33 その日 ※レオン
※※※ レオン ※※※
南の宮の庭に作った花畑に、植物が好きなチヒロは毎日のように行っている。
そのチヒロが先日初めて《宮殿》を出た。
行った先は《中央》の医局だ。
《植物》を原料とする《薬》を管理する所。
―――しかも訪ねた相手は王宮最高医師ロウエン。
《医局の管理者》は『空の子』が訪ねてきた理由を王宮最高医師に問うだろう。
問われたロウエンがどう否定しようが
《高い知識なし》だと言っていた『空の子』は、実は《高い薬の知識》を持っているのではないか?と。
《医局の管理者》が疑うのは必至。
死病に罹ったテオのところにチヒロを送り出した時。
僕は彼女が、自分の分の特効薬でテオを助けようとすると予想していた。
彼女が、特効薬をこの国で作れないのかと言い出すことも。
なんなら前世の最期、寝たきりで目も開けられない状態でも《生きていられた》彼女が、ロウエンが欲しがりそうな高度な医療の記憶を持っているだろうことも
予想していた。
だから二人を会わせればチヒロと医局に繋がりができる、とは思っていたが。
まさかチヒロに病や薬が色として見える『仁眼』があるとは思っていなかった。
チヒロと医局の繋がりは、僕の考えていた以上に強くなった。
出来過ぎていて怖いほどだ。
僕は《西》の奴にチヒロとロウエンが《出会った》と伝われば十分だったのに。
これは『空』の仕業なのだろうか。
ともかく、これで《西》の奴は医局の管理者である自分と『空の子』に繋がりができたと知り大喜びするだろう。
僕から彼女を奪い、自分の側につける最高の理由が出来たのだから。
《神獣も跪いた『空の子』が僕の妃となれば――》なんて噂もある。
すぐに妃にはならないとわかっていても。
婚約でもされたらたまらないとは考えるだろうな。
きっと奴は焦る。すぐにでも行動を起こすだろう。
―――だが僕からただ『空の子』を奪うのでは面白くないと考えるはずだ。
僕は目を閉じて想像する。
幼い頃からずっとやってきたことだ。
簡単に場面を思い浮かべられる。
さて。まずは場所だ。どこが良い?
僕が奴ならどこを選ぶ?
と
「何を考えておられるのですか?」
「シン」
閉じていた目を開く。
椅子に預けていた身体を戻し、執務机の上に手を置いた。
目に入った《マンゲキョウ》を手に取ってシンに渡す。
「《仕組み》が完成したからね。どこで、どう回すか考えていたんだ」
シンは《マンゲキョウ》を手に聞いてくる。
「どう回すのですか?」
「……そうだな。まずは場所。
奴は僕が故意に『空の子チヒロ』に《高い薬の知識がある》ことを隠していた
と思い込むだろう。
ならそれを大勢の前で暴いてみせ、僕を貶め叩きのめし。
自分の方が優れていると見せつけてチヒロを誘いたいだろう。
大勢に《西》が『空の子』殿を世話するのが当然だと認めさせたい。
見届け役には貴族、大臣、文官が最高だね。
―――ならばそれに相応しい場所を用意してやろうか。
《中央》。
それも僕がチヒロを連れて医局を訪問する時なんてどうかな」
シンは少し時間を置いてから言った。
「つまり死病の特効薬に使えそうな植物を医局に持ち込む時、ですか」
「そう。奴に僕とチヒロが医局を訪ねることを《教えて》やれば嬉々としてその時を狙ってくるだろう。
それも帰りを狙ってくるだろうね。
行きでは医局に行く理由も持っている植物のこともなんとでも言い訳ができる。
しかし既に医局に植物を《持ち込んだ後》ならば言い逃れはできないからね」
奴が勝ち誇った顔でチヒロを渡せという姿。
断る僕を見下す姿が目に浮かぶ。
「では死病の特効薬に使えそうな植物を医局に届け、その帰り道で《西》を罠にかけるおつもりなのですね」
「そうだよ。喜んで罠にかかってくれるだろう。
いつも僕の傍らにいる《銀の騎士》がいないことを喜びこそすれ不審には思わずにね」
僕は笑った。
「僕は今にも『空の子』を取られそうな、愚かな王子を演じてやろう。
奴の言葉に追い詰められていくフリをする。そして最後に挑発をする。
奴はすぐに激昂し、我を忘れてくれるだろう。
シンが来てから6年、僕に何も出来ずにいたからね。
どんな場所だろうと完璧に理性を保てはしないだろう。
本性が出るはずだ。
僕を見れば胸の内にあるものも全て吐き出すだろう。周りを気にもせず、ね」
「……そんなに上手くいくでしょうか」
「大丈夫。僕には奴を挑発できる魔法の言葉があるからね」
「殿下。やはり私が密かに見守って――」
「――平気だよ。奴にその胸の内を吐き出させたら奴を落とせる。
まがりなりにも僕は第3王子。王族だ。
僕を害そうという言葉ひとつ人前で吐けば、それで奴は終わりだ。
簡単なことだよ。
それに僕は護衛も連れて行くし、《中央》には人も大勢いる。
奴は僕に手出しは出来ない。危険はないよ」
わずかに焦った。
密かにでもなんでも、《その場》にシンにいてもらっては困るのだ。
セバスの時は無理矢理にでも剣を置かせて止められた。
だが今回シンがもし《その場》にいて。
僕のすることを見ていて、もしあの時のセバスと同じ行動をしたとしても僕にはどうすることもできない。
《もう》止めようがないのだ。
注意すべきはシンを《その場》に近づけないことだけ。
苦手なシンがいなければ
奴の忌み嫌う言葉を僕が言ってやれば
奴は長年皆に隠してきた本性をあらわす。
僕を殴りにくるかもしれない。
そのあとは怒りに任せて全てを叫ぶだろう。
激昂し、胸にあるもの全てをさらけ出せ。
後のことなんて考えもせずに。
そうしたら僕は顔を歪ませて惨めに絶望して見せてやろう。
お前の望む言葉をやろう。
「もうたえられない」と。
「貴方の望み通りにいたしましょう」と。
そう言ってやろう。
そしてそのあとは―――――
……『仁眼』があったのはチヒロにとって不幸だな。
きっと『あの目』は毒を見抜く。
おかげで薬物を使えなくなった。
医局に行く前に「毒を持っている」なんて言い当てられ、シンに知られれば計画は台無しだ。
………だから仕方がない。
チヒロの目の前は真っ赤に染まるだろう。
だがそれを見せないようにと彼女を置いて行くわけにはいかない。
彼女がいなければ罠は成り立たないのだから。
チヒロ………
だから《罰を受けてもいい》なんて僕に言っては駄目なんだよ。
悪いけどこらえておくれ。
幸いにも君にはエリサがいる。後はエリサがなだめてくれるだろう。
やめられないんだ。
長く考えすぎて今はもう待ち望んでいるんだよ。
焦れている。
その日を。
ふふ。
考えただけで気持ちが高揚する。――ぞくぞくする。
僕がちょっと回したことでどう変わる?
どんな模様を見せてくれるだろうか。
異母兄の仕打ちに耐えられなかった第3王子は自ら消える。
王宮の《中央》の。しかも大勢の人の目の前でだ。
元凶の、無表情の男にも見せてやろう。特等席に招待してね。
たいした醜聞じゃないか。
王子二人が起こした醜聞。
特等席で見ていながら何も出来なかった王。
責任は誰が取る?
《西》の奴は間接的に、とはいえ王族殺しの大罪人だ。
罰は何かな。臣下落ち、で済めばいいね?
そして
醜聞まみれの王子二人の父で、目の前で起こったことを止められなかった男。
果たしてそいつは王の座に座り続けていることができるかな?
本来なら王太子に子ができた時点で譲位するものなのに。
未だみっともなく王位にしがみついている男に、これ以上の在位を臣下は許すだろうか?
よく出来たと自分を褒めたくなる。
大丈夫、新たな王はいる。王家は続いていく。
――― 唯一、無関係な王太子ご一家が ―――
外にいた護衛が合図を送り、ドアを少し開けたシンに何事かを囁いた。
シンがこちらを見る。
「レオン様。チヒロ様がお会いしたいと。《植物》の件で―――」
僕は口角を上げた。
ああようやく
その日がやって来た。




