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この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜  作者: ちくわぶ(まるどらむぎ)
999年目
93/196

18 母の気配と少女 ※レオン




 ※※※ レオン ※※※



「チヒロ?」


執務室のドアを開けて入ってきた人を認めて、僕は苦笑した。


シンには少し一人になりたいから暫く誰も通さないでくれと頼み、外に待機して貰っている。


彼女は、その《誰も》の中に入らなかったらしい。


「あー。床に座るなんて。お行儀悪い」


「君に言われたくないな」


「私の部屋には絨毯が敷いてあるからいいの」


「……絨毯の上ならいいんだ」


チヒロは足を投げ出して床に座っていた僕の横に来ると、同じように床に座り、目の前の壁を見上げた。


「飾ったんだね。王妃様の絵」


「うん」


飾ることに決めたのは昔、外す時に一番ためらった絵だった。

それほど大きなものではない絵の中で、母は柔らかく微笑んでいる。


チヒロが言う。


「お母様、美しい方ね。王太子妃様に聞いていた通り、レオンによく似てる」


「そう?」



――「お母様を誇りなさい。私が貴方の母ならそうして欲しいわ」――


王太子妃様の声が甦る。



「……王太子妃様に母を誇れと言われたんだ」


「え?」


チヒロがこちらを向いた。

僕は続ける。


「母を誇れ、と。……ご自分が僕の母だったなら、そうして欲しいって」


「ああ、王太子妃様らしい」


チヒロが小さく笑った。

ふと、聞いてみたくなる。


「……君は?」


「え?」


「君が僕の母だったら。君は僕にどうして欲しい?」


「え、私なら?」


「そう。君なら」


「……自分より年上の子どもを持った覚えはないんだけど」


「……僕も5つも年下の母を持った覚えはないよ。もしも、の話」


「もしも私がレオンのお母さんだったら、レオンにどうして欲しいか?」


僕が頷くと、チヒロは頬に手をやり目を瞑った。


暫くして


「うーん。私なら……何もないかな」


返ってきたのは、時間をかけて出されたわりに、拍子抜けする答え。


知らず肩が落ちた。


「何もないんだ」


しかしチヒロは笑う。


「レオンが自分のところに来てくれただけでもう充分よ。

あとは何もいらない。私がレオンのお母様だったらそう思う」


「―――――」


チヒロが首を傾げる。


「レオン?」


《レ・オン》に聞こえる彼女独特の――心地よい間。


声の震えを隠せなかった。


「……僕を産んだことを……後悔……してないと思う……?」


チヒロはまた笑った。


「後悔する理由がどこにあるの?」


「―――――」


わかっている。


彼女は母じゃない。


だけど母の気配を纏う少女の言葉は、母の言葉と重なって。



――「ようこそ。私の小さなレオン」――



母が遺したという言葉と重なって―――




「――レオン?」


腕の中の少女に請う。


「ごめん……。少しだけ……このままでいさせてくれるかな」


少女が僕の背中にゆっくりと手をまわす。


重なる体温に心が満たされていく―――



「後でお茶しようね。呼びに来たんだよ。一緒にクッキー食べよう。

美味しいんだよ。隊長さんのクッキー」


「……もう少しマシなことが言えないの、君は」







――「母上に幸せを」――



『空』は僕の、あの言葉をどう取ったのだろう。


『空』が降ろしたのは母の気配を纏うという君。


僕は君を『空』から与えられた罰だと思っていた。


しかし本当は別の、もっと優しい理由だったのではないか。

そう思うのは僕の都合の良い解釈だろうか。


けれど《罰》にしては君はあたたかすぎる。



母を知る人間は、君を母の生まれ変わりだと言う。


本当にそうなら『空』は僕に《僕の母であった君》を降ろしたことになる。


『空』は僕に《自分で母を幸せにしろ》と言いたかったのだろうか。



けれど僕が、君に最初に抱いた感情は《嫉妬》だった。


謁見で。父王が初対面の君に向けた笑み。


生まれてから15年間。

僕が一度も向けられたことのない表情を一瞬で得た君。


王太子妃様に言えようはずもなかった。

父王に君を会わせたくなかった本当の理由が

王太子妃様が思うより、僕が《もっと子ども》だったこと。


僕は父王を、君に取られたくなかった。


だから父王に《君には手を出すな》と釘をさした。

だから父王から君を遠ざけ続けた。


君が僕に黙って庭で父王と会っていたあの日も同じだ。

父王から君を離したかった。


それだけだった。

それだけのつもりだった。


なのに


君を手にした途端に、思わぬ気持ちが溢れだした。


その柔らかさと温かさ。微かな甘い花の香り。


微かな抵抗。揺れていた長い漆黒の髪。


そこにはもう父王の存在などなく


君の存在が、ただ愛しくて―――――


ようやく気がついたのだ僕は



けれど


君が呼んだのは



――「シン!」――



……嫌だとしか言えなかった。


渡せないと思ってしまった。


君の意思など無視して離せなかった。


振り返り、シンの顔を見る勇気も……なかった。



きつく目を閉じる。


はじまりの儀式の日。


この世界で、最初に君に会ったのは僕だった。

手を差し伸べたのも。君に触れたのも。抱き上げたのも。


参道を抜け。大勢に囲まれ驚いた君が思わず僕にすがった時。

僕が君を守っていれば《今》は変わっていただろうか―――


やり直せるはずもないけれど。



……やめよう。十分だ。何を悔やむ。


君は《ここ》にいてくれる。


それは僕が願ったことだ。


だから全ては僕が望んだこと。


君がやってきてからの日々も


今日の喜びも


この先、きっと訪れるだろう身を裂くような喪失感も


生涯残るだろう胸の痛みも


全て受け入れよう。


それは君がいてくれてこそ感じられること。

全てが僕の幸せなのだ。


この先はもう間違えない。


僕はもう二度と、君の意思を無視したりはしない。


君の選択を、全て受け入れると誓おう。


君の身だけでなくその心も、全て守っていくと誓おう。


ああ、でも願わくば


もうしばらくは君と共にいられる未来を。


そしてあと少し。あと少しだけ


こうして君を僕の、この腕の中に―――――




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