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4話:推しはアレの利用経験がある!?

「ほう。潜伏先が娼館ですか」


「はい。逃げたのが公爵令嬢となれば、娼館に潜伏するとは考えないはずです。そして今回、逃亡が目的ではありません。この王都にとどまり、襲撃犯と無罪を証明してくれる人を探したいだけなので。潜伏先としては丁度いいです」


 王都には歌劇場や美食を誇るレストランや美術館が光である一方で、その影のように、貧民街や娼婦街が存在していた。そこは時に悪の巣窟となり、平民の不満の受け皿となり、王都から浄化されることはなかった。


 娼館については貴族向けの高級娼館もあるが、そちらは手が回る可能性もある。よって貧民街近くの娼館に向かうことにしたのだ。


 ここに至るまでの道中。

 それはこんな感じだ。


 まずはあの凄惨な現場では、ルクルド・オークレーの所持品を確認することになった。ヒロイン轢き殺し未遂事件の証人につながる何かを、ルクルドが持っていないか探すためだった。


 とはいえ、遺体からそう言ったものを探す経験なんてない。


 そこは……エリダヌスが……推しがやってくれた。


 その間の私は……。

 正直、使い物にならない状態。

 死の恐怖を実感し、自分が死の淵へ足をかけていたことに気付き、全身が震えた。


 それでも歩き出すことができたのは「犯人を暴くのでしょう。しゃんとしてください。このわたしを脅した君はどこへいったのですか?」と推しに言われたことも大きい。そこからは歯を食いしばり、悲しみを抑えることになる。


 結果的に、ルクルドの所持品を確認することで、伝書鳩が運んだと思われる暗号文、小型の携帯用辞書が発見されたのだ。その辞書は、昭和懐かしいマッチ箱サイズ。間違いなく、暗号文の解読に使うものだ。


 この二つが手に入ったことは大きな成果。


 次に推しは自身のマントを私に羽織らせた。フードがついているので、それを被るように言われる。宮殿から出るために必要ということだったが……。


「ウェリントン団長、お疲れ様です。……その者は!?」


「深く追及をされると困りますね。先程、陛下と謁見したのですが、わたしはこれより三カ月の休暇に入ります。これまで一度も休みをとらずに働き、陛下より休むように言われ……。このレディはその休暇を楽しむために役立つと……」


「! なるほど! それは不躾な質問をしてしまいました。団長、いつもありがとうございます。どうぞ、ゆっくりお休みください」


「ありがとう」


 これであっさり、黒の塔に連行されるはずの私は、ひとまず宮殿から出ることができた。


 この時は安堵もあるが、再びルクルドの姿が脳裏に浮かび、嗚咽しそうになり、なんとか堪える。気持ちを落ち着かせるため、別のことを考えようとして、思い出す。


 卒業記念舞踏会には、従者と侍女が馬車に同乗していた。

 本当は使用人待機部屋にいる従者と侍女に声をかけたい気持ちもあった。

 メリディアナの記憶を辿ると、二人はよくやってくれていたから。

 でもこれから逃亡者になる私について来るには、リスクがあり過ぎる。

 よって二人と会うことはできない。

 だがしかし。


「お嬢様!」


 ツーブロック分けされたダークブロンドに、蜂蜜色の瞳。

 少し日焼けした肌で、体格はいい。

 濃いグレーのマントと同色の上衣とズボン。

 黒革のロングブーツに腰に剣を帯び、彼はこちらへと駆けて来る。


 公爵令嬢であり、第二王子の婚約者だった私……メリディアナには、護衛騎士が一人つけられていた。彼は使用人待機部屋ではなく、卒業記念舞踏会の会場にいたと思う。そして断罪され、兵士に連行される私を見て、慌てて駆け付け、逆に警備兵に捕まったはず。


 宮殿の外にいつの間にか逃げ出していたなんて!

 これには驚くが有能な証なのだろう。

 名はマルシク。

 男爵家の三男で、見習い騎士としてアンブローズ公爵家に仕えるようになり、私より二歳上だった。


「この者は?」


 エリダヌスが鋭い視線を向け、既にその手が腰に帯びた剣にあることに驚く。


 マルシクは私の護衛騎士であるが、常にそばにいて、身をさらしているわけではなかった。距離をとり、身を隠し、いざという時に姿を見せる――そういう護衛の仕方だったのだ。ゆえにマルシクが私の護衛騎士だと知る者は、身内でも少なかった。


 というわけで慌てて護衛騎士であることを告げると、ようやく推しが剣の柄から手を離した。そしてマルシクを連れ、そのまま宮殿から離れることになる。


 徒歩で十五分ほど進み、人通りの少ない馬車道に出ると、そこで馬車を拾い、中央広場まで向かった。


 馬車の中で座った瞬間。


 全身から力が抜け、再びルクルドのことを思い出し、泣きそうになるのを堪えた。前世で知るルクルドは、ゲームのキャラクターに過ぎない。でも今はメリディアナとしての記憶も残っているからだろうか。少しでも気を緩ませると、ただの一人の人間として、幼なじみの死を悲しく思ってしまう。でも今はそうではない。ここでもまた歯を食いしばることになる。


 しばらくすると中央広場が見えてきた。


 この広場からは、メインストリートにも、貧民街にも、四方に伸びる道から向かうことが出来る。さらに人も多い。


 その人ごみに紛れ、この娼館のところまで来たわけだ。


「部屋をおとりします」

「お願いね、マルシク」


 こうしてマルシクは娼館の中に入り、私と推し……エリダヌスは、薄暗い外灯の下で待機となった。既に日没を迎え、夜の帳が急速に降りつつある。卒業記念舞踏会は、十七時スタートで、開始と同時に断罪されたから、今は十九時前ぐらいか。


「お嬢様……」


 マルシクが困り顔で娼館から出てきた。

 ポーチの階段を降り、私のそばに来ると、その日焼けした肌を赤らめる。


「どうしたの、マルシク?」


「その……泊まりで部屋をとるのであれば、指名をしろと」


「指名?」


 そこでエリダヌスがクスクス笑うのが聞こえた。


「どうやら君の護衛騎士は初心なようですね。娼館のルールも知らないようで」


「ど、どういうことですか!?」


「おや。ここを潜伏先にと選んだのに、何も知らないのですか?」


「それは……」


 するとマルシクが私を自身の背に庇うようにして、声を上げる。


「あなたは王立騎士団ルミナスの団長、エリダヌス・ロイド・ウェリントン様ですよね。あなたのような方が、お嬢様とご一緒されている理由が、自分には分かりません。ですがお嬢様が今、どのような立場か知った上で同行しているのでしたら、協力してください」


 マルシクには現状について、馬車の中で話していた。

 宮殿の外廊下で賊に襲われたこと。私の無実を証明してくれる人がいること。襲撃犯を見つけ出したい。証人を探し出したい。それは全て話している。


 でもエリダヌスがどのような理由で同行しているのか、ましてや身分も明かしていなかった。でもマルシクは勘がいいので、「エリダヌス」という名と、おそらくは隠しきれないそのオーラと姿で、彼が誰であるか見抜いていた。


 二人は睨み合い、火花を散らしたが、エリダヌスが大人だった。


「アンブローズ公爵令嬢は十八歳、そして君は二十歳くらいかな? わたしは二十三歳で、君たちより経験があります。いいでしょう。部屋はわたしがとってきます」


 推しの言葉に、ドキッとすることになる。


 もしやエリダヌスは娼館の利用経験があるの!?

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