猫信者の小話集〜300話記念〜
こんにちこんばんは。
猫信者の話と言われて特に思いつかなかったので、思いつくままに書いたら一場面集的なものになった仁科紫です。
少し遅くなりましたが、300話記念の番外編です。ここまで続くとは思っていませんでしたが、まだ完結しそうにないのでまだまだ頑張って書こうと思います。
それでは、良き暇つぶしを。
これはチェシャの魅力に魅入られた結果、チェシャの為にひたすら頑張るとある信者たちの物語である────
〜猫教団団長の憂鬱〜
「えっと、今日の見周り場所はっと...。」
「猫様の近くだ!」
「いーなぁ。私、遠いや...。」
「どのお仕事も全ては猫様の為になるのです!今日も猫様に感謝を!」
「猫様に感謝を!」
ここは猫教団の本拠地があるキャロル王国、始まりの街ルイス。そこでは今日も今日とて我らが崇め奉る猫様の為にと予定を確認する信者たちで溢れかえっていた。
「うんうん。やっぱり、情報伝達は紙じゃないとね。」
「いつの時代の話をしているんですか。副団長。」
その様子を貼り紙が貼ってある場所から離れたテーブルで眺めていた副団長は満足気に頷き、一方の団長はその様子に呆れ返っていた。何せ、この仕組みをわざわざ作ろうと言い出したのはこの副団長なのである。これには思わず団長も頭を抱えた。
そもそも、わざわざ紙媒体になどしなくても情報伝達は全てデータのやり取りで済む話なのである。余計なひと手間を加える意味を団長は見いだせなかった。
更に、猫教団は各地に拠点を既に設けており、その全ての場所でこの仕組みを作ろうと言い出したのだから、その手間はひと手間どころではなかったのである。後先考えない、癖のあるこの副団長を団長はいつ解任してやろうかと日々、機会を伺っていた。...まあ、これはこれでなかなかに優秀な人材ではあるため、そう簡単にはいかないのだが。
「むふふ〜。それはそうと、今日は新人の子、見てあげるんじゃなかったの?」
「当然です。貴方も行くんですから、今日は猫様を覗き見するのは諦めてくださいね。」
忙しいんですから、と団長は言うものの、副団長はそれに対して不満だという態度を隠さなかった。
「えー。いーじゃない〜!」
「はぁ。そんなだから、私が団長をする羽目になったのですよ?分かってますか?」
団長が言うことは事実である。上記からもわかる通り、この副団長は自由すぎるのである。本来ならば、副団長は猫様ファンクラブ会員No.1であり、名誉会長でもあるにも関わらず、教団では副団長という立場に収まっているのにはそういった理由があった。全てをチェシャ基準に動くのは構わない。しかし、それでは一体、誰がこの集団を纏めるのか。そういった経緯で団長に就任したクローは時折、後悔するのであった。
「ホント、なんで私が団長なんでしょうね。まあ、私とて猫様への愛は負けていませんが...。」
副団長に聞こえない程度の声でそうボソッと呟く。いつもの事だ。
「何か言った〜?」
そして、その言葉をこの副団長が聞き逃すのも。溜息をつきたくなる気持ちをグッと抑えて待ち合わせ場所の西門の前へと向かうために椅子から立ち上がり、副団長を置いてスタスタと歩き出す。
「言ってません。さあ、そろそろ行かないと集合時間に遅れますよ。」
「あー!待って〜!」
〜ある日の猫様観察〜
「あっ!猫様発見!」
「え!?何処!?何処!?」
「えー。あそこだよー。」
「あそこで分かるわけがないだろ!?」
ある日の夕暮れどき。ふと見上げた屋根の上にその黒くてふわふわとした可愛い生物がいた。それを俺たち猫信者は『猫様』と呼ぶ。
「もー。あそこだって。ほら、あの屋根の上。」
「あ。ホントだ。ラッキー。」
ふといつもならば見ることの出来ないその姿に思わず口角が上がる。そして、その思いはいつもならば行わない行動へと繋がってしまった。
「なぁ。猫様を警備しねぇ?」
「はぁ!?上の方にバレたらお前、タダじゃすまねぇぞ!?」
街中で出すには大きすぎるその声に周りの人々の視線が集まり、慌てて大きな声を出した方は誤魔化すように愛想笑いをしてペコペコと頭を軽く提げていた。
そして、その原因となった友人であり、同志である俺に声を潜めて訴える。
「お前は!何を考えているんだ!?」
「いいじゃーん。ほら、たまーに他の奴らもやってんだけど知らねーの?」
ほら、あそこっと指さす方向を自分も一緒に見るとそこには間違いなく見覚えのある奴らがこそこそと猫様の後ろをついて歩いているところだった。
「うわ。...なんで猫様は気づいてないんだ?」
「あの範囲から近づくとバレる...らしい。まあ、多分街中だし、あんまり気にしてないのかもね。」
その言葉通りかは分からないが、確かにそれ以上近づくと猫様はたたっと足を早めて進んでしまう。
「へぇ。確かにずっと視線に気づいて逃げ続けるなんて出来ないしな。そっちの方が気持ち的に楽だろうな。...なんせ、アイツらだけじゃないみたいだし。」
周囲を見渡すだけで猫様を見ている人を他にも見つけることが出来るくらいなのだ。確実に他にも大勢いる事だろう。
「仕方ねぇだろー?なんせ、マスコットAIの白うさぎの一人、ラビからも日々観察されてんだぜ?それなら俺らもってなっちまうもんだろ。」
「...まあ、分からなくはないが...。」
だからと言ってストーキングはどうかと思う...と、続くんだろうなぁと考えたあとでストーキングも監視も似たようなものだなっと思い直し、その対象でありながらも何も知らない我らが猫様に同情を禁じ得ないのであった。
〜新人猫信者の試練〜
「やぁあああっ!!」
「まだまだ!腰が引けてるよっ!!」
「...っぎゃぁあああっ!?」
そこは初心者向けの敵である鼠しか存在しない平原だった。そこでは多くのプレイヤーたちがスキルを研いたり、戦闘の練習をしたりしている。その集団もまた、そういった人々の一部のもの達であった...が、他とは違うことがあった。それは熱気である。まるで、訓練を受ける騎士か何かのように真剣だった。
「くそっ。」
「ほらほら!その程度なの!?」
「んなわけあるかぁああっ!!」
片やプレイヤーとは言えど熟練の戦士のように動いて攻撃を全て捌ききり、片やその涼しい態度を崩さんと全力を尽くして斬り掛かる。しかしながら、やはりそこは経験に差がつくというもの。あっという間に一方は弾き飛ばされてしまった。
「ぐぁっ...!」
「ふふーん。まだまだだねぇ?しょーねん?」
大の男を少年と嘲笑い、得意げに笑う女性は猫教団の初期の頃からのメンバーである。戦闘を好み、暗躍に成功しないことから、主に新人の戦闘訓練を任されていた。今日もその一環で平原でこうして後輩に訓練をつけているのである。
「うるっせぇ。もう一戦だ!」
「まだやるの?私、もう君の相手は飽きちゃったんだけど。」
そう言って女性はため息をつく。
(正直、これ以上やっても意味ないでしょ。)
女性が心の中でそう思うのも無理はない。言葉では突き放すように言ったものの、彼女からするとこの新人はもう十分なのである。武器を振るのにも慣れ、どう動けば相手の嫌な場所を突けるのかを知り、体が思考に追いつくようになっている。危機が迫れば反射的に防御出来るようにもなった。後は実戦でしか経験できないことを経験した方が寧ろ伸びるのである。
しかし、そうは思っても言葉にしなければ伝わらないのが人間というもの。新人である男性は目を見開いて驚いた。
「え!?なんで!?」
「いや、なんでって...」
そう言われ、一瞬どう答えたものかと思案したものの、思ったままの事実を伝えることにした。
「動きは単調だし。」
「うっ。」
「学習しないし。」
「がはっ。」
「いちいち叫んで喧しいし暑苦しいし。」
「...。」
おや?静かになったなと女性が後輩である男性を見ると、随分と精神的ダメージを受けたのか、地面に這いつくばって項垂れていた。
「どうしたの?」
「うっせーよ。どーせ、俺は馬鹿で暑苦しくてどうしよーもねー猫バカだ。...猫様のために強くなりたかったってのに...。」
ふむ。その意気やよし。しかしながら、そうは言ってもこれ以上はどうにもならないのだから仕方がない。そこまで考えて、ふとピンと来た。
「じゃあさ、これから狩りに行こうよ。ちょうど倒したい敵が居たんだよねぇ。」
その言葉にパァっと顔を輝かせる男性。それを見て女性はニヤリと笑う。
(いやぁ。弄りがいがある子だね。私直々に育ててあげるんだから、感謝しなよ?)
「ふふふ...。」
その後、男性はこのとき頷いたことを少しばかり後悔することとなった。
「ぎゃぁああっ!?蜘蛛!?蜘蛛はまだ早いと思ってたんだが...!?てか、囮って...酷くない!?」
「あはは。そう言わないの。君じゃ攻撃が通らないんだから仕方がないでしょ。
ほら、走って走って〜。走らないと食べられちゃうよ〜。」
「ひ、ヒィイイイイッ!?」
何はともあれ、今日も猫信者たちは崇拝する猫様ことチェシャのために頑張っているのである。
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください