が通じない国に、一人で旅に来たみたいだ、と思った。
「はーい、テスト終了。おつかれー」
サワシロがそう声をかけると、教室の空気は一気に弛緩した。小学生らしいやり取りがちらほら聞こえてくる。簡単すぎたなー、とか。私満点だと思うー。とか。挫折を知らないのか、むしろ逆で、この年にして幾度も挫折してきたからこそ、折れない自信があるのか。
「じゃあ、サクマくん。大問1の答えよろしくー」
サワシロが呼びかけるが、誰も答えない。どうした?
「サクマくーん?サクマジンくん?聞こえてるよね?なんで答えないのかな~?」
サワシロが俺の目をじっと見つめてそう問いかけてくる。……俺がその、サクマジンってやつなのか?
「……すみません。解けませんでした」
そう言った瞬間、教室中からえーっ!?という声が沸騰したように上がる。
「ジンくんがこんな簡単な問題が解けない!?」
「全国模試1位のサクマくんが!?」
「熱でもあるのかな?いや、熱でもこれくらいの問題はジンなら」
こいつ、っていうか俺、そんな天才だったのかよ……。
「まあまあみんな、サクマくんでもそんな日はあるよ。じゃあヤマグチさん、代わりにおねがーい」
その後の授業は、サワシロの的確な解説と優秀な生徒たちの掛け合いで、信じられないほどスムーズに進んでいった。
ただ、俺一人を置いて。
授業の最後に、サワシロはこう言った。
「じゃあ今日はここまで!あ、サクマくんだけ、この前の模試のことで話があるから、ちょっと残って」
「……話って、なんですか?」
「だから、この前の模試の話だって。全国模試。また1位だったね!おめでとう」
「……ありがとうございます」
「まあ今日はちょっと、調子が悪かったみたいだけどね」
サワシロは肩をすくめながらそう言うと、急にニヤニヤしてこう言った。
「単刀直入に言うんだけどさ、君、っていうかアナタ、サクマくんじゃないよね?」
「なっ、なんですか、急に」
「いやいや、隠さないでいいのよ。知ってるからさ」
「知ってるって、なにを」
「吸ったんでしょ?あのタバコ。Reincarnazione」
「なっ、なんでそのことを!?」
「なんでって、そのタバコをリンに渡したのは私だからだよ」
サワシロはクスクス笑いながらそう言った。
「で、サクマくんとしてあなたが転生してきた。そういうことってわけよ」
「どういうわけだよ、全く話が……」
「まあここでグダグダ話してても意味がないから、場所を移しましょう」
立ち上がると、サワシロは手を俺に差し出し、左手で髪をたなびかせた。
「会わせてあげる。本当のあなたに」
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