第26話 隣町の静かな夜に・後編
私たち4人は、森の入り口に到着していた。森の中に入る前に、今回の目的の最終確認を行う。リンが主導となり、話し合いが行われる。
「さて、ライチャスネス。森に入る前に確認するわ。貴方の能力について、もう一度ね。何かこの場で説明しておきたい事はある?」
「私の能力は、1匹に対してしか使えないと思う。後はさっき言った通りだ。目視した対象に対して能力を発動し、能力を解除しないかぎり、対象の場所を補足できるはず。だから出来れば、目印となる個体に対して能力を使用したい」
シティリアは質問をする。
「その力。魔物に対してしか使えないのね?」
「ああ。魔物に対してしか使えない」
スタークも質問を投げかけてきた。
「でもよ、その能力。呼び名とか、ねぇのか? ただの能力じゃ、なんかしっくりこねえしよ?」
スタークの不意の質問に、私は一言。言葉を発した。
「カルマ」
スタークは上手く聞き取れなかったようで、私にもう一度聞き直してきた。
「ん? なんだって?」
「カルマって言うんだ。こういった不思議な力を得られる能力を総称して、私はカルマと呼んでいる。例えば、私は足が素早いのは皆も知っていると思うけど、あれは疾走のカルマって言う能力の一つなんだ」
シティリアが私の顔を見て、悩んだ顔になる。
「ん-。それじゃあ、魔物の居場所を探す能力ってことよね。探索……。追尾……。追跡…? そうね。この場合だと、追跡のカルマかしら」
スタークが笑いながら言葉を放つ。
「なんでシティリアが決めるんだよっ。ライチャスネスの特技だろ?」
私はシティリアの意見に賛成する。
「いや、そこまで拘っているわけじゃないから…。追跡のカルマ。その言葉。使わせてもらうよ」
リンが場を仕切る。
「それじゃ、時間も勿体ないし、そろそろ行くわよ」
私たちは、森の中へ進み始めた。まだ最初の入り口の方は夜空の明かりが見えるので、その足取りは軽い。リンを先頭に、スターク、私、シティリアの順番に足を進めていく。時々、物音がした方に目を放つが、何という事はない小動物だったりする。
進むに連れて夜空の明かりも段々と届かなくなり、闇の世界が広がっていく。周囲の暗さに比例して、みんなの集中も高まっていくのを感じる。まだ、お互いの距離感は失っておらず、奥の方へと進むのに問題はない。
――リンが無言で止まれの合図を出す。
私たちは、静かにその場で上体を低くし、前方の様子を伺う。
歩いてくる音が反響して聴こえてくる。人影が、ひとつ。私たちの目前に、その姿を現した。
ゴブリンである。
リンが腰に手を当て、細剣を引き抜き、構える。
まだ向こうはこちらに気づいていない……。
リンは待機の命令をハンドサインで出す。私たちはその場で座して待つ。
ゴブリンが後ろを見せた瞬間、リンは物音立てずに接近していく。
リンの存在に気づいた瞬間――。背中から細剣がゴブリンの心臓を一突きしていた。
ゴブリンが叫び声を上げようとする仕草も、リンの腕で口を覆われ、物音一つ立てずにゴブリンは徐々にその力を失っていく……。
その体から力が抜け、首に手を当て、脈拍を確認する。
ゴブリンは完全に絶命していた。
周りを警戒しつつ、周囲の安全確認が取れ、リンから進めのサインが出る。
私たちは、隊列を維持しつつ、ゴブリンが歩いて来た方角へと進んで行った。
シティリアが、進む方角から「魔力を感じる」と言っている。それぞれに緊張が走る。
遠くのほうから、明かりが視界に入ってきた。
まだ弱い光だが、どうやら当たりのようだ。
慎重に、ゆっくりと、ゆっくりと……、背を低くし、音を立てないように光のある方へ近づいて行く。
その光は次第に強さを増していき、闇に慣らされた目にとって、明確な情報となり私たちに訴えてきた。
ゴブリンの群れだ。間違いない。ここだ……。
ぽつりぽつりと、等間隔で、位置の感覚が理解できる程度に、松明が設置されている。ゴブリンの集団の、そのほとんどは、動かずその場で地面と合体している。寝ているのだろう。
スタークが、方向を指示するように指をさす。
私たちはその方へ眼をやると、普通のゴブリンとは違う、明らかに異質な存在がそこにいた。
その存在は、通常の個体の数倍の大きさをしており。明らかに、人間より大きい。
リンが小声で「ビッグ・ゴブリン……」とだけ呟く。
それに合わせてシティリアも私たちに聴こえる程度に言葉を放つ。
「それのすぐ傍……。ゴブリン・ソーサラーよ」
ビッグ・ゴブリンに目を奪われていた私たちだが、シティリアの言葉に従い、それのすぐ傍に鎮座していたのに気づく。
「さっきの魔力をあれから感じる」
シティリアの発言を聞き、リンが小声で提案してくる。
「どっちに追跡のカルマを使うのかは……。ライチャスネスに任せるわ」
全ての決断が私に……。よし……。決めた。
私は目標を視界に捉え、能力を発動する。
<<追跡のカルマ>>
能力を発動した後、私の脳内に【目標物を中心とした映像】が映し出された。成功だ。
「目標は達成した。皆、戻ろう」
私たちは気づかれないように、足早にその場を去っていく。
その場を離れるに連れて、足取りは早くなる。
リンが私に質問をする。
「で……、どっちにしたの?」
私は答える。
「ビッグ・ゴブリンにしたよ。今も能力のおかげで、集中するとその姿と場所が鮮明に分かる。シティリアが言ってた、ゴブリン・ソーサラーとか言うのは、ある程度近距離なら、シティリアが感知できると思ったんだ」
スタークが感心する。
「なるほどな……。おめぇにしてはやるじゃねえか」
――刹那。リンが止まれの合図を出す。
「前方。影」
私たちは武器を構え。円形状に周囲を警戒する。
スタークが愚痴をこぼす。
「チッ……。そう簡単に返しちゃくれねぇか……」
前方から、武装したゴブリンの集団が現れたのである。
シティリアが背中越しに語る。
「後ろもよ。囲まれたわね」
リンが号令を掛ける。
「前方のみに集中。スタークを先頭に一点突破。町まで駆け抜けるわよ」
「「「了解」」」
私たちは一斉に駆け出す。
盾を構えたスタークが、前方のゴブリンを物ともせず、弾き飛ばす。
それでも邪魔をするゴブリンに対し、すかさずリンが細剣で足を貫く。
後方からもゴブリンの集団が追って来ていた。私はシティリアを前へ追いやり殿を務める。
「先に行け! 俺なら一人でも逃げ切れる!」
リンたちの目からは、私に対する信頼が伝わってくる。
「任せた!」
リンの声を聴き、自身を勇気づけた私は体を反転させ、武器を構える。
後方から攻めてくるゴブリンたちは一斉に攻撃を仕掛けてくる。
「邪魔をするな――!」
<<膂力のカルマ>>
私は能力によって底上げされたその膂力を、
追っ手のゴブリンたちに、目いっぱいの力を込めて解き放つ。
六尺棒の一振りに触れたその体は、有無を言わさず吹き飛んでいく。
私の体に抱き着き、拘束をしてこようとするゴブリン。
私は左手でゴブリンの首を捩じる。
右手で六尺棒を振り回し、ゴブリンを近づけさせまいと気持ちを昂らせる。
それでも殺意をむき出しにしたゴブリンの攻勢に対し、私は武器を振るう。
距離を置いたゴブリンは、飛び上がり、こん棒を私の体めがけて振り下ろして来る。
私は武器を構え、その攻撃を受け――きる事が出来なかった。
六尺棒は、かわいた音と共に、真ん中から二つに折れる。
自身のその膂力に、敵の攻撃に、ついに耐え切れなくなったのである。
ゴブリンの打撃は、私の足に命中し、私の動きを止める。
左右から、剣や槍などを構えたゴブリンの攻撃が、体に突き刺さる……。
――森の入り口付近――
リンたちは無事に森の入り口まで戻って来ていた。
彼の帰りを待ち、森の奥の方を見つめている。
「遅いわね……」
シティリアが小言を漏らした。
「クソッ俺も残れば良かった」
スタークは己の不甲斐無さを責めていた。
あの時、ライチャスネス1人だけじゃなかったら、
一緒に状況を打開できたかもしれないと。
リンが足早に森の中へ入ろうとする。スタークがリンの腕を掴む。
「ダメだ。リン」
「でも!!!」
リンは平静を装いながら、言葉だけは激しかった。
「戻る事は許されない。分かるわよね?」
シティリアの言葉に、唇を嚙みしめる。只々、森の暗がりを見つめるしかなかった。
……。
………。
…………。
最初に言葉を発したのは、スタークだった。
「おい。あれ」
リンは真っ先に駆け出す。
誰も止めなかった。
リンの、その腕の中に、私はいた。
「ははっ。無事だったろ?」
私の目の前で、泣きじゃくる彼女の涙は、まるで子供のようだった。
お読みいただきありがとうございましたm(_ _"m)




