第三十話 お祭り
早朝から蒼汰さんと石について話しているうちに、皆さんが起きて来たので、買って来ていた朝食を食べキャンプ場を後にした。
帰りの道中で高速道路に乗るまでの間、なぜか渋滞に巻き込まれ、何事かと思えば近所で祭りが行われているということだった。
田舎でしかも一般的に知られていない土地で祭り。皆さん興味津々で寄り道することに。
少し離れたコインパーキングに車を停め、祭りが行われている場所へと向かうと、古い神社だった。
「ここはパワースポットじゃないの?」
希実夏さんが蒼汰さんに聞く。
「うーん、パワースポットではあるかもしれないけれど、僕らが調べてるような神隠しと関係ある神社ではないね」
「なーんだ。っていうか、蒼汰って本当に異世界にしか興味ないのねぇ」
希実夏さんは残念そうな顔をしたかと思うと呆れた顔をしていた。
それでもそう言いながら並ぶ屋台にウキウキした顔なのが可愛い。
「ね、せっかくだし屋台回ろうよ」
「時間が遅くなっちゃうから少しだけよ~」
洸樹さんが「仕方ないわね」と言いながら笑っている。
その言葉を聞いた希実夏さんと直之さんは「やった!」と小さく口にし、早速屋台に向かってしまう。
私は蒼汰さん、洸樹さん、一哉さんと一緒に。
凄い人混みね。田舎だと思っていたけれど、お祭りにはたくさんの人が集まるものなのね。
花火に続き、お祭りも「リディア」は初めてで何だかそわそわしてしまう。
ふと、浴衣を着ている女の子に目が行った。
「どうしたの? はぐれるよ?」
ボーっとしてしまっていたようで、人混みに流されそうになっていたのを蒼汰さんが庇ってくれていた。
「ご、ごめんなさい! ボーっとしてしまって」
「いいんだけど、どうしたのかなと思って」
すっかり他の皆さんとははぐれてしまったようで、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。あぁ、どうしよう。
あわあわしていると、蒼汰さんはそれが分かったのか、そっと人混みから外れた場所に促してくれた。
「こっち」
「は、はい」
「ちょっとここで休もうか」
「すいません」
屋台が並ぶ参道からは外れ、人気が少ないところで落ち着いた。
屋台のほうを眺めるといまだに凄い人だった。浴衣を着た人も大勢いる。それをぼんやりと眺めていると、再び蒼汰さんが聞いた。
「さっきも人混みを眺めてたけど、何か気になるものでもあったの?」
「え、あ、いえ、すいません、そういう訳では……」
「? 言いたくないことなら言わなくて良いからね? ……でも何だか水嶌さん寂しそうな顔してるから……」
「え?」
寂しそうな顔……、そんな顔をしてしまっているのかしら、自分で気付いてなかった。蒼汰さんに心配をかけてしまったわ。
「あ、いえ、そんな大したことではないのです。その……、浴衣を着ている方を見ていて……」
「浴衣?」
「えぇ、その……、中学生のころに友達とお祭りに行くことになって、そのときみんなで浴衣を着ようという話になったんです」
「うん」
「でも私は浴衣を持っていなくて、祖母にも買って欲しいとは言えなくて……、そしたら友達が貸してくれたんですよ」
仲の良い友達でお母さんに了承を得て貸してくれた。とても優しい友達だった。
「そのことを祖母に話したら、その友達のお母さんにお礼を言って、さらに着付けを習ってくれて、浴衣に似合う髪型まで一生懸命練習してくれて……、とても嬉しかったんです」
「そうなんだ」
「それを懐かしいな、と思い出していただけで……」
蒼汰さんはじっと私の話を聞いてくれる。これは「カナデ」の記憶。私のではない。でもやはり私の中に「カナデ」の記憶がある限り、私の記憶でもある。
それが懐かしくもあり、寂しくもあり、なんだか複雑な表情になっていたようで……。
蒼汰さんはそっと私の頭を撫でた。
「!?」
私が驚いた顔をしたので蒼汰さんが慌てて手を離す。
「ご、ごめん。なんだかやっぱり寂しそうだな、と思って」
「…………」
寂しい……、そう、寂しかったのかもしれない。優しかった祖母はもういない。「カナデ」の記憶で寂しいと感じているだけなのだとしても、今はそれが「私」だから。
再び蒼汰さんはそっと頭を撫でてくれる……、あぁ、駄目、なんだか……泣いてしまいそう。
俯き必死に涙は堪えた。
蒼汰さんの優しさが嬉しかった。優しい蒼汰さんの手が温かく、心までじんわりと温かくなるような気がした。
「ありがとうございます、大丈夫です」
顔を上げた。
蒼汰さんは心配そうな顔をしていたが、ニコリと笑って見せると同じように微笑んでくれた。
「あー! 蒼汰! やっと見付けた! こんなところにはぐれるなよ!」
直之さんと希実夏さんが駆け寄って来た。
「奏ちゃんどうかしたの? 大丈夫? 人混みに酔っちゃった?」
希実夏さんが心配そうに顔を覗き込んでくれる。
「いえ、大丈夫です。人混みに流されそうになってしまい、蒼汰さんに引っ張り出してもらいました」
「ハハ、なにそれ」
希実夏さんは笑いながら蒼汰さんの肩をバシバシと叩いています。
いいなぁ、仲が良くて……。
えっ!? いいなぁ、って、そんな……、ね。蒼汰さんと希実夏さんは幼馴染なんだから当たり前じゃないの。私とオルガだってそうだったじゃないの……、うん。
「ねぇ、蒼汰! 射的やってよ!」
「は?」
「めちゃ可愛いぬいぐるみがあるんだけど、私も直之も全く落とせなかったのよ」
「えぇ!? 僕もそんなの得意じゃないよ」
「いいからいいから、とりあえずやってみてよ」
希実夏さんは無理矢理蒼汰さんの腕を引っ張って行ってしまいました。
「奏ちゃんもやってみる?」
直之さんが二人に付いて行こうと促してくれる。
「え、私は無理です!」
そもそもやったことがないし。
「大丈夫、大丈夫、俺が教えてあげるから!」
そう言いながら直之さんに手を引っ張られてしまいました。
射的の屋台に到着すると、希実夏さんが欲しいぬいぐるみとやらを指差しています。
「あれ!」
「なにあれ……、ブサイク……」
「ちょっと! あれはブサカワなのよ!」
「えぇ……」
見ると何だか謎な生物のぬいぐるみが……、ブサカワ……。
蒼汰さんが明らかに引いているような……。
「佐伯の趣味は置いといて、まずは奏ちゃんからいこう!」
「えぇ!?」
思わず大声を出してしまいました。恥ずかしい……。
「大丈夫だって、俺が教えるから」
そう言いながら直之さんは射的の銃を構え見本を見せてくれます。そしてどうやって合わせるか、とか細かく教えてくれてから、私に銃を手渡し、そして背中側から私の両手を支えてくれました。
うっ、なんだか近い気が……。
「直之、近いから」
希実夏さんではなく、蒼汰さんが注意してくれ、気付くと襟首を引っ張られた直之さんが後ろに後退っていました。
「なんだよ! いいじゃん、ちょっとくらい!」
ちょっととは一体……。
「駄目」
いつもより強い語尾で言い切った蒼汰さん。それが私だけでなく、直之さんや希実夏さんにも珍しく思えたらしく、少し驚いた顔をしていた。
「な、なんだよ……、蒼汰は奏ちゃんと二人きりだったくせに」
拗ねたように口を尖らせ直之さんがぶつぶつと言っている。それでも直之さんは蒼汰さんに従い、私から数歩後ろに下がった。
「と、とりあえず奏ちゃん、やってみたら?」
希実夏さんが言った。えぇ、やはりやるんですか……、き、緊張します。
直之さんに教えてもらった通りに狙いを定め打つ。
打ったはずなんですが……、何だか訳の分からない方向に飛んで行き、これまた妙なぬいぐるみに当たりました。
「おめでとう!」
射的のお兄さんが当たったものを手渡しくれました。
な、なんでしょう、これ。
「なになに~!?」
みんな興味津々で覗き込んできます。
そしてみんな「…………」と無言。
「なんだろうね、これ」
蒼汰さんが口にすると、皆さん盛大に笑い出しました。
「なにこれ~! なんか可愛い!」
「可愛いか!? 佐伯の可愛い基準が分からんわ!」
クマのような猫のような、よく分からない動物らしき形をし、何だか写実的なお顔で……。
その動物の頭に釘を刺されたようなオブジェとチェーンが繋がっていた。
「フフッ」
私も思わず笑ってしまい、それを見た蒼汰さんも笑っています。
「さて、蒼汰はあのぬいぐるみ取ってね」
「えー……」
促された蒼汰さんは仕方ないな、とばかりに溜め息を吐きながら銃を構えた。
何発か打ち込みどれも命中している蒼汰さん。凄いな、と感心しながらその背中を見詰める。
最後の一発も命中した。したけれど……。
「お兄さん、これズルい~!! 当たってるのに落ちないとか駄目じゃないのよ!」
希実夏さんが射的のお兄さんに詰め寄っている。
全部命中したのに落ちないと、確かに不満を言いたくなるのも分かる。
「ハハハ、残念! 当て方にコツがあるんだよ」
「えー、どんな!?」
「それを言っちゃったらすぐ終わっちゃうでしょ」
お兄さんは苦笑していた。
「佐伯、仕方ないじゃないか、そういうものなんだから諦めなよ」
蒼汰さんが希実夏さんを宥めている。
「おい、お前らいつまでやってんだよ」
後ろを振り向くと一哉さんと洸樹さんが手にいっぱい食べ物を持って立っていた。




