【一場面小説】ジョスイ物語 〜官兵衛、犬を陥とすノ上段
いわゆる秀吉の美濃大返しで形勢が逆転した賤ヶ岳の戦い。しかし柴田方の驍将、佐久間盛政は戦意を失っていない。ところが柴田方頼みの前田利家が突如として戦線を離脱した。
何故だ、鬼玄蕃佐久間盛政が茫然自失とし、初めてこの戦で肩を落とした。秀吉の追撃に激しく抗いこれを巧みに退け、権現坂で兵を再度束ねて羽柴撃退の死線とし実弟の柴田勝政と陣を立て直す。
そこに背後を護ってくれる茂山砦の前田利家とが突如として兵を退いた。裏切りか否か定かではないが、後詰めを失った佐久間、柴田勢は完全に浮足立つ。そこに羽柴の精鋭が殺到する。後に「江北之七本鑓」と称される秀吉小飼の青年武将達が活躍したのはこのくだりだ。
官兵衛は前田親子去るの報に刹那、安堵の貌を隠せなかった。これでこの戦は勝った。そして脳裏に前田調略の刻が去来する。いや、あれは調略というよりも、、
「犬がよ、犬千代が和睦に来るンだとよ。」
犬千代とは無論、柴田勝家の与力前田利家、秀吉の朋友のことだ。和睦の使者だと言う。キキキ、と嗤う秀吉。時間稼ぎでござるかと官兵衛。春まで待ってくれと言われて待つ奴がいるか?修理亮は虚仮か。手を打って呵呵大笑する羽柴筑前。
犬千代を調略せい、出来るかと秀吉が官兵衛を覗き込む。
「前田殿と柴田様の関わりは父子の如く篤く、信頼しきっての登用でござろう。殿と前田殿の縁も柴田様は能く能く知った上でのこと。」
デアルカ。秀吉は旧主の猿真似をして嘆息を漏らす。犬は裏切らんわ、そう云う漢だわ、あれは。
「仰せの通り、前田殿は裏切りません。裏切れません、三法師様を。」
官兵衛が静かに囁いた。僅かの沈黙。そして秀吉が目を剥き、官兵衛の両手を取る。やってみろ、我が軍師よ。
つづく