魔法使い、信長に仕官する
若武者は、年の頃は、13、4歳ぐらい。自分より遙かに年下の若武者のぞんざいな物言いに少しむっとして、祭文は素っ気なく答えた。
予想外の返答に戸惑いながらも、若武者は値踏みするかのように、祭文をじっと見つめた。
「報告では髪色は茶、南蛮人のような顔立ちで、漆黒の衣装をまとっているということだったが・・・。聞いておった風貌と随分違うようだ」
祭文の外見が、事前の情報と違っていたので、若武者は、祭文が目当ての人物か、測りかねているようだ。
若武者が、困惑するのは無理もない。
祭文は、この世界で、この国の暮らしになじむため、また、へんに目立って人々から好奇の目を向けられることのないように、魔法で容貌を変えていたのだ。
見た目は、この国の30代くらいの男で、鼻が低く、目の細い、ごく平凡な顔立ちにした。
頭髪は、黒髪で月代を剃らず、髪を伸ばし、後ろで束ねた総髪にした。服装も麻の小袖に、袴。わら草履をはき、この国の住人と見紛うばかりの変身ぶりだった。
調査の結果、この世界には魔法も魔法使いも存在しないことがはっきりした。そして、人々にとって、魔法は神のごとき奇跡の体現であり、この世界の根幹を揺るがしかねない力であると認識した。だから、出来るだけ魔法を使わないように心がけた。
この日も、この世界の住人同様、斧を使って薪を割っていたのだった。
若武者は一旦、迷いを心の隅に押しやり、井戸から水をくみ、桶から直接ごくごくと豪快に水を飲んだ。
「こんなに冷えて、うまい水を飲んだのは初めてだ。何か特別な工夫でもしているのか?」
「これといって特別なことなどしておりません。地下深くからくみ上げた水を、飲み水として適するよう魔法で浄化しているだけのこと」
「まほう?じょうか?・・・。地下深くと言ったが、どのくらい掘ったのだ」
「一町(約110メートル)ほどです」
「何と、一町とは!」
若武者は、とても驚いたようだった。
「そんなに深く、どうやって掘ったのだ。出来上がるまで何ヶ月もかかっただろう。相当大変な作業だったのではないか」
「それほどではありません。一日足らずで完成しましたから」
祭文はさらっと言ってのけた。
「一日で!人夫を大勢やとったのか」
「いいえ、わたし一人で掘りました」
「そなた一人で!」
若武者は、呆気にとられて言葉を失ってしまった。そして、傍らで祭文が薪割りをする姿をぼんやりと眺めていた。
「他に用がないなら、お帰りください。そんな所に立っていられると気が散って、仕事に集中できません」
「おお、そうであったか。失礼した。そろそろ屋敷にもどるとしよう。ところで、お主、名は何と申す」
「祭文と申します」
「そうか。祭文か。うまい水を馳走になった。邪魔したな。さらばじゃ」
若武者は、自分の名を名乗りもせず、馬に乗ると、さっさと駆けていった。
その後も若武者は何度か祭文を訪ねてきた。いつも祭文が家か、その周りで仕事をしているときだった。まるで、祭文の動向を把握しているかのようだった。
茶を飲みながら、一緒に話をすることもあった。しゃべるのは主に若武者だった。それを祭文は黙って聞いていた。若武者は、争いのない平和で豊かな国をつくるという理想を語った。そのために、国家を統一するという野望を抱いていることまで話した。
「世間の噂とは違い、ひとかどの人物のようだ。おそらく、近隣の大名たちを油断させ、家中の反対勢力を欺き、あぶり出すために、あえてうつけを演じているのだろう。周到な計略と言わざるを得ない」
祭文は、若武者に対する認識を改め、次第にその人柄に引かれていった。
そんなある日、若武者が仕官の話を切り出した。
「祭文、わしの為にお主の力を貸してはくれぬか」
「それは、私にあなたの家臣になれということですか」
「そうだ。わしの家臣となって、尾張、いや日の本全土を平定し、泰平の世とするために働いてほしい」
「いかに、領主さまのご嫡男信長様の依頼でも承諾致しかねます」
「知っておったか」
「はい。始めから。お噂どおりのその出で立ち。一目で分かりました」
「巷の噂では、摩訶不思議な術で野盗どもを追い払ったというではないか。どうだ、その力、わしのため、いや、この国の為に使ってはくれまいか」
「私は人と人との殺し合いなどに関わりたくありません。わたしの力が人殺しの道具にされ、戦で多くの命が失われるのは、なんとも忍びない。いやだと言ったら・・・」
しばらく沈黙した後、信長が口を開いた。
「否と言えば、お主のみならず、この村の者全員、無事ではすまぬと言ったら・・・」
「おやおや、穏やかではありませんね。そのようなことになれば、私もむざむざとやられはしませんよ。全力であなた様と戦うことになりましょう。もちろん、お命の保障はできかねますが」
それまでの和やかな雰囲気から一転、張りつめた空気が二人を包んだ。
「わっはっはっは」
緊迫した空気を一掃するように信長が高笑いした。
「食えないやつよのう。冗談じゃ。わしも手荒なまねはしたくない。ますます気に入った。今日のところはひとまず引き上げるとしよう。だが、あきらめぬぞ」
そう言って、信長は帰っていった。
この後も信長は、鷹狩りのたびに祭文の家に立ち寄った。
仕官の話は一切しなで、ただ当たり障りのない世間話をするだけだった。
何度目かの時、信長と城下を散策することになった。
道行く人や店の主人に気さくに声を掛ける信長。
「どうだ、この町は」
「町は人が作るもの。この町の人々は、生き生きとした表情をしています。心底からこの町の暮らしを享受しているのでしょう。活気のある良い町だと思います。それに、皆信長様のことを好いているようですね」
「前にも話したが、わしはな、戦の心配などない、人々が安心して暮らせる平和な国をつくりたいんだ」
「戦を収めるために戦を繰り返し、その結果、多くの血が流されるとしても・・・ですか?」
「大義の為には多少の犠牲は、詮ないこと」
「その考えには承服しかねます。戦で多くの人の命を奪えば、より多くの人の悲しみや恨みを増すことになります。それは、信長様の高邁な理想に反するのでは?他国との共存共栄の道はないのですか」
「見解の相違ということか。お主の言うことは尤もだが、現実的ではない。言うは易く行うは難し。お主の言う方法で、わしの悲願を達成できるというのなら、それを証明できるか?」
「証明、ですか・・・」
「そうだ、お主の力で天下統一を実現してみせろ・・・。だが、お主の摩訶不思議な術をもってしても、お主一人の力では到底無理な話だろう。そこで提案だ。どうだ、我と共に天下統一への道を歩んでみないか?」
今が好機ととらえて、信長が再度仕官の話を持ち出した。
「信長という男は、聡明さと決断力、その上、カリスマ性のある指導力を兼ね備えた人物だ。私が助力すれば、天下統一も夢ではないだろう。
信長の庇護のもと、この町のように住民が豊かで、安穏に暮らせる場所が全国に広がれば、なんとすばらしいことだろう。
この国を統一し、戦のない平和な世にできるのなら、信長の夢を共に追うのも悪くない気がする。
それに信長のそばに仕えていれば、戦で奪われる命を、私の力で救うことができるかもしれん」
祭文は思考加速で頭脳をフル回転させ、瞬時に決断を下した。
「この申し出、謹んでお受けいたします。微力ながら信長様のお役に立つよう尽力いたします」
「おおー、そうか、そうか。ありがたい。これ以上心丈夫なことはない」
こうして祭文は、信長の軍師として信長に仕えることになった。
祭文は村を去った後、盗賊の来襲を懸念し、村を守護するために召喚獣を村に残した。
子牛ほどの大きさで漆黒の体色。燃えるような真っ赤な目をした地獄の猟犬ヘルハウンドを召喚し、かわいらしい小型犬に擬態させた。それを甚兵衛に飼ってもらうことにしたのだ。
以後、ヘルハウンドの働きにより、盗賊などの外敵に悩まされることなく、村人が平穏に暮らすことができたのは言うまでもない。




