第三十九話 行路で!?
昨日レニードさんと立てた作戦。
ゼロの速さを分かってもらうためには、何か驚くことをするのが良いのではないか、と提案してみた。
そこでレニードさんはクズフの丘まで行きセイネアの花を持って帰る、というのはどうか、と言った。
クズフの丘までは馬で行けば往復に丸一日かかる。それをゼロが飛んで行くと差程時間がかからず往復出来るだろう、と。
しかもセイネアの花は摘むとすぐに枯れてしまうため、前日までに採取していたのでは、と疑われるような不正を働くことは出来ない。
まさに一石二鳥! それでいきましょう! と即答した。
しかしクズフの丘にあるセイネアの花。話に聞いたことはあるが、実物を見たことがない。
それで薬物研究所のフィリルさんを頼った。セイネアの花を詳しく教えてもらい、どんな見た目の花か、植物図鑑を見せてもらい、クズフの丘のどこに咲いているのかを詳しく教えてもらった。
そして実際飛んでみることにしたのだが、ゼロに二人乗りは出来ない。一人で行って場所を確認することになった。
方角を教えてもらい、ひたすらその方向へ真っ直ぐ飛んだ。フィリルさんから説明を受けたように、その丘には遠目にでも分かる巨木がある。
その巨木の根元にセイネアは咲く。
巨木が目立つため、思っていた以上に簡単に見付かり、セイネアの花を摘み持ち帰った。
城に戻るとフィリルさんがセイネアの花を確認してくれ、持ち帰ったその花がセイネアで間違いないと断言してくれた。
そういった経緯から、今回のお披露目式に薬物研究所員も参加していたという訳だ。
さて、驚いている陛下や皆さんを尻目に出発しますよ? 良いですか?
「では、いってきます!」
ゼロが翼を大きく広げ羽ばたかせた。羽ばたく風圧が背後にいる皆に吹きすさぶ。
ゼロは大きく羽ばたき、少し浮かんだかと思うと、一気に上空へと高く舞い上がった。
あっという間に集まる人々が小さく見える。
「みんな驚いてたね~!」
『そうだな、では行くぞ?』
「うん! お願いね、ゼロ!」
ゼロは止まっていた上空からクズフの丘に向けて飛んだ。
一度飛んでいるから、わざわざ指示を出さなくてもゼロは覚えている。
風を切り進むのは気持ちが良い。少し寒いし息苦しくも感じるが、その度にゼロは速度を緩めたり、高度を下げたりしてくれる。
やはり紳士だ。
『大丈夫か?』
「うん、気持ち良いよ、ありがとう」
遠くまで見渡せる空に雲、とても解放感を感じ最高の気分だ。
出来得るなら毎日いつも飛んでいたいな、と思った。まあ無理なんだけどね。
しばらく飛ぶと人工物すら目にしなくなり、平原が広がり出す。
「あぁ、広いね……気持ち良い」
『リディアは城から出たいのか?』
飛びながらゼロは聞いた。
「うん、出来るなら、もっと自由に過ごせたらな、って思うよ?」
しかし所詮無理な話だ。だからこそ今この瞬間に憧れて止まない。
まあ周りの人々からしたら、十分自由に過ごしているように思われていそうだが。
『私と一緒に逃げるか?』
ゼロが突然「逃げる」と言葉にしたので驚いた。
「ゼロは逃げたい?」
『私は捕まってから自由がなかったからな。いつも逃げ出したかった』
それはそうか……、ゼロにしてみれば、人間は自分を捕まえた敵よね。何だか悲しくなった。
「ごめんね」
『リディアが謝ることではないだろう。捕まって人間を憎みもしたがどうなるものでもない。だから諦めていた。そこへリディアが来た。私には希望に見えた』
「希望?」
『あぁ、リディアを見たときに何かを感じた。そして名を与えられ、それは確信に変わった。私はリディアと共に生きるためにここに来たのだ、と』
「私と共に生きる……」
嬉しい、凄く嬉しい、…………、だけど、私はリディアじゃない。カナデだ。
嬉しい言葉をもらったのに、素直に喜べない自分が悲しい。
何で私はカナデなんだろう。リディアが羨ましくなった。こんなにも周りの人たち、ゼロも含め、恵まれているのに、何故リディアは違う人生を望んだのだろう。
私が変わりたいくらいだ…………。
ハッとした。何を考えているんだ。そんなことを考えてはダメだ。
考えを振り払うように頭をふるふると振った。
『リディア?』
「ゼロ、ありがとう。嬉しいよ。でもあのお城にも大事なお友達がたくさん出来ちゃったしね。みんな私たちが戻ることを信じてくれている。もうどこにも行けないよ」
それに私は後、半年程しかいられない。自分に言い聞かせるように言った。
『リディアならば逃げたいとは言わないと思った』
ゼロは笑っていた。背中からは表情は分からない。見えたとしても表情はきっと分からない。しかしゼロは笑った。そう思った。
『見えたぞ』
昨日も見た巨木が見えて来た。
ゼロは巨木の上空で一度止まり、そこからゆっくりと降りて行った。
花から少し離れた場所でゼロは待つ。
セイネアの花。青色が綺麗な花。
今着ている騎士団の制服も瑠璃色。シェスレイト殿下の瞳を思い出す。あの僅かに見せたはにかむような笑顔を思い出しドキリとした。
慌てて意識を戻し、セイネアの花を摘む。
「すぐに枯れちゃうのに二度も摘んでごめんね」
儚い花を摘むのは心苦しくなった。しかしそこは躊躇していられない。何本かを摘み花束にする。
すぐに枯れてしまわないよう、茎に水を湿らせた布で巻いた。
「ゼロ戻ろう」
少しの休憩を取り、すぐさまゼロの背に再び乗り飛び立った。
行きと同じ行路を城に向けて飛ぶ。
このまま順調に行けば往復小一時間程で帰城出来るはず。
「順調だね、ゼロ疲れてない?」
『大丈夫だ、リディアこそ疲れてはいないか?』
「うん、大丈夫だよ」
『もう少しのはずだ』
段々と見慣れた景色になってくる。
小さな村や町、城に近付くにつれ、人のいる村や町の規模が大きくなっていく。
城が遠目に見えてきた。
『城が見えたぞ……、ん』
「ゼロ? どうかした?」
ゼロは周りを探るような仕草をし、急に速度を上げた。
「ど、どうしたの!? ゼロ!?」
振り落とされないよう手綱を掴む手に力が入り、上半身を前に倒し風圧を避ける。
『急ぐ! しっかり掴まれ!』
さらに速度を上げる。一体何!?
「!?」
何か音が聞こえた気がし、風圧に耐えながら何とか周りを見回す。
前方下から何かが来る。
「何!?」
『そのまま突っ切る!! 掴まれ!!』
その何かは瞬く間に上空まで昇って来た。
ゼロはそれにぶつかるかと思う勢いで突っ込んで行き、器用に身体を翻し避けた。
避けた瞬間飛んで来た「それ」が間近に見えた。
「魔獣!?」
『あぁ、行きには気付かれなかったようだが、帰りに見付かったようだ。振り切って逃げるぞ』
ゼロは今までにない程の速度で飛ぶ。
しかしその魔獣も付いて来る。
城や街の外に出れば魔獣が出る。頻度は少ないが、全く出ない訳ではない。
しかも空を飛んでいると他の魔獣の目に付く。その危険性はレニードさんと確認をしていた。
いざというときはゼロが守る。それをゼロは約束してくれていた。
今、その時なのか。
魔獣をチラッと見ると、巨大な鳥? グリフィン? 掴まるのに必死でよく見えない。
ゼロは逃げ切ろうと物凄い速度で飛ぶ。
「ね、ねぇ、ゼロ! ゼロは攻撃も出来るのよね?」
『あぁ、出来るには出来るが、リディアに構えなくなる』
「うん、それなら必死に掴まるから気にしないで」
『攻撃するのか?』
ゼロは速度を落とさず聞いた。物凄い速度で飛んでいるため、もう城が近い。
「城のみんなが見える位置くらいで倒せる?」
『どういうことだ?』
「魔獣を倒すところをみんなに見せたら、ゼロの凄さがもっと分かるかと思って」
『…………、アッハッハ!! リディアは中々に強かだな!!』
飛びながらゼロは大笑いだ。そんなにかしら。ゼロの凄さがもっと分かってもらえたら嬉しいんだもの。
「あ、それと出来るなら殺さずに……」
『ん? また難しいことを……』
「出来るだけで良いよ。ゼロが危険になりそうなら無視してくれて良いから!」
『私よりもリディアの危険だ』
「フフ、ありがとう」
『怖くはないのか?』
「ゼロがいるから大丈夫!!」
またゼロは大笑いした。だって何故だか分からないけど、本当に全く怖くはないんだもの。
さあ私も気合い入れてゼロの足手纏いにならないようにしないと!




