第八十六話 そして誕生日に!?
「結局リディア様に聞くことが出来ないままでしたね」
ディベルゼはいつものように迎えにやって来たシェスレイトの私室で溜め息を吐いた。
「良いんだ。万が一聞けなくとも、私はリディアが好きだ。そのことは変わらない。このまま私はずっとリディアと共にいるのだ」
シェスレイトはディベルゼとギルアディスに言い切った。
その姿にディベルゼとギルアディスは驚き、顔を見合せるとお互いに頬が緩むのだった。
「殿下のお気持ちはよく分かりました。殿下のお心のままに」
ディベルゼもギルアディスも力強く頷いた。
もうシェスレイトは迷わない、きっと大丈夫だ。
この日リディアの誕生パーティーは昼過ぎ夕方近くから行う予定だった。
それまでの時間目一杯に仕事をこなし、その後は全てリディアのために使えるように。
昼まで仕事をこなしたシェスレイトは昼食を取った後、濃紺に金の刺繍の入った正装に身を包み、胸元にはリディアからもらったブローチ、ポケットにはあの指輪を忍ばせる。
指輪の入った箱を握り、緊張と嬉しさを感じる。
リディアにはマニカを通じて呼び出してもらうことになっている。控えの間に着くまではリディアに知られないように。
初めて誰かのために必死に考え悩み、そして少しでも喜んでもらいたいと準備をして来た。そんな自分が恥ずかしくもあり、しかし誰かのために必死になるということがこんなにも嬉しく楽しみなものなのか、とシェスレイトはリディアの喜ぶ姿を想像し微笑んだ。
喜んでくれるだろうか、驚くだろうか、そればかりを考えそわそわしながら準備の指示を出すシェスレイトに、その場にいる者は皆微笑ましく思うのだった。
次第に人数が集まってくると控えの間は少し狭く感じる程になった。薬物研究所と魔獣研究所の人々、騎士団からは非番の者だけ参加。キースは最初から参加するが、仕事のある騎士たちは休憩のときに交代しながら顔を出すということになっていた。
ラニールは次々と料理を作り、料理人たちが控えの間に運び出してくる。
ルシエスやイルグストももうすでにやって来ていた。何やら話しているが、いつの間に仲良くなったのやら。
もうすぐ約束の時間だ。
朝、マニカの第一声で目覚めた。
「おはようございます、お嬢様。お誕生日おめでとうございます」
「おはよう、マニカ。ありがとう」
そう、今日はとうとうその日を迎えた。私の誕生日。
あれから一年が経った。あのリディアから人生を入れ替えて欲しいと懇願された日から一年。
長かったような、あっという間だったような。
色々あった。
好きなことをして過ごそうと思っていたけど、まさかこんなに色々なことをすることになるとはね。
今までのことを思い出してクスッと笑った。
「マニカにお世話してもらうのも今日で最後だね」
「お嬢様……」
マニカは寂しそうな顔をしたが、私はもう心残りはない。皆と別れるのは寂しくて辛いけど、もう覚悟は決めたから。楽しい想い出のまま去りたい。
着替えを終えて朝食を終えると、オルガもやって来る。
「お嬢、おはよう。誕生日おめでとう」
「ありがとう、オルガ」
にこりと笑い合い。マニカも微笑んでいる。
「旦那様と奥様から誕生日のプレゼントが届いていますよ」
「そうなの?」
いくつかの箱があり、開けてみるとティーセットだった。白を基調とし、金の縁取りに小さな花柄のティーセット。
「まあ、可愛らしいティーセット! 珍しいわね! お父様お母様がこんな可愛らしいプレゼントをしてくださるなんて」
「フフ、そうですね」
他にもいくつかのアクセサリーと花が添えられていた。
「さて、今日はせっかくのお誕生日ですし、しっかりと着飾りますよ!」
「え?」
気合いを入れたマニカにお風呂に入れられ、マッサージをされ、身も心も癒されまくり、ぼーっとしている間に昼食を取ったかと思えば、今度はドレスに着替えるように促される。
「え? え? 何でドレス? 別に誰かに会うのでもないし今のままでも……」
「シェスレイト殿下から誕生日プレゼントに届いていますよ」
「え? シェスから?」
「えぇ」
その言葉に驚き、ドレスルームを覗くとそこにはとても美しいドレスが用意されていた。
小さな宝石が散りばめられキラキラとした濃紺の生地に金色の見事な刺繍が施され、さらに流れるように銀色のレースで繊細に飾られた、とても美しいドレス。
それに合わせた金色の宝石が付いた華奢だがとても可憐なネックレスとイヤリング。さらには銀色の靴もあった。
「これをシェスが……?」
「はい」
マニカはにこりと笑い、着替えるよう促した。
化粧を施し、髪の毛はアップにし後れ毛はふわふわと流れるように。耳元では可憐なイヤリングが華やかに揺れる。
「そしてこれは私とオルガからのプレゼントです」
「え? マニカとオルガから?」
マニカはにこりと頷きながら、一つの髪飾りを取り出した。銀の細工に濃紺の花の形があしらわれた宝石。それをアップにした髪に付ける。
全てのセットを終えるとマニカはオルガを呼んだ。
「お嬢、綺麗だ……」
「ありがとう、オルガ、マニカ……」
泣いてしまいそうだった。もう泣かないと決めたのに。
「お嬢様! 駄目です! お化粧が崩れます!」
「!!」
ハッとし、気合いで涙を引っ込めた。その顔を見て、マニカもオルガも盛大に笑った。
「アハハ! お嬢、凄い顔!」
「もう! そんなに笑わないでよ!」
ムッとして見せたが、すぐに三人で顔を見合わせると三人とも再び笑ったのだった。
「二人共本当にありがとう。シェスのドレスと合わせてくれたんだね」
二人共にこりと笑い、それを見て再び嬉しくなった。
「さて、準備も出来たことですし、そろそろ出かけましょう」
「え? どこに? 今日はあれが……」
夜にはあの術を行わなければならない。入れ替わりのためのあの魔術。誕生時間を逃すと再び一年待たなければならなくなる。そうなる訳にはいかない。
しかしマニカは少しの時間だから大丈夫だ、と言い切った。
オルガは少し不思議そうな顔をしたが、そのまま外へと促す。
マニカとオルガに散歩だと促され連れて行かれた先には……。
「控えの間じゃない。ラニールさんにドレスを見せるの?」
「フフ、そうですね。それもあります」
「?」
マニカに先に入るよう促され控えの間に入ると……
「「リディア様!! お誕生日おめでとうございます!!」」
一斉に声が聞こえた。
「え?」
控えの間にはいつも以上に人がいた。普段控えの間では見ない人たちまでいる。
薬物研究所の皆さん、魔獣研究所の皆さん、騎士の皆さん、キース団長にラニールさんと料理人の皆さん、ルーにイル、ディベルゼさんとギル兄もいる。そして……シェス。
「え?」
訳が分からず呆然としてしまった。何? どういうこと? 何でこんなにたくさん皆集まっているの?
固まっているとシェスがこちらに歩いて来た。
「リディ、誕生日おめでとう」
「シェス……、あ、ありがとうございます……、これは一体……」
思考回路が追い付かなかった。
「皆、リディの誕生日を祝おうと集まったのだ」
「私の……誕生日?」
「あぁ」
「私の誕生日のためにわざわざみなさんに声を掛けてくださったのですか?」
「あ、あぁ……」
シェスは恥ずかしそうに顔を赤らめた。しかしいつもとは違い赤い顔のままも、こちらを真っ直ぐに見詰めた。
そんな瞳はとても艶っぽく真っ直ぐに見詰められるとこっちが恥ずかしくなってしまう。
「ありがとうございます!」
嬉しさと恥ずかしさでどうしたら良いか分からなくなるが、シェスの艶っぽい瞳から目を逸らすことは出来なかった。
「そのドレス、とてもよく似合っている」
「あ、シェスが贈ってくださったのですよね、ありがとうございます。シェスもとても素敵です」
シェスは微笑み、頬に手を伸ばすとそっと触れた。ドキッとしそのまま固まっていると、シェスの背後からディベルゼさんの声が響く。
「あー、殿下、周りに大勢いることをお忘れなく」
シェスはハッとした表情になり、さらに一層真っ赤になった。
「す、すまない!」
慌てて手を離したかと思うと横を向いてしまった。




