39 王家の盾 ※空
※※※ 空 ※※※
「貴方が本当の《シン・ソーマ》?」
燭台を取ろうとしていた男の手が止まった。
暖炉の明かりだけが揺れる夜更けの部屋。
壁際のチェストの前で。
燭台を取ろうとしていた男――サージアズ卿は振り向いた。
「――はい?」
部屋の中央にいるチヒロは促された椅子に座ることはなく、
まっすぐに立ったままサージアズ卿から目を離さずに言う。
「《彼》は本当に《シン・ソーマ》なの?」
こんな夜更けに、彼女が一人で自分の部屋を訪れた理由がわかったのだろう。
サージアズ卿はその顔に微笑みを浮かべ、ゆっくりとチヒロへと身体を向けた。
「……どういうことでしょうか?」
チヒロは言う。
「……ずっと不思議だったの。《彼》が第3王子についているのが。
騎士さんたちから聞いたのよ。
《彼》より前の――《王家の盾》の当主、《シン・ソーマ》は代々全員が時の国王様についていたって。
……当然だよね。
《シン・ソーマ》は王家に《愚王》の罪を忘れるなと名乗る名前。
王家の筆頭、国王様についてて当たり前だわ。
なのに何故、《彼だけ》は国王様ではなく第3王子についているの?
―――《彼》は本当に《シン・ソーマ》なの?
……誰もそんなこと疑ってなかった。
それはそうだよね。
《彼》には《神獣》と言われるジルがついている。
《王家の盾》の当主だと名乗るには最適ね。
《彼》が今までの《王家の盾》の当主とは違い、何故か王家の中で一番立場が低い第3王子についていても誰も《彼》が偽物だなんて疑わない。
でも違う。
表向きは《彼》が《王家の盾》の当主かもしれない。
だけど、本当の当主は貴方の方だわ。――そうでしょう?」
チヒロの言葉に、サージアズ卿は驚きと、そして呆れを含んだ声で返した。
「……素晴らしい想像力ですが。
それで何故、義弟が《偽物》だと思ったんですか?
何か理由があって《王家の盾》の当主が第3王子殿下についている、
とは考えなかったんですか?」
「――あ、それは考えてなかった」
「それに当主を隠す意味がありますか?」
「うっ。それはよくドラマや映画やゲームなんかでラスボスは………いえ。
ええっと。……よく考えてなかった」
サージアズ卿はクスクスと笑いだした。
「残念でしたね。
義弟が《シン・ソーマ》ですよ。紛れもなくね」
しかしチヒロはひかなかった。
「でも、《王家の盾》の当主は貴方でしょう?《彼》じゃない」
「……義弟は我が一族の当主として屋敷も領地も治めておりますが?」
「その《当主》の話じゃない」
「――」
「その《当主》と《王家の盾》の当主は違う。そうでしょう?」
「……何をもってそう言われるのか、わからないのですが」
サージアズ卿に問われ、チヒロは困ったように首を傾げた。
「うーん。勘?」
「勘?」
「セバス先生から《王家の盾》は王家直属の、もうひとつの近衛隊のような存在で。
いざとなれば王家を守る。もしくは戒める一族だ、って聞いたの。
その時はただ、そうなんだ、と思っただけだった。
私には《王家の盾》の一族が何人いるか、なんてわからないし。
近衛隊の規模もお仕事も、詳しく知らないから。
―――だけど、ただひとつ。
王家を戒める名、《シン・ソーマ》を名乗るのが王家より遥かに身分の低い人。
昔の王家が《作った》貴族の当主だというのには違和感があった。
王家を戒めるんだよね?
なら王家に――国王様に対抗できるくらい、身分の高い人が名乗らなきゃ意味がない名前なんじゃないの?
例えばリューク公のように《臣下に降りた王族》くらいの。そうでしょう?
……時代劇でも将軍を戒めるのは副将軍だったし」
「……《ジダイゲキ》?《ショーグン》?」
「あ、それは気にしないでください」
「はあ……」
「だけどそれは本当に小さな違和感でしかなくて。前はそれで納得してた。
――でも今は違う。
《王家の盾》がどのくらいのものなのかわからないけど一貴族なんかじゃない。
大きくて……王家に対抗できるほどの力を持つもので。
そしてその当主、《シン・ソーマ》は《彼》じゃない。そう思えてならないの」
チヒロはきっぱりと言いきった。
サージアズ卿は落ち着いた笑みを浮かべたまま言う。
「困りましたね。
《王家の盾》の云々も、当主が義弟なのもセバスがお伝えした通りなのですが。
貴女も、以前はそれを納得されていたのでしょう?
何故、今は違うと思われるのですか?理由をお聞きしても?」
「貴方に会ったから」
「はい?」
「貴方を見て《この人が王家の盾の当主だ》と確信してしまったから」
「―――――」
チヒロはまっすぐサージアズ卿を見つめている。
サージアズ卿もチヒロから目が離せずにいる。
しばらくの沈黙ののち、サージアズ卿が口を開いた。
「――私?」
「はい」
「……これは驚いた。ただ会ったのみで。随分と私をかってくださるのですね」
「自慢のお義兄さんだって」
「……え?」
「前に、中央の医局で会ったでしょう?
貴方と別れたあと、《彼》は貴方のことを私にそう言ったの。
――《自慢の義兄です》って。
だから貴方をかっているのは私より《彼》の方」
「―――」
二人の間に再び沈黙が流れる。
少しして、今度はチヒロがどこか申し訳なさそうに言った。
「……あの。聞いてはいけないことだったのなら謝ります。すみません。
無理に答えて欲しいわけじゃないの。だから返事はいいです。
でもひとつだけ。
もし、貴方が本当の《シン・ソーマ》なら許して欲しいことがあって」
「許して欲しいこと?」
「貴方が本当の《シン・ソーマ》でも、私は貴方を《シン》とは呼べない。
ごめんなさい」
「――」
「それだけ……許して欲しいんです」
サージアズ卿はじっとチヒロを見た。
「……それだけ?」
「はい」
「……それだけ、ですか?」
同じことを二度聞かれたチヒロはきょとんとしている。
「そうですけど……?」
サージアズ卿は「それだけ」と小さく繰り返すと、口をおさえて笑い出した。
チヒロは不服そうな顔をしているが何も言わずにいる。
サージアズ卿は存分に笑うと、やがて満足したように息を吐いた。
「貴女は……勘は鋭いけれども、詰めは甘いようだ」
「え?」
「別に秘密にしているわけでもありません。
誰もが勘違いしているのを否定していないだけです。
――なので言いましょう。
《王家の盾》とは、我が一族を中心にした《ひとつの組織》のことです」
「《ひとつの組織》?」
「はい。《盾》として王家を守護していますが、王家が国を荒らす存在となるなら王家を《戒める》役目も持っています。
そこはセバスがお伝えした通りですが、その規模は我が一族だけにとどまりません。
貴女のお察し通り、もっと大きなものです。
皆が王家に忠誠を誓い、王家直属の組織として仕えてはいますが、
王の命令に異を唱える権利を持つ、王家から独立した機関とも言える。
王家を見守ることで影ながら国を守る者、という感じでしょうか」
チヒロは何故か感激したように胸の前で手を組んだ。
「黄門様だ」
「《コーモンサマ》?」
「あ、いえ。気にしないでください。――で、やっぱり当主は貴方?」
「いいえ」
「いいえ?」
「……確かに義弟はまだ正式な当主ではない。ですが私は現当主の代理です。
義弟が当主になるまで代理をつとめているにすぎません。
《シン・ソーマ》の名と共に、次の《王家の盾》の当主になるのは義弟です」
「代理」と確認するように言うと、チヒロはためらいがちに聞いた。
「……どうして貴方がそのまま当主にならないのか……聞いてもいい?」
「――義弟は当主の実の子なんです」
返された答えにチヒロは目を見開いた。




