1話:断罪終了後に覚醒しました
「さっさと前を向いて歩け!」
背中を思いっきり押され、床に倒れ込んだ瞬間。
頭を床にぶつけた。
痛っぁーーーっ!
しばらく身動きができず、私を突き飛ばした相手を睨む。
……あれは兵士?
なんで?
何、あの中世のヨーロッパにいそうな兵は?
ここ、日本で……、え、違う……。
そこで前世の記憶が突然、覚醒する。
つまり自分が転生者だと気づく。
そしてここは、自分がプレイしていた乙女ゲーム“花恋”こと『花と恋~ドキドキ学園生活~』の世界であることに気付いたが。
現在までの記憶から察するに、私はそのゲームの中の悪役令嬢、つまりはヒロインと攻略対象の恋路を邪魔する存在に転生したようだ。そして――。
婚約破棄と断罪が終わったばかりなのでは!?
そう、そうよ、その通り!
たった今、ゲームでお決まりのあのセリフを、婚約者のこの国の第二王子に言われたばかりだった!
「公爵令嬢メリディアナ・リズ・アンブローズ! 貴様との婚約を破棄する! 理由は明白。ここにいる男爵令嬢ラーン・イングリスを、馬車で轢き殺そうとした罪人だからだ。なんて恐ろしい女。殺人未遂の罪で黒の塔へ連行しろ!」
ヒロインが第二王子を選んだルートでの悪役令嬢の末路は……絞首刑!
最悪だ。
しかも私、“花恋”をやり込んでいたのだ。もっと早くに前世記憶が覚醒していれば、あれやこれやと断罪回避のために動いたのに!
既に殺人未遂をおかし、婚約破棄され、連行される段階で覚醒するなんて、遅過ぎですからー!
――「諦めないで。焦っている時ほど、大切なことを見失いがち。自棄にならないで。一度落ち着き、無理はしない。そうすれば絶対に成功するわ」
唐突に脳裏に聞こえた幼い自分の声。でもこれは悪役令嬢メリディアナが言うようなセリフではない。ゲームプレイ中にも聞いたことがない。でも一緒に浮かんだ映像の中で見えたのは、貴族の令息が着ていそうな洋装をしたブロンドの少年だ。これって……。
「おい、お前、大丈夫か?」
さすがに連行途中の宮殿の廊下で、私が死んでは困るのだろう。兵士が私を起き上がらせようとしたまさにその時。
「アンブローズ公爵令嬢!」
声の方を見ると、ダークブラウンの長い髪を後ろで一本に結わき、エメラルドグリーンの瞳にメガネをかけ、モスグリーンのセットアップを着た知的な雰囲気の男性が、こちらへと駆けて来る。
これはヒロインの攻略対象の一人、ルクルド・オークレー! 宰相の息子であるが、ヒロインが自身以外の攻略ルートを選んだ場合、悪役令嬢の味方をしてくれる稀有な存在だった。なぜ悪役令嬢の味方になるのか? なぜなら悪役令嬢メリディアナとルクルドは、幼なじみだからだ。
「アンブローズ公爵令嬢、安心して! 君がイングリス男爵令嬢を轢き殺そうしたわけではないと、証人してくれる人を見つけた。だから――」
そこで突然、言葉を切り、ルクルドが黙り込む。
どうしたのかと思うと、彼は「……逃げろ、アンブロー……」と言うと同時にその口から血を噴き出す。
そのまま顔から倒れたルクルドの背には、三本の矢が刺さっている。
「く、くせ者だ、で、であ」
ビュンという音を確かに聞き、そしてドサッ、ドサッという音が立て続けに背後から聞こえた。兵の方を見ると、彼らは額、心臓、肺などに矢を受け、倒れている。
「え、え、え」
“花恋”は全年齢版のスマホゲームで、悪役令嬢がヒロインに対し、ルートにより様々な未遂事件を起こすものの。人が亡くなることなんて、なかった。それなのに今、この瞬間。目の前で四人が絶命していた。
それは現実感に乏しく、覚醒したばかりの私は、これは夢ではないのかと思っている。
さらに目の前で幼なじみが命を落としたのに、悲しむ暇すらない。
怒涛の展開の中、もう思考はショートしそうだった。
でも本能が警笛を鳴らす。「次はお前の番だぞ」と。
そして聞こえるビュンという音。
死ぬ。
いきなり転生を自覚し、覚醒して、死ぬしかないの、私!?
お読みいただきありがとうございます!
断罪終了後の覚醒、迫りくる死の危機。
全て詰んだ状況の主人公の運命やいかに!?
人気シリーズの第六弾、ぜひ最後までお楽しみくださいませ。
なお、ブックマーク、誤字脱字報告、感想、評価などの応援は大歓迎です~