第二十三話 二人の誤解
私はというとどうにも二人が気になり、仕事中にもかかわらずチラチラと二人を見てしまう。
しかし二人とも大人ね。特に意識するでもなく、洸樹さんは淡々といつも通り仕事をこなし、一哉さんはビールと夕食替わりの軽い軽食を注文し、それを飲食しながらスマホをいじったり外を眺めたりしている。
「奏ちゃん、そろそろ上がりだけど、今日は蒼ちゃんが来ないわよね。大丈夫?」
「はい、そんなに遠くないですし」
「本当に? 心配だわぁ、蒼ちゃんのバイトが終わるまでここにいる?」
「い、いえ! そんなご迷惑かけられません」
洸樹さんが心配してくれるのは嬉しいが、いつまでも蒼汰さんに甘える訳にはいかないし。
「ん? 奏、一人で帰るのか? 俺が送っても良いぞ?」
その会話が聞こえたのか一哉さんが声をかけてきた。
「え、いえ! とんでもない! 大丈夫ですから!」
いつも蒼汰さんにも悪いと思っているのに、一哉さんにまでそんな二度手間をさせるなんて!
「待ってる間暇だしな。たいした距離じゃないんだろ? なら送って帰って来たら、ちょうど店も閉店くらいじゃないのか?」
「そうね、奏ちゃん、一哉に送ってもらいなさい」
「え、えぇ……、皆さん、私を甘やかし過ぎですよ……」
皆さんの優しさが有り難過ぎて、私は駄目人間になってしまいそうです……。
「ブッ、別に甘やかしてる訳じゃないがな、ブフフッ、いや、まあなんだ、さすがに夜遅いし送られとけ」
「フフ、そうよ、この辺り、夜になると人通り少ないから危ないし」
「は、はい……、すいません、ありがとうございます」
そんな会話を繰り広げ、結局一哉さんにアパートまで送ってもらうことになり、夜道を二人で歩く。
「奏さあ」
「はい?」
「お前、洸樹から何か聞いただろ」
「え! え、あ、あの! えっと……」
唐突に問われあからさまに焦ってしまった。そのせいで余計にバレたらしく、一哉さんが吹き出した。
「ブフッ、お前、隠し事下手過ぎだろ。ずっと俺と洸樹をチラチラ見てたからすぐ分かったぞ」
「え! あ……すいません」
「いや、別に謝らんでも」
そう言いながらもずっと笑っている一哉さん。
あぁ、もう何やっているのよ! 洸樹さんに聞いたことがバレてしまうなんて。
「洸樹、なんて言ってた……、あー、いや、今のなし。これから話すんだしな。あいつから聞かないと意味ないよな」
「そうですね……」
一哉さんは頭をガシガシを掻きながら苦笑した。
この後二人で話すのだから、私が余計なことを言ってはいけない。それだけは確か。
「送っていただいてありがとうございました」
「あぁ、しっかり戸締りしろよ?」
「わ、分かってますよ! 子供じゃないんですから!」
「ハハ、じゃあな」
そう言いながらひらひらと手を振りながら去っていった一哉さん。このあと二人の話し合いが上手くいって、仲直り出来ますように。祈る気持ちで一哉さんの背中を見送った。
一哉が店に戻るともう閉店間際で最後の客も会計をしているところだった。
洸樹と目を合わせ、先程まで座っていた席に戻る。
最後の客の会計を終えた洸樹は扉に閉店の札を掛け、そして一哉のほうへと向かった。
「おまたせ」
「おう」
「何か飲む?」
「あー、じゃあスコッチをストレートで」
洸樹は小さめのグラスに入れたスコッチを二つ用意し、一哉の目の前に座った。
「一哉と一緒に飲むのは初めてね」
「あー、そういやそうだな」
高校卒業と同時に連絡を絶った。そのことが二人を無言にさせた。
「ごめん、あのときいきなり連絡を絶って」
「…………理由は?」
「…………その…………、私は一哉のことが妬ましかった」
「は?」
洸樹は奏に話した言葉をなぞるように一哉に伝えた。
なぜ女言葉になったのか、そのときの辛かった気持ち、その後変わらない態度の一哉に抱いた感情。
一哉の優しさが、嬉しくもあり、辛かった。惨めな気がした。自分がとても小さい人間のような気がした。そのことを素直に伝えた。
「私は一哉のような人間になりたかった」
「…………」
洸樹は怖くて一哉の顔が見れないでいた。一哉はどう思ったのだろうか、そのことが不安になり目を逸らす。
一哉は深い溜め息を吐き、洸樹はビクッとした。
「はぁぁあ、なんだよそれ」
「…………」
「そんなことで俺との連絡を絶ったのか?」
「ごめん」
「謝ってほしい訳じゃなくてだな。馬鹿だろ、お前」
「え……」
いきなり馬鹿だと言われ、洸樹は驚き顔を上げた。
「お前な、俺がそんな完璧超人だと思ってたのか? 馬鹿にもほどがある」
「…………」
「俺が変わらなかったのは別に優しさでもなんでもない。そらあんないきなり女言葉なんかになったら驚くに決まってんだろうが!」
「え……、そうなの?」
「そうだよ! 驚いたに決まってんだろ! でも、お前のことは親友だと思ってたし、そんな言葉遣いになるってことはきっと何かあったんだろうな、と思ったし、俺に相談してくれなかったのは悔しかったし、でも、女言葉で話し出したお前は晴れ晴れした顔をしてたから、それで良かったんだろう、と自分を納得させただけだ!」
少し声を荒げながら一気にまくし立てるように話した一哉はさらに続けた。
「しかも俺はお前が羨ましかったしな!」
「え!? 羨ましかった!?」
「そうだよ! 面構えが男前とかは関係ねー! それは俺も男前だしな!」
自分で男前だと言い切る一哉に少し笑いそうになるが、洸樹は黙ったまま聞いた。
「お前は誰にでも優しいだろうが。それは俺にはない。まあ優しくする義理もないと思っているからそれは良いんだが、お前のそういう誰にでも親切にしたり優しく手を差し伸べるのは凄いと思ってたんだよ!」
「でもお前はお前、俺は俺でしかないんだから、他人を羨んだところでどうしようもないだろうが!」
「そんなことで俺との連絡を絶つとかありえねーんだよ!!」
一気に言い切った一哉は目の前にあったスコッチを一気に飲み干した。カラになったグラスを勢いよくダン! と置くと、そのまま肘をテーブルに乗せ、洸樹に詰め寄る。
「お前は!! そうやって自分で卑屈になるたびに他人と距離を置いていくのか!!」
「あ、あぁ……、ごめん……、本当にごめん……」
そう言った洸樹はボロボロと涙をこぼした。
「お、おい! いや、泣くとかありえねーだろ! おい!」
焦った一哉はオロオロしだす。大の男が泣き出すとかありえない、お互いがそういう気持ちだった。
そして二人して苦笑するのだった。
「ごめん、まさか泣くとは自分で想定外だった」
「いや、マジでありえねーから」
お互いの心のわだかまりが解け、ようやくお互い心から笑い合えた。それが嬉しく、新鮮な気分でもあり、二人はその夜、離れていた十年分の時間を取り戻すかのように酒を飲み語らうのだった。




