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この幸せがあなたに届きますように 〜『空の子』様は年齢不詳〜  作者: ちくわぶ(まるどらむぎ)
1000年目
146/196

39 王家の盾 ※空




 ※※※ 空 ※※※



「貴方が本当の《シン・ソーマ》?」



燭台を取ろうとしていた男の手が止まった。


暖炉の明かりだけが揺れる夜更けの部屋。


壁際のチェストの前で。

燭台を取ろうとしていた男――サージアズ卿は振り向いた。


「――はい?」


部屋の中央にいるチヒロは促された椅子に座ることはなく、

まっすぐに立ったままサージアズ卿から目を離さずに言う。



「《彼》は本当に《シン・ソーマ》なの?」



こんな夜更けに、彼女が一人で自分の部屋を訪れた理由がわかったのだろう。


サージアズ卿はその顔に微笑みを浮かべ、ゆっくりとチヒロへと身体を向けた。


「……どういうことでしょうか?」


チヒロは言う。


「……ずっと不思議だったの。《彼》が第3王子についているのが。


騎士さんたちから聞いたのよ。


《彼》より前の――《王家の盾》の当主、《シン・ソーマ》は代々全員が時の国王様についていたって。


……当然だよね。


《シン・ソーマ》は王家に《愚王》の罪を忘れるなと名乗る名前。

王家の筆頭、国王様についてて当たり前だわ。


なのに何故、《彼だけ》は国王様ではなく第3王子についているの?


―――《彼》は本当に《シン・ソーマ》なの?


……誰もそんなこと疑ってなかった。


それはそうだよね。


《彼》には《神獣》と言われるジルがついている。

《王家の盾》の当主だと名乗るには最適ね。


《彼》が今までの《王家の盾》の当主とは違い、何故か王家の中で一番立場が低い第3王子についていても誰も《彼》が偽物だなんて疑わない。


でも違う。


表向きは《彼》が《王家の盾》の当主かもしれない。

だけど、本当の当主は貴方の方だわ。――そうでしょう?」


チヒロの言葉に、サージアズ卿は驚きと、そして呆れを含んだ声で返した。


「……素晴らしい想像力ですが。

それで何故、義弟が《偽物》だと思ったんですか?


何か理由があって《王家の盾》の当主が第3王子殿下についている、

とは考えなかったんですか?」


「――あ、それは考えてなかった」


「それに当主を隠す意味がありますか?」


「うっ。それはよくドラマや映画やゲームなんかでラスボスは………いえ。

ええっと。……よく考えてなかった」


サージアズ卿はクスクスと笑いだした。


「残念でしたね。

義弟が《シン・ソーマ》ですよ。紛れもなくね」


しかしチヒロはひかなかった。


「でも、《王家の盾》の当主は貴方でしょう?《彼》じゃない」


「……義弟は我が一族の当主として屋敷も領地も治めておりますが?」


「その《当主》の話じゃない」


「――」


「その《当主》と《王家の盾》の当主は違う。そうでしょう?」


「……何をもってそう言われるのか、わからないのですが」


サージアズ卿に問われ、チヒロは困ったように首を傾げた。


「うーん。勘?」


「勘?」


「セバス先生から《王家の盾》は王家直属の、もうひとつの近衛隊のような存在で。

いざとなれば王家を守る。もしくは戒める一族だ、って聞いたの。


その時はただ、そうなんだ、と思っただけだった。


私には《王家の盾》の一族が何人いるか、なんてわからないし。

近衛隊の規模もお仕事も、詳しく知らないから。


―――だけど、ただひとつ。


王家を戒める名、《シン・ソーマ》を名乗るのが王家より遥かに身分の低い人。

昔の王家が《作った》貴族の当主だというのには違和感があった。


王家を戒めるんだよね?

なら王家に――国王様に対抗できるくらい、身分の高い人が名乗らなきゃ意味がない名前なんじゃないの?


例えばリューク公のように《臣下に降りた王族》くらいの。そうでしょう?

……時代劇でも将軍を戒めるのは副将軍だったし」


「……《ジダイゲキ》?《ショーグン》?」


「あ、それは気にしないでください」


「はあ……」


「だけどそれは本当に小さな違和感でしかなくて。前はそれで納得してた。

――でも今は違う。


《王家の盾》がどのくらいのものなのかわからないけど一貴族なんかじゃない。


大きくて……王家に対抗できるほどの力を持つもので。

そしてその当主、《シン・ソーマ》は《彼》じゃない。そう思えてならないの」


チヒロはきっぱりと言いきった。

サージアズ卿は落ち着いた笑みを浮かべたまま言う。


「困りましたね。

《王家の盾》の云々も、当主が義弟なのもセバスがお伝えした通りなのですが。

貴女も、以前はそれを納得されていたのでしょう?

何故、今は違うと思われるのですか?理由をお聞きしても?」


「貴方に会ったから」


「はい?」


「貴方を見て《この人が王家の盾の当主だ》と確信してしまったから」


「―――――」


チヒロはまっすぐサージアズ卿を見つめている。

サージアズ卿もチヒロから目が離せずにいる。


しばらくの沈黙ののち、サージアズ卿が口を開いた。


「――私?」


「はい」


「……これは驚いた。ただ会ったのみで。随分と私をかってくださるのですね」


「自慢のお義兄さんだって」


「……え?」


「前に、中央の医局で会ったでしょう?

貴方と別れたあと、《彼》は貴方のことを私にそう言ったの。


――《自慢の義兄です》って。

だから貴方をかっているのは私より《彼》の方」


「―――」


二人の間に再び沈黙が流れる。


少しして、今度はチヒロがどこか申し訳なさそうに言った。


「……あの。聞いてはいけないことだったのなら謝ります。すみません。

無理に答えて欲しいわけじゃないの。だから返事はいいです。

でもひとつだけ。

もし、貴方が本当の《シン・ソーマ》なら許して欲しいことがあって」


「許して欲しいこと?」


「貴方が本当の《シン・ソーマ》でも、私は貴方を《シン》とは呼べない。

ごめんなさい」


「――」


「それだけ……許して欲しいんです」


サージアズ卿はじっとチヒロを見た。


「……それだけ?」


「はい」


「……それだけ、ですか?」


同じことを二度聞かれたチヒロはきょとんとしている。


「そうですけど……?」


サージアズ卿は「それだけ」と小さく繰り返すと、口をおさえて笑い出した。


チヒロは不服そうな顔をしているが何も言わずにいる。

サージアズ卿は存分に笑うと、やがて満足したように息を吐いた。


「貴女は……勘は鋭いけれども、詰めは甘いようだ」


「え?」


「別に秘密にしているわけでもありません。

誰もが勘違いしているのを否定していないだけです。


――なので言いましょう。

《王家の盾》とは、我が一族を中心にした《ひとつの組織》のことです」


「《ひとつの組織》?」


「はい。《盾》として王家を守護していますが、王家が国を荒らす存在となるなら王家を《戒める》役目も持っています。


そこはセバスがお伝えした通りですが、その規模は我が一族だけにとどまりません。

貴女のお察し通り、もっと大きなものです。


皆が王家に忠誠を誓い、王家直属の組織として仕えてはいますが、

王の命令に異を唱える権利を持つ、王家から独立した機関とも言える。


王家を見守ることで影ながら国を守る者、という感じでしょうか」


チヒロは何故か感激したように胸の前で手を組んだ。


「黄門様だ」


「《コーモンサマ》?」


「あ、いえ。気にしないでください。――で、やっぱり当主は貴方?」


「いいえ」


「いいえ?」


「……確かに義弟はまだ正式な当主ではない。ですが私は現当主の代理です。

義弟が当主になるまで代理をつとめているにすぎません。

《シン・ソーマ》の名と共に、次の《王家の盾》の当主になるのは義弟です」


「代理」と確認するように言うと、チヒロはためらいがちに聞いた。


「……どうして貴方がそのまま当主にならないのか……聞いてもいい?」


「――義弟は当主の実の子なんです」


返された答えにチヒロは目を見開いた。




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