第三十六話 冷徹王子の事情!? ⑦
結局リディアは父上に押しきられた。
大丈夫なのか。リディアは今忙しいはず。さらにこんなことを頼まれ、王からの頼みで断れないのは分かるが……。
それに……、私以外の男と必要以上に時を共にするのか。それが気に入らなかった。
しかしそんなことを言えるはずもなく、父王との話が終わり外に出てからリディアに負担のことだけを確認した。
多忙さが心配になったのは事実だ。しかしリディアには話が通じず、的外れな答えが返って来る。
せっかくそれなりに緊張しながらも声を掛けたのに……。
上手く伝えられないシェスレイトは自分に腹立たしくなりその場を去った。
何故いつも上手く伝えられない。悔しさが滲み出る。
「殿下はいつもお言葉が足らないのですよ」
ディベルゼは後ろで呆れたような顔をする。
「煩い!」
分かっていてもどうしようもないのだ。
先程のことはしばらく忘れよう、とシェスレイトは仕事に打ち込むのだった。
その日の夜、リディアの使者としてオルガがやって来た。何やら話したいことがある、と。
ディベルゼが明日の午後に約束を交わした。
「リディア様がいらしてくださるなんて良かったですねぇ」
ディベルゼはわざとらしく言う。
「所詮何か用事があるから、やって来るのだろう」
リディアが今まで何の用事もなく会いに来たことなどない。少し拗ねたような顔するシェスレイトにディベルゼは呆れ、提案をした。
「せっかくリディア様がいらしてくださるのですから、リディア様のお好きなお茶やお菓子等をご用意されてみたらいかがです?」
ニコリとディベルゼは笑顔で言った。その笑顔は信用出来ないのだ、と内心シェスレイトは辟易するのだが、しかし執務室にリディアが来てくれるのは、正直なところ嬉しい。
「リディアの好きなものを調べて用意をしてくれ」
ここは素直にディベルゼの案に乗ることにした。ギルアディスもやたらと笑顔を向けて来る。
「はい、お任せください」
ディベルゼは笑顔で言った。
その日の仕事が終わりシェスレイトが私室へと戻ると、ディベルゼはマニカを探した。
マニカにリディアの好みを聞くためだ。
「本当に殿下は初々しい」
独り言に笑いながらディベルゼはマニカの元を訪れた。
「こんばんは、マニカさん。リディア様のことで少しお聞きしたいことがありまして」
「こんばんは、ディベルゼ様。明日、リディア様のためにご準備いただけるのですね?」
おやおや、マニカは中々油断ならない方のようですねぇ。
ディベルゼはやはり笑顔で頷いた。
「さすがマニカさん、話が早いです。シェスレイト殿下が、リディア様のためにお好みのお茶をご用意されたいとのことで」
お互い探り合いながら笑い合う。
マニカはリディアの好きなお茶にお菓子に細かく伝える。
ディベルゼはお礼を言い、その足で明日の用意を手配した。
翌日、午前中明らかにそわそわし意識が散漫なシェスレイト。
「殿下、楽しみなのは分かりますがちゃんと仕事をしてくださいね」
ディベルゼに言われ、シェスレイトは睨む。
ギルアディスはそれを見ながら笑っている。
午後になり扉が叩かれると、シェスレイトは勢い良く立ち上がった。
入ってきたリディアを目にするとその美しさに見惚れた。濃紺のドレスが良く似合い、しかも何だか良い匂いがする。
エスコートする手に力が入る。横に並ぶとふんわりと良い香りがさらに鼻をくすぐる。
思わず抱き締めたくなる衝動に駆られ、シェスレイトはそんな自分に戸惑い、必死に理性を保つ。
椅子に座ると必死に平静を保とうとして、即座に用件を聞いてしまった。
それをディベルゼが苦笑しながら遮り、リディアの姿を褒め、お茶を薦める。
あぁ、自分はその出立ちを褒めることもせず、お茶を薦めることもせず、いきなり用件を聞こうとしてしまった、とシェスレイトは自分の不甲斐なさに落ち込むのだった。
お茶を用意していたことをリディアが聞いてきても、素直に返事をすることが出来ず目を逸らしてしまう。
ディベルゼが提案したことだ、と卑屈に思ってしまった。
ディベルゼはそんなシェスレイトの心中を察し、シェスレイトがリディアのために用意をしたのだと告げた。
リディアはお礼を言い、優しい笑顔を向ける。それが嬉しく顔がほのかに熱を帯びた。
リディアは嬉しそうにお茶とケーキを口にし、
「うぅん、美味しいー!」
今まで聞いたことのないような言葉に、リディアの素の表情がとても可愛く愛らしかった。
シェスレイトは初めてリディアの本心を見た気がして嬉しかった。
しかしリディアはすぐにいつもの畏まった表情に戻り謝った。何故だ、何故謝るのだ。切なくなった。
もう一度先程の愛らしい表情が見たい、と、つい可愛いと口走る。
シェスレイトは慌てた。まさかそんな言葉が自分の口から出ようとは。
自分の発言に混乱し、恥ずかしさのあまり急激に顔が火照るのが分かる。
リディアも釣られて赤くなり俯く。その姿すら可愛いと思ってしまう自分の頭はどうにかなってしまったのかと、シェスレイトは困惑した。
そうして二人ともが黙ってしまったためディベルゼから容赦ない発言を浴びせられる。
それを聞き、リディアが意を決したかのような顔付きで話し出した。
「お願いがあって来ました」
シェスレイトは慎重に聞いた。
話を聞くとどうやら騎獣の話。しかも騎士団と父王の前でのお披露目式にリディアが出るというもの。
お披露目式自体は何となく話に聞いていたが、リディアがそれに出るというのは予想だにしていなかった。
あのディベルゼですら同様だろう。見たこともない程驚いた顔をしている。
リディアは何故そういった状況になったのかを、最初から全て説明した。
話を聞くと、確かにリディアが適任のようだ。
やはりリディアは我々の考えの更に上を行く。予想が出来ない。突拍子もない行動力。
だからリディアに惹かれて止まないのか。
シェスレイトは騎獣に心配しながらも、恐らくリディアならば大丈夫だろう、という確信めいたものもあった。
だから、リディアを信じた。
リディアにお披露目式に出席して大丈夫かと問われ、リディアしか出来ないことならばやるしかない、と背中を押した。
「ありがとうございます」
リディアはシェスレイトを真っ直ぐに見詰めて微笑んだ。
それは今までにない、心からの微笑みだと感じた。
その優しい眼差しに、シェスレイトは初めてリディアと少しながらも心が通い合ったような気がし、初めて素直に笑みがこぼれたのだった。




