第七十三話 冷徹王子の事情!? ⑱
以前と同じ道を歩いて行くと大きな建物が見えて来る。
「国営病院……、いつ開院になりますか?」
リディアは建物の入口前で見上げながら呟く。
設備は整ったが、人員確保がまだだった。後半年程はかかるだろうと説明をすると、リディアは何故か寂しそうな顔をした。
「どうした? 何か問題でもあるのか?」
何故そんな顔をするのかが分からない。しかし、リディアは何でもないとしか答えない。
それが何故か酷く不安になりリディアの顔を見詰めた。しかし、そんな心配をするな、とばかりにリディアは笑顔で言った。
「ねぇ、シェス、探検気分で周りを探索しませんか?」
「探索?」
「えぇ、この建物の周りを見て回るの!」
昔子供の頃にルシエスと城で探検のような遊びはしたことがあるが、成人してからそんなことをしたことはない。
驚くシェスレイトをよそに、リディアは無理矢理シェスレイトを引っ張りあちこちと駆け回った。せっかくのワンピースの裾が少し汚れてしまっても、リディアは全く気にすることなく駆け回る。
「アハハ!! 何だか子供に戻ったみたい!」
何て楽しそうなんだろう。シェスレイトは笑顔で本当に楽しそうに駆け回るリディアに見惚れた。
きっとシェスレイトでなくとも、今のリディアには皆が見惚れるだろう。それ程までに美しい笑顔だった。シェスレイトは女神でも見ているかのような気持ちになるのだった。
そんな夢見心地気分のシェスレイトを引っ張ったまま、リディアが何かに盛大に躓き、引きずられるように草むらの中にリディアと共に倒れ込んだ。
気付くとリディアの背中を抱き締めるような形で倒れ込み、そして顔はリディア肩に当たった。
顔をリディアの髪がふんわりとくすぐり、甘い香りにくらくらとする。
身体を起こそうとすると、リディアがこちらに振り向き唇がリディアの頬に触れた。
唇に頬の柔らかさを感じ、リディアの綺麗な金色の瞳が間近に見え、もう少しずれていたらリディアの唇に……。
シェスレイトの理性がプツンと糸を切ったかのように飛んだ。
自分の唇が触れる頬と反対側の頬に手を伸ばし、その柔らかな頬を掌で包むと、リディアの顔をそのままこちらに向ける。
リディアの綺麗な瞳を間近に見詰め、吸い込まれそうな感覚になりながら、唇に唇を近付ける。唇に吐息を感じる程近付き……、
「シェ、シェス!! シェス!!」
リディアが叫んだ。
その瞬間、シェスレイトは意識が一瞬にして戻り、同時に一気に血の気が引いた。
慌てて身体を離し後ろを向いた。
「す、すまない!!」
自分は何てことをしているのだ、とシェスレイトは自分を責めた。
嫌われたかもしれない。もう駄目だ。シェスレイトは自分自身が嫌になる。
シェスレイトは立ち上がり、リディアに手を差し出した。その手を取りリディアは立ち上がったが、もう二度と手は繋ぐことが出来ないかもしれない。
シェスレイトは覚悟した。
「あ、ありがとうございます」
「すまなかった……」
顔を上げることが出来ない。リディアの顔を見ることが出来ない。
「シェス、そんなに謝らないで」
そんなシェスレイトの顔をリディアは覗き込み呟いた。シェスレイトは驚き顔を上げると、リディアと目が合い、顔が火照るのが分かった。
「あの、その……、ドキドキはしましたが、決して嫌だった訳ではないので!」
嫌ではなかった? 嫌ではなかったのか? それは自分を受け入れてもらえたのか、あのまま止めなくとも良かったということなのか。とシェスレイトは余計に顔が真っ赤になる。
頭が沸騰しそうな勢いで、どうしたら良いのか分からず固まっていると、リディアがおもむろに腕を掴み引っ張った。
「行きましょう」
急に再び腕を組まれ、唖然とし引っ張られるままに歩いたが、頭はずっとふわふわとしたままだった。
街の中心部へ戻るとリディアは再び店に行きたいと言い出し、唖然としたまま買い物に付き合った。
店を回っている間に何とか冷静さを取り戻し、買い物をした物を見て呟く。
「色々買ったな……」
「みんなへお土産を買いたかったので。シェスは先程のお店で見ていたものは良いのですか?」
リディアは宝飾店のことを言っているのだろう。
「あぁ、あれは良いんだ……」
「そうですか?」
あれはリディアの誕生日に合わせて、刻印を頼んでいる。今はいいのだ。
夕方近くなりそろそろ帰ろうということになり馬車へと戻る。リディアの荷物を持っているため、手は繋げない。出来れば最後まで繋ぎたかったのだが仕方がない。
リディアに荷物を持たせる訳にはいかないからな、とリディアが後ろでモヤモヤしていることには全く気付かず、シェスレイトは荷物持ちの使命感に燃えているのだった。
「着いたな」
振り向くとリディアが微妙な顔をしていた。
「? どうした?」
「ひ、いえ! 何でも!」
どうしたのだろうか、リディアが少し変な態度のような。もしやまたしても何か間違えたのか、と一人シェスレイトは不安になるのだった。
何を失敗したのだろうか、と悶々と考えながら御者に荷物を任せ、リディアに手を差し伸べると、リディアは微笑んだ。
どういうことだ、笑っている。何かを間違えた訳ではないのか。分からない。
シェスレイトは少しの混乱と、しかしリディアの嬉しそうな顔にほっとしたのだった。
馬車に乗り込み帰りの道中はお互い少し緊張も解け、今日一日の話をした。少しは打ち解けただろうか。リディアの心が少しは近付いた気がし、シェスレイトは嬉しくなった。
城へと戻ると皆が待ち構えている。
ディベルゼとギルアディスはやたらとニヤニヤしながら聞いて来る。
「殿下、どうでしたか? 楽しまれましたか?」
「あぁ」
やたらとニヤつく二人に何やら嫌な予感がし、言葉少なに返事をする。
リディアもマニカとオルガに色々聞かれているようだ。その時、リディアがこちらにやって来た。
「あの、これを……」
「何だ?」
リディアは一つの包まれた箱を差し出した。
「シェスに……、今日の記念というか想い出に……」
リディアから自分に!? シェスレイトはその言葉を疑った。まさかリディアからプレゼントをもらえるとは。リディアに中身を見ても良いかと聞き包装を開ける。
「ブローチ……」
「あの、お気に召すかは分からなかったので、付けていただかなくても良いので、その……持っていていただければ……」
「私の瞳の色だな」
「はい」
「それにリディの色も」
瑠璃色の中に金色の粒が輝く宝石。あぁ、リディアと自分だ、と嬉しさを隠しきれない。
しかも自分もリディアのために選んだ指輪。あの宝石と全く同じ。お揃いではないか。
自分のためにリディアが選んでプレゼントをしてくれるということがこれほど嬉しいとは。
「素敵なブローチですねぇ! 殿下にお似合いですよ!」
「うん、本当に、殿下によくお似合いです」
ディベルゼとギルアディスがシェスレイトの手の中を覗き込み言った。。
うるさい奴らだ、とシェスレイトは嬉しさの余韻に浸りたい気分を遮られたが、それよりもリディアが愛しく思う。
「ありがとう、大切にする」
リディアを見詰め、初めて心からの言葉を伝えられた気がする。リディアと二人、見詰め合い笑い合えた今日をこれからずっと忘れることはないと思うのだった。
シェスレイトの理性ぶっ飛び事件でしたww
これにて「冷徹王子の事情」としてタイトル分けは終了します!
今後終盤に入りシェスレイトの絡みもぼちぼち多くなるかと思われるので、タイトル分けせずに、話の途中にシェスレイト側のお話を入れようと思っています。
今までと書き方が変わるので読みづらいかもしれませんが、試行錯誤しながら頑張りますので、お付き合いいただければ嬉しいです。
次話はすいません、閑話入ります!
題して「側仕えたちの事情!?」をお届けします(^^;
すいません、ちょっとだけお付き合いいただければ嬉しいです!




