第四話・少女エニタとの出会い・1
選択:*【図書館】*(カクヨム)
物語が始まります…………。
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軽食の後に、シェイナと【ランの証明】の二人は【貴族帝都シンドリス】の外壁中央部に建つ、一つの図書館へと足を向けた。
「すごーい」
【ランの証明】は一つの書を上から覗き込みながら、幼い少女が童話を読んでいる様子に似た、無垢の高揚を見せていた。
空に浮かぶランの、身の支え台代わりにされて。彼女の腕と、胸の重みを頭に乗っけられながら、シェイナもまた魅せられたように書を熟読していた。
「人間って……おもしろーいっ!」
シェイナの頭を胸の重みで揺らしながら、ランは感情を昂ぶらせる体ごとで笑った。
“異邦は影のごとく”。
【貴族帝都シンドリス】が外来者に求める“姿”であるが、影の如くにシンドリスの外郭を歩くことは許されているようだ、生まれにおける一部の者は《一生涯》立ち入ること叶わない【都市の知の場所】にも歓迎された。
【知の威信】を示す【国営図書館】は、シンドリスという都市を象徴するに相応しい、蔵書の圧倒に息を飲む荘厳な空間であった。
ここを目的とすることだけに、シンドリスへ訪れる価値がある。それほどのことを思わせる場所。静謐な広大の空間に、見渡す限り収められている蔵書は、質、量、多様性、あらゆる点において文句の付けどころもない。
ただし。
あえて指摘の点を挙げるとするのなら……、蔵書が多すぎるという一点が、外来者の目からして奇妙に映るかもしれない。
『生きるということ。人間が守るべき【規律】という心について。
私たちは人間という【種】をもって生きてゆかねばならない。
それは【群】、または【属】、つまり生物としての【人間】として生きる必要があるということであり、それには【生まれにおいての立場】という【規律】を守る必要が出てくる。
もし【生まれにおいての立場】という【規律】が順守されなければ、【人間】という【種】はたちまち『族』へと散らばり、集合を無くすだろう。
『族』は無秩序を招き、【人間】という【群】に内部紛争をもたらす。
それは自然界を見渡せば判然としたことである。
(――以下、しばらく、自然界における【種】【群】【属】における秩序の例、また『族』がもたらす無秩序の、具体的で現実的な一例の、記載――)
ゆえに、私たちは人間という【種】をもって、生きてゆかねばならない。
そのために、【生まれにおいての立場】を順守する必要が出てくる。
歴史を辿り、必然として辿り着いた、理知。
そうして辿り着いた理知こそが、この自然界に【規律】を形作り、その【規律】は私たちに【人間】をもたらす。それを唯一として。
そのため、今日、どのような都市であろうと、【生まれにおいての立場】という規律は順守されている。』
この蔵書が収まっていたのは【ファンタジー】の棚ではなく、【社会科学】の棚であった。
このような、“ある視点から見るファンタジー的記述の綴られた蔵書”が、どこの分類棚にも多く、収められていた。
「――――んん、面白い」
やがて、シェイナも熱読の夢中から覚めて、小声で感想を漏らした。
「前に来た時から、図書館には寄ってみたいと思っていたけど……想像以上に面白いね。――なにが面白いかといえば、これらの記述には、“一応に筋を押し通すだけの説得力”があるってところ」
『そうして辿り着いた理知こそが、この自然界に【規律】を形作り、その【規律】は私たちに【人間】をもたらす。それを唯一として』――その部分を指し示しながら、シェイナは言った。
「それこそが【規律】を形作るという“たった一点だけを論ずる討論”においては、この表題はなかなか言い負かされない。《主張》ではなく《表題》として存在するこの一論を論破できる論拠は、なかなか思い付かないから」
「素晴らしく芳しい……。私、人間のこういうところ、好きよ」
ポッと頬を赤らめて、少女みたいに《地獄》を言い指すランへ向けて、シェイナは再び、蔵書に収められた一文を指し示してみせた。
『――ゆえに、都市の外から来たる【異邦】においては、深い関わりを築いてはならない。
彼等は特異点として、外を放浪する影であるのだから。関わる事の時には、覚悟を抱いて接しなければならない。(――以下から、【異邦】という存在の、【生まれにおいての立場】を記述する章――)』
「ふぅん、そういえば、私たちはどのような『生まれにおいての立場』として置かれているのかしら? ――この先も読んでみましょっ!」
上位存在である【ランの証明】における立場は確実に綴られていないだろうが、ランはまた弾んだ声で綴りの先を急かしたのだった。
◇
「【環巡り】は【野】から生まれた――。――フフ、一応の納得はできるんだから、ああ、もう、本当に人間って……面白い♪」
上機嫌な【ランの証明】。
シェイナのほうも、知を目に収めた静かな満足感に満たされてはいたが――。
「でも、目的とする情報が綴られた本は、見つからなかったね」
「そう……。…………? 目的としていた情報って、なんだったかしら……?」
ランが首を傾げた、その折であった。
「あの――」
書架の、影となった場所に入った、その時。
「あなたは……【環巡り】の方、ですよね――?」
二人が振り向くと、そこには――灰銀の髪を、後ろで綺麗な三つ編みに纏めた、胸に一冊の本を抱いた少女があった。
光の角度で銀色にも輝く、藍灰色の瞳でシェイナを見つめる少女は、潜めた声を向けた。
「少し……お話できませんか?」
その少女の言葉に。
「――異邦においては耳を傾けることに信念致しまして、言葉をお返しすることは少ないものになる事と思われますが、それでよろしければ、是非に」
シェイナは静かに、“異邦”の立場を心得た言葉を返した。
「――感謝致します。初めまして……挨拶が遅れまして、失礼いたしました。私の名前は――エニタ、と申します」
それが、少女エニタとの出会いだった。