黒井咲絺の高校時代〜三人称〜
こんにちこんばんは。
書くのって結構精神的に疲れるなと思った仁科紫です。
こちらは三人称...つまり、初めに書いた方となっております。一人称の方を今後書く予定ですが、時間をかけたものなので勿体なく感じてしまい、投稿することにしました。
それでは、良き暇つぶしを。
ある日、黒井咲絺は高校の卒業アルバムを開いていた。理由は単純だ。実家にあったはずのそれを母が邪魔だからと郵送してきたからである。咲絺としても要らないから捨てたいものだったが、そうは言っても思い出は思い出。見るとそれなりに思い出すものはあった。
「懐かしいわね...。」
もう今となっては覚えていない顔や出会うこともなくなった顔が並ぶ中、思い浮かべる3年間に特にこれといっていい事も悪い事もなかったことに思い至った。...まあ、中高一貫校であったから、思い浮かべる記憶は6年間と言うべきかもしれないが。
ある意味、だからこそといった一面はあったなと懐かしい記憶を咲絺は掘り返すことにした。
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入学式。その単語から連想されるのは輝かしい門出か、初々しい緊張か。何はともあれ、新入生は新しい学校生活への期待に満ち溢れていることだろう。
しかし、その例を外して高校一年生となった咲絺は憂鬱な気持ちでその日を迎えていた。なんてことはない。高校から入ってくる新しい同級生や誰が同じクラスメイトになるのかが不安で仕方がないのだ。
もともと、友人と呼べる人物はおらず、当たり障りのない会話ができる知り合いのような人も少ない咲絺である。例え友人とは呼べずとも話せる人がクラスに何人いるのかというのは咲絺にとっては一大事である。それで一年の過ごし方が決まるようなものであるため、ワクワクと言うよりも心配のドキドキの方が大きかった。
ドキドキという点で言えば、教室の位置にもあった。中高一貫校であったことから通学には新しさを感じないが棟の位置が違うため、違和感を感じたのだ。そこは同じ敷地内にあるとはいえ、今までは部活動などで用がなければ立ち入ることさえなかった場所。
何時だって今まで入ったことのない場所というのは咲絺の恐怖心を煽る。本当にここに居てもいいのか。誰かに咎められたりしないだろうか。怒られることを極端に嫌う性質であったが故のその違和感は、分かるものにしか理解できないであろう。
閑話休題
県外の高校へと向かう兄の登校時間に合わせて家を出る咲絺は朝礼の一時間ほど前に学校に着く。それはもはや習慣づいていたが、一つ難点があった。それは...居眠りである。
「おい。起きろ。黒井。」
「...ふぁ...!?お、起きてます...!」
「いや、寝てただろ...。」
朝早くに着いた咲絺はクラスを確認し、話せる人物が2人ほど居ることにホッとした。余った時間を持参した本を読んで潰した後、入学式に参加していた。
その途中、端の方に座っていた咲絺は中学の頃に担任であった数学の教師に起こされた。どうやら、端であるこの席は教師が座る席から近く、見つかりやすかったらしい。
肩を叩かれ、起こされた咲絺はいつの間にか寝てしまっていたらしいことに気まずさと恥ずかしさを感じながらも、小声で起きていたと主張した。明らかに寝ていた咲絺に呆れながら、その教師は式の真っ只中であることから注意に留めることにしたようだ。直ぐに咲絺から離れ、他に寝ている生徒の元へと向かった。恐らく、咲絺のように起こされるのだろう。
(今度は、起きていないと...!)
そう思いながらも既にうとうとと船を漕ぎ出してしまった咲絺はどこからどう見ても不真面目な生徒に違いない。
しかし、本人は至って真面目であり、それは中学時代を知っているもの達の間では周知の事実であった。周りの認識はこうである。
『黒井咲絺は真面目である。しかし、居眠りだけは酷い。』
起きていようとしているのはよく分かる。何故ならば、机に伏して寝るのではなく、座ったまま頭をフラフラと揺らしながら寝てしまうからだ。寝ていたことを注意すれば素直に謝り、学校生活も真面目に過ごして問題を起こすこともない。
しかし、机に頭をぶつけそうな程に前に倒れたかと思えば上体を起こし、前後に揺れているだけかと思えば左右に揺れ...と、本人に自覚はなくとも周囲は見て知っている。初めてそれをクラスメイトから聞いた時は驚いたものだった。...ついでに、そのクラスメイトからは『見ていて面白いから起きれる。』と感謝なのかよく分からないことを言われた日には、『私が起きたいんだけど!?』と叫んでいる咲絺の姿があったとかなかったとか。
閑話休題
何はともあれ、清々しい晴れの日に行われた入学式はそうして過ぎ去っていくのであった。結局、咲絺は式の4分の1程を夢の中で過ごすことになったが。起きていたのは新入生の名前を呼ばれたときや新入生代表の答辞、担任発表くらいである。校長先生の話や来賓のお言葉はどうしても眠たく、うとうととしていてほとんど聞いていなかった。...が、今の関心は別のところを向いていた。発表されたばかりの担任の先生のことである。
咲絺は教室に向かい、指定された自身の席へと着席すると、顔見知りのクラスメイトである熊田瑠花とそれを話題にして話していた。この熊田というクラスメイトは目立たない生徒ではあるが顔が広く、『くまちゃん』と呼ばれて親しまれていた。咲絺に話しかける珍しい生徒の一人であった。
「まさか、担任の先生が高本先生になるなんて...。」
「わかる。あの先生、いい先生ではあるんだけど...。」
高本先生とは中学時代、国語を担当していた女性の先生の事である。少し変わった先生であり、文章を書かせることや人前で発表させることが好きな先生であった。例えば、授業の一環として『憧れ』をテーマに文章を書け、であったり、オススメの本について教壇に立って3分ほどで発表しろ、といったものである。人前で話すことが苦手な咲絺からしたら地獄のような時間でしかなかった。
恐らく、高校でも古文か国語のどちらかを担当するのだろう。とはいえ、咲絺が憂いているのはそこではない。問題は...
「絶対、何かしらの発表をさせられるよね...。」
「だよね!私も嫌ー。」
はぁ。と顔見知りの熊田ははぁっとため息をつく。その先生はホームルームで生徒に何かの発表をさせることで有名であったのだ。例え些細なものであったとしても人前に立つことは心臓に悪いものでしかない咲絺にとっては最悪でしかなかった。
とはいえ、悪いことばかりではない。高本は国語の先生であるため、ほかの先生にはない特典があった。それは教室に先生オススメの本が学級図書として置かれることである。本好きであった咲絺にとってそれだけは最高の環境であった。
「みんな揃ってる〜?」
唐突に教室の扉が開き、担任となった高本と副担任となった体育教師である男が入ってくる。それを見たクラスメイトたちは慌てて自身の席へと戻って行った。
「みんなも知っていると思うけど、高本涼子です。よろしくお願いします!
高校生は初めて担当するからすっごく緊張しているんだけど、同時に凄く楽しみにしています。受験のことや、学校生活など相談したいことがあったら是非、相談してね?
...あ。もちろん、恋愛相談も受け付けてるからね〜!」
恋愛相談のところで聞いていた生徒たちは苦笑混じりの笑いが起きる。恋バナ好きであることで有名であったため、相変わらずだという感想をもつ生徒が大半だったからだろう。
その後は委員会決めへと進み、中学の頃に委員長になった事のある生徒が委員長となり、その生徒と仲のいい生徒が副委員長となっていた。これはいつもの事であり、基本的に委員長と副委員長は友人同士でなることが多い。
実は、咲絺は一度委員長になった事がある。中学生の頃の話であったが、その頃は誰もが委員長になることを避けたため、ホームルームの時間だけでは決まらず放課後にまで時間が延長され、面倒くさがった咲絺が手を挙げたことで決まったという咲絺の中では黒歴史となった出来事であった。そのときの副委員長は話せる相手ではあったため、特に苦労はしなかったが。
閑話休題
そこからの進行は委員長へと変わり、書記を副委員長が務めつつほかの委員を決めていった。ところが、やはり決まらない委員は出てくるわけで、今残っている枠は図書委員が一枠と美化委員が二枠であった。
「図書委員、やりたい人居る?」
そう言われ、さっと手を挙げる咲絺。
そのとき、咲絺の心の中にあったのは面倒臭いの一言だった。何が面倒臭いのか。この頃の咲絺は無駄な時間を嫌う傾向が強かった。そうなると、この話し合いの時間も咲絺からしたら無駄でしかないのである。無駄な時間は少ない方がいい。そう考えたが故に、なかなか決まりそうにない図書委員を引き受けることにしたのだ。
しかし、何故図書委員がなかなか決まりそうにないのか。それは図書委員というのは一部の生徒には人気があり、取り合いになるのだが、他の生徒からすると時間がとられる面倒な委員会のため人気がなかったということにあった。たまたま今回のクラスには図書委員をやりたがる生徒が一人しか居なかったことにより、枠が余ってしまったのだ。
これは絶対に時間がかかる。そう考えていた生徒は他にもいたらしく、無事に決まって安堵の表情を浮かべているものがチラホラと見受けられる。
(自分勝手だね。)
そう心の中で毒づきながらも咲絺は我ながらいい仕事をしたなと自画自賛をした。これで後は2枠残っている美化委員のみである。こうなれば、適当な生徒が友達同士で連れ立って美化委員になるという流れがあり、そこで委員会決めは終了した。
...ただ、一つ誤算があったとするならば。
「では、無事に委員会も決まったので、一人一人の今年の抱負を聞きたいと思います!じゃあ...勇樹とさっちゃんでジャンケンして勝った方からいこっか!」
時間が余ったことで高本が抱負を生徒に発表させようとしたことだろう。
因みに、高本は生徒にあだ名をつけて呼ぶタイプの教室で、咲絺の事は咲絺と呼んでいる。さちという名はさっちゃんと呼んできそうなものだが、同じクラスに和田幸という少女が居たため、そちらをさっちゃんと呼んでいるのだ。咲絺としては変なあだ名をつけられなくてホッとしているのだが。
閑話休題
ジャンケンに勝った勇樹と呼ばれた生徒から抱負の発表は始まることになった。咲絺の出席番号は15番であり生徒の人数は35人のため順番的には真ん中より少し早いくらいになるが、少し遅いか早いかの違いであり、大した差はないなと咲絺は思った。
抱負と言っても大抵の生徒が面倒くさがって適当に一言で終わらせていく。『テストでいい点数を取れるように頑張る』『ダイエットに成功する』『部活で結果を出す』『腹筋を割る』など、様々な抱負を言っていく中、咲絺は悩んでいた。
(どうしよう。何も言うことがないんだけど...。)
というのも、咲絺からすると突然抱負を聞かれても困るだけなのだ。何せ、日々をなんとなく過ごし、テストは赤点さえ取らなければどうだってよく、暇つぶしに本を読んで過ごすような生活をしている咲絺である。何を言えというのか。と、そこまで考えてふと思いつく。これならば良いだろうと思った頃には一つ前の人の番になっていた。危なかったなと思っていると、咲絺の番が来たようだ。
「じゃあ、咲絺ー。」
「はい。」
当てられて立つと一斉に視線が集まる。咲絺はこの瞬間が一番嫌いだ。...まあ、好きな人などよっぽどの目立ちたがり以外には居ないだろうが。
さっさとこの時間を終わらせるべく用意していた言葉を少し早口になりつつ言う。
「今年こそは居眠りを少なくしたいと思います。」
そう。咲絺はずっと気にしていた居眠りを少なくすることを抱負にと思い、言ったのだが...まあ、周りの反応はお察しとも言うべきものであった。
『無理だろ!?』
そう言われずともそういう視線を感じつつ、さっと座る。咲絺とて分かっている。居眠りとは治そうと思って治るものではないと。しかし、これしか思いつかなかったのだから、仕方があるまい。面倒臭いことは割り切ってさっさと終わらせる咲絺らしい抱負であった。
...因みに、その後、やっぱり他になかったかな。なんて考えてしまうのは人間の性と言えるのかもしれない。
こうして高校一年生の初日は過ぎ去っていくのであった。
それでは、これ以降も良き暇つぶしをお送りください。




