第六話 王妃教育!? その二
扉を開けるとダンスの講師がいた。
リディアは幼い頃からダンスの練習はさせられていたが、王妃教育となってからは復習と、王妃として品格ある優雅な踊り方を教え込まれている。
優雅さ……カナデでは優雅さの欠片もないけどね、と最初は苦笑したものだ。
「おや、ルシエス殿下ではないですか。どうなされました?」
一緒に入室したルシエス殿下を見て講師が聞く。
「リディアがダンスの練習だと聞いたから、パートナー役をやってやろうと思ってな」
ルシエス殿下はニコリと笑った。さっきまでの態度とえらい変わりようじゃないの。
「それはそれは。ありがとうございます! では是非ともリディア様のお相手を」
ルシエス殿下は講師に見えないように、私に向かってニヤリとした。
何その顔……。
「それでは行きますよ……」
ルシエス殿下が左手を差し出し、その手の上に手を重ねる。そして部屋の中央までエスコート。
お互い向き合い礼をする。そしてルシエス殿下は片手を重ね、片手は腰に回し身体を引き寄せる。
この距離感が恥ずかしいのよね……。子供の頃から練習しているとは言え、年頃の相手と踊ることはそうそうない。
今まであった舞踏会やパーティーでは未婚の女性、さらにはシェスレイト殿下の婚約者候補ということで、大分と歳の上の方と踊る事のほうが多かった。
歳の近しい人と踊ったのは婚約発表のときシェスレイト殿下と踊ったくらいだ。
あの時も緊張したが、シェスレイト殿下の無表情に冷たい目で、ドキドキよりもミスしないかの緊張感のほうが多かった。
初めて年頃の男性と踊ったのがあれって……苦笑した。
「どうした?」
ルシエス殿下が近くで見詰め聞いて来た。
「いえ、何も」
あまりの近さに思わず俯いたら講師に怒られた。
「リディア様! 顔を上げてください! 殿下のお顔をちゃんと見るのですよ!」
「は、はい」
慌てて顔を上げるとルシエス殿下の綺麗な瑠璃色の瞳と目が合った。
「プッ、怒られてやんの」
小声で笑いながら言われた。
「仕方がないじゃないですか、若い方と踊ったことがほとんどないのですよ。緊張するんです!」
子供のようなからかいにムキになっても仕方がないと分かりつつ、ムッとして思わず本音が漏れてしまった。
「え、お前、俺と踊って緊張しているのか?」
「そう言ってます」
何度も言わすな! 恥ずかしくなるでしょうが! またムッとしてしまった。ダメだな、私も大概子供だな……と少し反省。
そう考えていると、今度はルシエス殿下が顔を逸らした。
「殿下? 殿下もちゃんとリディア様のお顔を見てくださいよ!」
講師から叱責が飛ぶ。
ルシエス殿下は唸りながらもこちらに顔を戻した。その顔は……
「フフ、お顔が真っ赤ですよ?」
顔はこちらを向けながら目線はどこかへ泳いでいる。隠し切れない程に顔は赤く染まり耳まで真っ赤だ。
「うるさい! お前が余計なことを言うからだろう! 俺だって年頃の女と踊ったことなどないのだからな!」
普段ルシエス殿下はあまりパーティーや舞踏会には参加されていない。参加していてもダンスは誰ともしない。女性たちに囲まれることに辟易しているのか、参加していても顔だけ出すとすぐに帰ってしまう。
だから私以上にダンスの経験は少ないのだろう。
あまりの照れぶりに自分が恥ずかしかったことをすっかり忘れ、可笑しくなってしまい笑いが止まらなくなった。
「お前なぁ!」
ルシエス殿下は不貞腐れてムッとしてしまった。しかしダンスはきっちりとお相手をしてくれる。
律儀だなぁ、と感心しつつ、いつまでも笑っているのは失礼だな、と気合いで笑いを止めた。
ひとしきりダンスを一曲分踊りきると講師から注意点を話され、そして再び踊る、とういうのを何度か繰り返し、本日のダンスレッスンは終了となった。
「つ、疲れた……」
小一時間も踊り続けるとさすがにふらふらだ。
「お前いつもこんなに踊ってるのか?」
長椅子に腰掛けながらルシエス殿下はぐったりしている。
「えぇ、これが基本練習らしいです」
「大変だな……お前」
何だか同情された目で見られた。
「そうなんですよ! 大変なんですよ! はぁあ」
隣に座るルシエス殿下に詰め寄り訴え溜め息を吐いた。
ルシエス殿下は後ろにのけぞり落ち着け、とばかりに両肩に手を置いた。
「まあ兄上の婚約者だものな、仕方ないだろうな」
「分かってますよ……仕方ないんですよ……」
今更どうしようもないことも、逃げ出すことも出来ないということも……。
「まあ何だ……頑張れ……」
苦笑したルシエス殿下が最初の喧嘩腰とは違い励まして来た。同情かな。
励ましたかと思うと、いきなり「あっ!」と思い出したかのように勢い良くこちらを向いた。
「忘れてた! どうだ! 俺も子供の頃とは大分と変わっただろう!」
「へ?」
思わず間抜けな声が出た。
「お前、俺のこと全く変わらないって言っただろうが!」
「そんなこと言いましたっけ?」
「お前!!」
そういえばそんなことを言ったから急に腕を捕まれ引っ張られたんだっけ。すっかり忘れていた。
「あ、あぁ! 言ってましたね! 殿下もこんな素敵なダンスが出来るくらい大人になられたのですね」
いや、ダンスが出来たから大人って……違うと思うけど、この殿下はダンスで大人になったと主張したかったんだね。
褒めてあげたら凄い得意気な顔になった……。それが子供っぽいのよ……とは言うまい。
「お前はやはり大分と変わったな」
「そうですか?」
何のことかしら、とすっとぼけてみた。その様子にルシエス殿下は苦笑する。
「まあ昔のようにおどおどしているより、今のほうが俺は良いと思うぞ」
そう言いながら何故か頭を撫でられた。何で子供っぽい人に子供扱い……。
キョトンとしているとルシエス殿下は恥ずかしくなったのか、慌てて立ち上がり扉のほうへ歩みを進めた。
「じゃあな! 俺は行く!」
「はい、ありがとうございました」
ルシエス殿下は広間の扉を開け止まった。
「?」
「愛称で呼んで良いぞ」
「え?」
「俺のことだ。近しい者はルーと呼ぶ」
「ルー殿下?」
「殿下はいらん」
「ルー様?」
「だから敬称はいらん。同い年だしな。公の場以外は呼び捨てで良い」
「ルー……」
「あぁ。じゃあな、リディ」
ルーはそう言うと足早に去って行った。ちらっと見えた耳がまた赤かった気がするが気のせいだろう。
「あぁ、色んな意味で疲れた……」
本当にドッと疲れた。
「お嬢様、お疲れ様でした。ルシエス殿下が参加されたことでさらにお疲れそうですね」
マニカが横で苦笑していた。
「うん……、何でこんなことになったんだか……」
最初の喧嘩腰も意味不明だしなぁ、何であんな敵意剥き出しで嫌われてたんだろ。
シェスレイト殿下の婚約者だからかな。兄殿下と不仲だから婚約者も嫌いって感じかなぁ。
「まあ、最終的には仲良くなれた? みたいだし良いか」
「愛称呼びですものね」
そう、愛称呼び。かなりの近しい人物や深い仲の者以外は中々愛称では呼び合わない。
実際私の愛称を呼ぶのはお父様とお母様くらいかしら。そのお母様ですら今は呼んでいないような……。
婚約者様には愛称呼びされていないのに、他の男性に愛称呼びはどうかしら、とも思うけど、弟殿下だし良いかな。
ま、何かあればその時考えるか~と開き直った。
「とにかくお部屋に戻りましょう。一日お疲れ様でした」
マニカに促され、疲れ切った重い腰を上げ部屋まで戻った。
部屋ではお風呂の準備をしてくれていた。
ゆったりとお風呂を満喫しようと思っているときに扉が叩かれた。
「どなたですか?」
マニカが扉を開け確認する。
「お嬢様、お通ししてもよろしいでしょうか?」
「誰?」
「俺だよ、お嬢!」
軽快な声が聞こえ扉が思い切り開かれた。
「オルガ!」
マニカが怒っていたが、お構いないしにオルガは近くまで入って来た。