39 対立の果て ※レオン
意味不明文を訂正しました
※※※ レオン ※※※
「貴方とあの方の絆は驚くほど深いのですな。
祈った者と、その祈りを受けてやってきた『空の子』様だからでしょうか」
診察室の椅子に座っていた僕に医師が言う。
「歴代の『空の子』様方にはそのような記録はない、と記憶しておりますが。
……女性のあの方は何か違うのでしょうか」
「……チヒロは?」
「エリサと応接室に」
「そう」
「……まったく。驚きました。あの方には病や怪我が見える『仁眼』がある。
貴方に大した怪我はないと《見たら》わかることなのに。そのことに気がつきもしないほど動揺されるとは……」
医師――ロウエンがほろりと言った。
頬を冷やしながら。僕は医局に飛び込むように入っていき、ロウエンに僕を治せと繰り返しながらすがって泣いていたチヒロの顔を思い出していた。
そんな僕の様子をずっと伺っていたロウエンだったが、しばらくして膝を折った。
「第3王子レオン様。
貴方にだけは、知っておいていただきたいことがございます」
僕はゆるゆるとそちらに顔を向ける。
ロウエンは僕と、かなり近い距離に来ると
「この話をどの方に打ち明けるかは、お任せ致しますが」と言いおいてから声を潜めた。
「チヒロ様のあの『仁眼』。
病や怪我、薬が色となって見えるというのは能力の一部でしかありません。
あの眼の本当の能力は――病や怪我を治すことです」
「……… 治す……?」
「はい。……そしてそれはおそらく自身の寿命と交換です」
「……… は……?」
「……ですから先日は、あの方の前では言えなかった。
あの貴人の記録書に書かれていた『仁眼』についての記述の全文はこうです。
【貴人は病や怪我が色として見える眼を持っており、それと同じ色の薬を作って人々に与えていた。
触れるだけで治療する事もできたが、治療を続けた貴人は皆、短命であった】」
「――――」
「遥か昔。遠い時代の記録です。
もしかしたら違っているのかもしれませんし、チヒロ様も治す能力には気が付いておられません。
……古代の貴人とは違い、あの方には治す力がないのかもしれない。
ないならそれで良い。しかし………もし、あったなら――」
―――あったなら……
「……今日のチヒロ様の、あのご様子では。貴方に何かあれば、間違いなく能力を使うでしょう。
たとえ、ご自分の命を引き換えにしてでも」
―――自分の命を……
ロウエンは痛ましいものを見るような、それでいて非難するような顔で僕を見て低く唸った。
「どうか、ご自愛を」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「レオン、具合はどう?」
「……チヒロ」
どのくらい時間が経ったのだろう。
いつの間にか、僕の前にはチヒロが立っていた。
エリサと、ロウエン。そしていつのまに来たのだろう。
シンとセバスもその後ろにいる。
「大丈夫?痛みはない?」
「……うん……」
「……どうしたの?」
僕の顔がおかしいのだろうか。
チヒロは不思議そうにこちらを見ている。
『空の子』特有の漆黒の髪。瞳。
その目が赤くなっているのを見て、唐突に決心がついた。
もういい。
―――もう……終わりにしよう。
全身の力を抜いた。
「――僕は『空』に何も祈っていないんだよ」
「え?」
チヒロが言われたことがわからない、という顔をする。
他の全員からは驚きが伝わってくる。
セバスの顔が青い。
だけどもう構わない。もういい。
もう、終わりにしよう。
「僕はあの儀式を信じていなかった。
馬鹿馬鹿しいとさえ思っていたんだ。
だからあの儀式の日、僕は『空』になんの祈りも願いも捧げていない。
――僕がしたことといえば『空』に喧嘩を売ったくらいだ。
『空の子』が欲しいなんて願っていない。
……いるとも思っていなかったからね。
それなのに何故か君は現れた。驚いたよ。
何故、君が現れたのか。僕にはわからなかった。
『空』は人間の分際で喧嘩を売ってきた僕に、罰を与えたんだろうと思った。
僕にはそうとしか考えられなかったよ。
――僕は君を『空』から与えられた罰だと思っていたんだ。
……だからね。いいんだよ。
君が、そんな僕を気にする理由は何もないんだ。だから。
――――君は『空』に帰っていいんだよ」
チヒロは無言で立ったままだった。
そのあとゆっくり上を向いて。
そして座っている僕の横に来ると、僕の顔を覗き込んで言った。
「レオン。
シンもエリサも。セバス先生もロウエン先生も。貴方がただ、好きだからここにいるのよ。
――なのにどうして、私だけは違うと思うの?」
「――」
「祈りとか、『空の子』だとかは、なんの関係もない。
私はレオンが好きだから一緒にいる。みんなと同じだよ?」
チヒロは笑う。
「帰ったりしない。嫌いになったりしないよ?
――レオンがレオンである限り」
僕も笑った。歪んだ顔で。
繰り返される
震えるほど嬉しくて
震えるほど怖い言葉
君のその言葉が、僕にはどれほど怖いものか
君は思いもしないんだろうね
怖いんだよ
僕は怖い
拳をつくる
息を整える
それでも気持ちは崩れたままだ
形を成さない
僕はもう、僕を作れない
僕は弱い
弱いんだよ
《南の宮》に母の絵と一緒に捨てられたことに
《お前はいらない》と言われたことに
父とも思っていた優しい人を傷つけたことに
たえられずにもう消えたいと願ったただの弱い子ども
怖い
『空』から現れた小さな少女
変わってて面白くて
温かくて眩しくて
ずっと見ていたいと思うのに時間はかからなかった
くるくる変わる表情の最後はいつも笑顔
毎日が明るくて楽しくて
いつの間にか、ずっと一緒に笑っていたいと思うようになっていた
でも僕が君を傷つける
怖い
僕が君の命を危険に晒す
怖いんだよ
『空』に返した方がいい
そうすれば君は傷つかずに済む
わかっている
怖いんだ
僕が消された方がマシだ
また誰かの命を犠牲にして生きるくらいなら
怖いんだよ
帰ると言ってくれた方がいい
君が死なずに済むのなら
怖い
君といるのは怖いんだ
―――― な の に
どうしてだ
何故望んでしまう
怖いのに
僕が君の命を奪うことになるかもしれないのに
怖いのに
僕は何故、君を望んでしまう
怖いのに
ここにいて欲しい
怖いのに
君にここにいて欲しいんだ
震えるほど怖いのに
どうしてこんなに君を望んでしまうのか
怖いのに
思い出せないんだ 君のいなかった世界がどんなだったかを
想像できないんだ 君のいない未来を
だから
お願いだ ここに どうか 一緒に
怖いのに……!!
――――― ああ……。これが『空』が僕に与えた罰なのか ―――――




