第二十三話 歓喜!?
「ゼロ、また来るね!」
『あぁ』
ゼロの頭を両手で思い切り撫で、レニードさんの元まで行った。
レニードさんは相変わらず興奮気味。
「レニードさん、私たちはもう戻りますね。これ差し入れです」
コランクッキーを渡すが、レニードさんはクッキーどころではない感じだ。
「リディア様! またすぐに来てくださいね!」
「え、えぇ、すぐにまた」
レニードさんは思い切り私の手を握り締め、力一杯言った。
いつも私が他の人にやっちゃってることだなぁ……、そりゃ、みんなたじろぐよね……、と苦笑した。
ニコリと笑い、冷静に返す。レニードさんは私がたじろいでいるのは気付いてなさそうだね。
そっと手を離し、他の研究員たちにも挨拶をし、魔獣研究所を後にした。
「それにしてもリディは変な奴だよな」
「は?」
いきなりルーに変な奴呼ばわりされて、思わず素で聞き返してしまった。
「いきなり何!?」
「だってお前、普通の令嬢と違い過ぎだろ。お菓子で商売しようとしたり、魔獣と喋れたり」
「うっ……」
確かに……、確かに普通の令嬢は商売しようとしたり、魔獣と触れ合ったりはしないだろうな……。
「良いじゃない! 誰にも迷惑かけてないし! …………」
尻すぼみになった。
かけてないかな……、いや、ちょっと、ううん、だいぶと不安になってきた……、もしかして、迷惑かけまくり?
物凄く不安になってきて考え込んでいると、頭をポンと撫でられた。
「大丈夫だろ、みんな迷惑だなんて思ってないから」
振り向くとルーが優しい顔をしていた。ルーに慰められるとは……。
「ルーが優しい」
「なっ!! お、俺はいつも優しいだろうが!!」
褒められたことに照れたのか、ルーは耳を赤くさせ横を向いた。
「迷惑どころか、みんな面白がってんじゃねーの?」
横を向いたままルーは言った。
「そうかな。みんなも楽しんでいてくれてるなら良いんだけど」
「お嬢はみんなに好かれてるから大丈夫だよ!」
オルガがルーとの間に割り込んで言って来た。
「フフ、オルガ、ありがとう」
そうこう話している間に騎士団控えの間に着いた。
もう夕方近くになっていたため、ラニールさんは晩の準備で忙しいんだろうな、と思っていたら、控えの間に入った途端、ラニールさんを始め、キース団長も騎士たち、料理人たちもが一斉にこちらを向いた。
「リディア!」
「リディア様!」
「お帰りなさい! どうでしたか!?」
「ほらな」
と、ルーとオルガ同時に背中をポンと叩かれた。
二人の顔は笑顔だった。
「フフ、二人ともありがとう」
二人の腕を掴み、両手に花状態で腕を組みラニールさんたちの元まで行った。二人とも顔を赤くして何か叫んでいるけど気にしなーい。
「リディア、どうだったんだ?」
ラニールさんがそわそわしている。何だかそれが可笑しくて笑った。
「何だ?」
それを不信に思ったのか、ラニールさんは怪訝な顔をする。
「いえ、シェスレイト殿下に許可をいただいてきました!」
大きな声でその場にいる皆に聞こえるよう言った。
それと同時に歓声が上がる。
「おぉ! リディア様凄いですね!」
キース団長も驚いている。
ラニールさんは穏やかな顔で私の頭を撫でた。
「やったな」
その顔がとても優しく、素直に嬉しかった。
「はい!」
撫でられたままラニールさんを見上げ、お互い微笑み合うと、ルーとオルガに何故か後ろへ引っ張られた。
「薬物研究所にも報告するんでしょ?」
オルガが言った。
「あー、うん、そうだね。ラニールさんもそろそろ晩の忙しい時間になりますよね?」
「あ? あぁ、そうだな」
「また詳しくは明日ご相談しに来ますね」
「あー、明日は無理だな」
「? 何かあるんですか?」
「明日は俺が休みだ」
「えっ!?」
必要以上に大きく驚いてしまった。
「何だ? 何でそんな驚く?」
「だって、ラニールさんて仕事の鬼かと思ってたから、休みなんかないかと……」
キース団長がラニールさんの横で吹き出した。
ラニールさんはキース団長を一睨みし、こちらを向くと頭をガシガシと掻いた。
「あのなぁ、俺だって休むときはある」
「アハハ、そうですよね、すいません」
休みがあるなんて当たり前なのに、そう思ったことが可笑しくなってきて笑った。
ラニールさんは苦笑している。
「あ、なら明日はお暇ですか?」
「? あぁ、特に予定はないが……」
「なら、明日一緒に街へ行きませんか!?」
「はっ!?」
その場にいた全員が声を上げ、こちらを見た。
え、そんな変なこと言った?
きょろっと周りを見ると、マニカがまた何を言い出すんだ、と言った凄い顔をしていた。
「な、何でリディアと一緒に街へ行くんだ!?」
「そうだよ、お嬢!! ラニールさん困ってるよ!!」
「またお前は変なこと言い出したな」
ラニールさんにオルガにルー、と、次々にまくし立てられた。
「そんなに変なこと言った!?」
「言った!!」
全員に突っ込まれた。
「そんな変かな……」
ぶつぶつ文句を言っていると、マニカが明日の予定を言った。
「明日は朝には講義がありますよ?」
「そっか、なら昼から!!」
ラニールさんに勢い良く振り返り言った。
「何しに街へ?」
ラニールさんはたじろぎながら言う。
「街のお菓子を食べてみたくて!!」
昔、一度しか食べたことのない街のお菓子。
今はどんな風なのか、味や見た目、流行り等、色々知りたかったのだ。
それを突然思い付いてしまったのよね。
「なるほど、市場調査か?」
「そうですね、そんな感じ!!」
「そんな感じって」
ラニールさんは苦笑した。
「デートだな」
キース団長がラニールさんに肘で小突きながら言った。
「はぁ!?」
ラニールさんは急に真っ赤になり怒り出した。
「な!! 何言ってんだ!! 市場調査って言ってるだろうが!!」
でもキース団長はニヤニヤしている。
「俺も行く!!」
「え?」
ルーが突然言った。
「俺も一緒に行くぞ。市場調査だろ? 俺、街には詳しいぞ」
ルーは自慢気だが……、
「何で街に詳しいの?」
「えっ」
第二王子であるルーが何故街に詳しいんだ? そのままの疑問だった。
ルーはギクッとし、目が泳ぐ。
「いやまあ何だ、国民を知ることも大事だからな!」
「お忍びで出歩いてるんだね?」
「ハハハ、まあな」
ルーは頭を掻きながら開き直った。
「残念だな、二人きりじゃなくなって」
キース団長がラニールさんにコソッと小声で言ったのが聞こえた。
「お前な!!」
当然ながらラニールさんが怒るよね。キース団長からかいすぎ。
そもそも元から二人きりじゃないし。オルガとマニカも一緒に来るし、と内心一人苦笑していた。
「えっと、じゃあ明日お昼過ぎにこちらへ来ますね?」
「え、あ、あぁ、分かった……」
ラニールさんは戸惑いながらも返事をした。
何だか楽しみになってきたな。
周りでは未だにキース団長始め、騎士たちや料理人がラニールさんをからかっている。
「えっと、じゃあ私は薬物研究所にも報告してきますね!」
「あ、あぁ、じゃあ明日な」
ラニールさんはキース団長をあしらいながら言った。
ラニールさんがからかわれながも、シェスレイト殿下の許可が出たことは、まだまだ盛り上がったままの状態で、名残惜しかったが薬物研究所まで向かった。
「あーあ、もうちょっとみんなと分かち合いたかったなぁ」
「お嬢、時間は有限だから」
「そんな冷静に言わなくても」
ぶつぶつと文句を言っているとルーが爆笑した。
「お前、本当に面白い奴だな。いつの間に騎士たちやラニールとあんな親しくなってたんだよ」
お腹を抱えて笑うルー。
「そんなに笑わなくても。ただ見学に行ったときに仲良くなっただけだよ」
「いや、あのラニールがあんなだとはな!」
ルーは笑いが収まらない。笑われからかわれるラニールさんが気の毒になってきた。いや、私のせいなのかしら? ……、気付かなかったことにしよう……。
薬物研究所へ着くと、控えの間と同様に、皆一斉に結果を聞いて来た。
「シェスレイト殿下の許可をいただいてきました!」
先程と同じように大きな声でその場にいた皆に伝わるよう言った。
歓声が上がり、フィリルさんは私の手を取った。
「リディア様、凄いです!! これから楽しみですね!!」
「えぇ!!」
お互い手を取り合い喜んだ。
「では、皆さんにはお暇なときにお菓子に使えそうなハーブや野菜や果物の選出をよろしくお願いします!」
皆、目を輝かせて返事をしてくれた。
薬物研究所を後にし、ルーは部屋まで送ってくれた。
「じゃあ明日な!」
「うん」
ルーは楽しみだ! とばかりに満面の笑みで手を振り去って行った。
「お嬢様、明日本当に街へ行かれるのですか? あまり無闇に外出されるのは……」
「良いじゃない、出かけてはいけないとか言われてないし」
「まあそうなんですが……」
「大丈夫!! 俺が付いてるし!!」
オルガが得意気な顔をしたが、マニカは溜め息を吐く。
「明日の馬車を手配いたしますね」
「あー、馬車は良いよ。歩いて行くから」
「歩いて!?」
「うん」
王宮から街まで出るのに、それ程遠くはないはず。馬車で出向いて、いかにもお貴族様が来ました、みたいになるのも嫌だしね。
「王宮の門から街の中心部まではそれなりに距離がありますよ?」
「うーん、でも歩いて着かない訳じゃないでしょ?」
オルガが笑った。
「さすがお嬢!!」
マニカの溜め息が響き渡る。
「さて、明日のためにも早く寝るわよ!」
気合いを入れ、夕食とお風呂を済ませ、ウキウキしながらベッドへ入った。明日が楽しみだ!




