14 クッキー ※空
※※※ 空 ※※※
「クッキーもらい損ねた!」
突然チヒロが叫んだ。
習慣になっているチヒロの部屋での休憩時間。
チヒロの声にレオン、シン、セバスとそしてエリサが静止する。
「クッキーが欲しいなら頼もうか?」
レオンの返事に、チヒロは頭を抱えたまま言った。
「違う!隊長さんのクッキー!
あれには、まるでマカデミアナッツ……いえ、変わった木の実が入っていてすごく美味しかったの!
ああー。また食べられたはずだったのに……」
「隊長の?」
レオンが聞き返せば、エリサがおずおずと説明した。
「……あの。近衛隊長が前にチヒロ様にクッキーを。チヒロ様はそれが大層気に入られたようで。あの日も貰うことになっていたんです」
あの日とは国王と会っていた日か。
気付いたらしく、レオンが「ああ」と頷いて呆れたように言う。
「それで近衛隊長と親しくなったの。つまりクッキーでフラフラ誘われてあそこにいたの、君は」
「ぐっ……隊長さんだって、パイでフラフラ誘われて来たもん……」
「……何してたの君は」
ウンザリした顔でレオンに言われ、チヒロは白状した。
「えへへ。隊長さんが甘党だっていうから。
お菓子で仲良くなったら……その、色々喋ってくれるかと……」
「つまり懐柔しようとしたの。お菓子で。近衛隊長を。何故?」
「隊長さんが、私が花畑に行くといつもいて。
でも遠くから軽く挨拶をするだけで、何も言わないから気になって。
理由を聞き出そうと……」
話を聞いていたシンが言った。
「ああ。隊長の手に引っかかったんですね」
「え?」
チヒロがシンを見る。
「何日も偶然を装い顔を合わせ挨拶だけをする。
そして相手が気を許した頃合いで近づく。相手からやって来てくれればなお良い。
近づいたらエサ――事前に調べておいた、相手が興味を持つもので話をあわせてさりげなく相手の懐に入る。
隊長の手です」
「ーーーなっ!」
「隊長が昔、諜報をやる時に使っていた手だと聞いたことがあります。新人騎士と仲良くなるのにも使えると。
……しかし、まさか貴女に使うとは」
エリサが慌てて立つと皆に向かって頭を下げた。
「申し訳ありません!チヒロ様が隊長に近づくのを私がお止めしていれば……」
レオンが気にするな、と言うようにエリサを手で制すると、チヒロに問う。
「……つまり懐柔しようと思って近づいたら見事に自分が懐柔された訳だ。
チヒロ。彼はあれでも近衛隊長だよ?何故、勝てると思ったの?」
「ぐっ」
「それにしても一体、なにをエサに懐柔されたの?
……まさかクッキーじゃないよね。……エリサ?」
「……チヒロ様の名誉の為に黙秘します」
「クッキーかな?チヒロ」
俯いたエリサ以外の3人の目がチヒロに集まった。
チヒロは真っ赤になって叫んだ。
「知らない!!――あの熊!やっぱり大嫌いっ!」
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「シン。お前だろ。
うちのカミさんに俺が『空の子』様を罠にはめた、なんて告げ口したのは。
おかげで俺はカミさんにこってり絞られたんだぞ。3ヶ月は甘い物も禁止だ」
話があると近衛隊の隊長室に呼ばれ、やってきたシンは隊長の言葉に虚を衝かれたようだ。
時間をあけてから返事をした。
「……何のことだか分かりませんが」
「とぼけるなよ。お前以外いないだろ。
まったく。お前から仕返しされるとは思わなかったぞ。
そんなに自分がエサにされたのが面白くなかったのか?」
「エサ?」
「……なんだ。本当に知らないのか?……じゃあエリサか。しかしエリサは俺のカミさんと面識は……ああ。
《あの男》を使ったのか。あいつめ……。《罠にはめた》ってなんだよ。同じ告げ口でも言い方ってもんが……」
目の前でブツブツとこぼす隊長にシンは聞く。
「……エサはクッキーだと聞いておりますが」
「何?――ああ、エサな。……まあクッキーでも間違っちゃいないが。
それじゃあ、ちょっと嬢ちゃんがかわいそうだな」
隊長はくくく、と笑う。
「確かにクッキーは渡した。少しでも警戒をといてもらおうと思ってな。
だが、あの嬢ちゃんは受け取らなかったんだよ。まあ想定していたがな。
そこで囁いてやった。
シンもこれが好きだぞ、ってな。
そしたら躊躇いながらも受け取り、食べたら笑うようになった。
それが真実だよ」
「―――」
「やっといて何だが、気をつけた方がいいぞ。
あれはお前の名前を出されたら人攫いにだってついていきかねない。
はは、お前、本当に懐かれてるな」
可笑しくてたまらないと言うように、隊長は拳をシンの胸に軽くあてた。
しかしシンはひとつ息を吐くと否定した。
「――私ではありません」
「何?」
「私ではない。名前のせいですよ。
あの方は『シン・ソーマ』様と同じ国の出身だそうですから」
「同じ国の出身?……あの嬢ちゃんのいう《前世》の話か?」
「ええ。同じ『空の子』で、同じ国の出身。
『シン・ソーマ』様の存在があるから、同じ名を名乗る私に親しみを感じておられるのでしょう。
――それだけです」
隊長はじっとシンを見ている。
「……お前、本当に変なところで鈍いな」
「は?」
「普通、反対じゃないのか?
同じ『空の子』で、同じ国の出身だとしても、あの嬢ちゃんは『シン・ソーマ』様には会ったこともないんだぞ?
そんな『シン・ソーマ』様と同じ名前だから、という理由でお前に懐いている?
それより、お前に懐いているから、お前と同じ名前の『シン・ソーマ』様に親しみを感じている。そっちの方が自然だろう」
「……あの方は私の名前を聞いてから、私にはあの様子です。私は何をしたわけでもありません。
それに――」
「――それに?」
「あの方にとって『シン・ソーマ』様は唯一と言っても過言ではないほど特別な存在のようです。
会ったことがあるかどうかなど関係ない」
「唯一だと?何故、そこまでだと思うんだ?」
「さあ。勘、としか言えませんが」
「勘ねえ。よく分からんが。俺は、あの嬢ちゃんは《お前に》懐いているんだと思うし、理由も何となくわかる気がするけどな」
「は?」
「まあいい。ほら。これを嬢ちゃんにやってくれ」
隊長は机の上に置いてあった箱を取ると、シンに手渡した。
シンは受け取った、赤いリボンのついた箱を見る。
「これは?」
「クッキーだよ。カミさんが『空の子』様へのお詫びにと作ってくれたんだ。
……それで一応、俺が謝っていたと伝えてくれ。
でも罠にはめよう、なんて思ってしたわけじゃない。
仲良くなりたかったんだ。単純にな。
しかし前に、お前に悪戯を仕掛けたせいで俺の印象は最悪だとわかっていたからな。
だから手を使った。……悪かったよ。
――知ってるだろう?
あの嬢ちゃんは人を見れば身分に関係なく、必ず挨拶をする。
騎士の中には名前を覚えてもらっている者も多い。
聞いたら前世での習慣だったそうだが、ここでは違う。
おかげであの嬢ちゃんは騎士からえらく評判がいい。
侍女や衣装係、お針子、庭師………他のやつからもな。
――おまけに《尊い方々》も、何やらかなり気にされている」
「―――」
「気にならない方がおかしいだろう。だから部下に任せず俺が行った。
近衛隊の中でも陛下の《北》は精鋭揃いだ。ハリスも育っているしな。
俺がちょっと抜けても平気だ。
しかし……はは、まさか、あそこまでとは思わなかった。
あの嬢ちゃんには、また会いにいくよ。必ずだ。……命令などなくてもな。
嬢ちゃんと仲直りがしたいんだ。それも伝えてくれ」
話は終わりとばかりに隊長はシンに背を向けた。
シンはその大きな背に呼びかける。
「……隊長」
「何だ」
「告げ口はセバスでは?」
大きな背が曲がった。
「ーーーっ叔父上かっ!!」




