この世界の悪役令嬢はどこかずれている
俺の名前はラテル。公爵家の坊っちゃんだ。
そのわりには名前が素朴すぎないか?と皆さん思うだろう。
仕方ないのだ。俺は身分こそあれ、顔フツー、勉強フツー、運動フツー。友達もフツー。もちろん特異な能力もない。つまりモブ中のモブ!それが俺。
前世でトラックに……(略)……異世界転生……(略)……記憶を取り戻し、ここが乙女ゲームの世界だと気がついた。
といっても妹がやっていたから知っている程度の知識しかない。分かるキャラはヒロインのモモと、攻略対象の第一王子カイン、その婚約者で悪役令嬢のイザベラだけ。
ここがゲームの世界だと気づいたとき、ワンチャン俺も攻略対象じゃね?と舞い上がったけど、鏡を見てすぐに悟った。あ、モブだ、と。
……いいんだ、少なくとも身分は公爵令息だから。顔は(他も)残念でも、リッチでハイソな一生を送れるはずだ。
さてさて。
という訳で俺は、貴族子女が通う金持ち学校に通っている。さっき話した三人は同学年でクラスも同じ。彼らは見事に乙女ゲームを体現している。
元・庶民で、現・男爵令嬢であるモモは、可憐で前向き。あまたの男を虜にしている。だけれど王子カインが好きなのが、まるわかり。カインもモモにメロメロで、クラスでも授業中でも常に彼女に熱視線を向け、べたべたべたべた。
ここはキャバクラじゃねえぞ!
で、悪役令嬢のイザベラ。
こいつはまあ、悪役の道を邁進している。だがそれが、ちょっとおかしいのだ。
恐らくは本人はモモに対して悪意はなく、単純に婚約者に自分を見てもらいたくて、あれこれ頑張っているだけなのだ。
声をかけたり、ワッと物陰から飛び出してみたり、プレゼントを渡してみたり。内容はちょっとアレだが……。
正直なとこ、いかにも悪役令嬢!っていうキツイ顔のイザベラが、プライドをかなぐり捨てて頑張っている姿は、すごく可愛い。
それなのにアホな王子の隣には常にモモがいて、大袈裟に驚いてスッ転んだり、階段から落ちたり、紅茶を服にこぼしたりする。で、バカな王子は、モモを苛めるなとイザベラを叱責する。ついでにその他のモモの取り巻きたちも。
どうしてあれが苛めに見えるのかが不思議だが、ゲームの強制力なのかもしれない。
俺は関わりたくない。だけどイザベラは可哀想だし、毎回のアイディアは面白いと思っている。
だから、人気のないところでひとり泣いている彼女に、気づかれないようひっそりハンカチとクッキーを差し入れている。
あるときイザベラが友人たちに、何がいけないのかな、と相談しているのが聞こえてしまった。
「……もう少し、控えめにしてみたらいかがかしら」と友人A。
「控えめにしているわ」とイザベラ。
「廊下の角から、狼の被り物で出て来るのは、誰でも驚くと思うの」友人……以下略。
「カインは動物の中で一番狼がかっこよくて好きだって」
「贈り物に透明標本は不気味すぎると思うの」
「カインは世界の珍しい品物を集めているというから」
「昆虫入りクッキーは過激よ」
「飢饉に備えての食料計画をすると言うから。昆虫は立派なタンパク質よ」
「タン……?まあ、煎ってすり潰してあったから、香ばしくて美味しかったけど」
「とにかくね、もう少し控えたほうがあなたのためよ」
友人たちが皆頷いているようだった。
「三月には卒業なのよ」と涙声のイザベラ。「なのにまだ、カインは当日のエスコートを申し込んでくれないの。とてものんびりしていられないわ」
一斉のため息。
二ヶ月後の卒業式の後には、お決まりのパーティーがある。
同じ学年に婚約者がいる場合は、男が年末までにエスコートを申し込み、それから二人で衣装を揃える打ち合わせを始めるのが、伝統だ。
なのにあの間抜けなカインは、申し込んでないのか。王子のくせに伝統を守らないとは。
で、卒業パーティーで、イザベラが断罪されるのだろうな。
それは可哀想だ。
「来週はカインの誕生日だけど、そのお祝いにも招かれてないの」とイザベラ。
あっのクソ王子!
婚約者をここまで蔑ろにして、自分は教室をキャバクラ化。人間としてサイテーだな。
「私、誕生日にかけるつもり。二人の思い出の品をあげるの」
「また、おかしなモノではないでしょうね」
「雪だるまよ。婚約した年に、王宮の庭で二人でこっそり作ったの。そうしたら侍従長に、王子と令嬢のやることじゃないと叱られたの。一番仲が良かった頃の素敵な思い出」
友人たちが鼻をすする音が聞こえた。
イザベラ、不憫すぎる。
婚約した年ってのは、たしか入学直前である4年も前だ。絶対にヒロインモモは、もっとラブな良い思い出が沢山ある。
俺も鼻をすすりながら、そっとその場を離れた。
◇◇
そんなこんなで愚鈍な王子カインの誕生日当日。でも平日だから、フツーに学校はある。馬車を降りて、無駄に豪華な昇降口に向かい……。
足を止めて、首を傾げた。
昇降口の脇に巨大な雪だるまがある。日本的なアレではなく、欧米的な三段重ねのヤツだ。
確かに何日か前に大雪が降り、まだそこかしこに残雪があるが、昨日まではこんな雪だるまはなかった。
用務員が残雪をよけるついでに作ったのだろうか。
ぼんやりと突っ立っていると、
「カイン王子のお通りだぞ!」
と声が上がった。
ヤツの取り巻きがごまをすって、いつも道を開けさせるのだ。
メンドクセーと思いながら端によると、モモの腰を抱いたカインが通りすぎて行った。キャバクラの同伴出勤にしか見えねえよ。
そして二人が雪だるまの前で足を止めた。
「あら、可愛い」
「これより大きいものをプレゼントしよう」
なんてバカップルな会話をする二人。
それを聞いて、はっとした。まさか、これは。
そのとき突如として雪だるまが立ち上がった!
にょきりと足が生えている。
しかも枯れ枝の手がすっとんで、代わりに人の手が出てきた。
その右手には、プレゼントらしきリボンを掛けられた小箱があった。
「誕生日おめでとう!」
イザベラの声だ……。
「あれ、カイン、どこ?」
そのトンマは雪だるまの足元で腰を抜かしているぞ。モモと一緒に。
「バッ、バッ、バッ……」とカイン。「このバカ女がっ!もう限界だっ!破棄だ破棄!卒業パーティーなんて待ってられん!婚約は破棄だし、お前なんて追放だ!こ・く・が・い・に、追放!」
雪だるまの手が頭をとった。イザベラの顔が現れる。今にも泣きそうだ。
「……承知致しました」
「はああっ!?」
叫ぶと俺は思わず彼女とクズの間に割って入った。
「バカはテメエだ!クソ王子!イザベラはお前が好きで、振り向いてほしくて頑張ってるだけだろうが!貴様が婚約者を蔑ろにして、他の女といちゃこらしてるのが原因だよな!何、偉そうに追放だとか叫んでんだよ!自分が消えろや!」
「「「「「そうよ!!」」」」」
ものすごい人数の声がした。イザベラの友人たちだ。
「イザベラはそりゃ、キツメの顔だけど!」
「モモみたいに庇護欲をそそるタイプではないけれど!」
「感覚もちょっとズレているけれど!」
「性格はとても良い可愛いコなのよ!」
「それをよく知ろうともしないで!」
「タイプの女の尻ばかり追い回して!」
「この能無しクズ男!」
「ドスケベ!」
「婚約者の気持ちを理解しようとしない王子が、国民の声を理解できるのかしらね!」
「私たちが戴くに相応しい王族と言えるのかしら!」
彼女たちの迫力に、能無しカインは目を丸くし、取り巻きたちは静かに後退した。
カインは第一王子であるけれど、下に四人も弟がいる。そして彼ら全員が成人したら、その能力を精査して王太子を決めることになっている。
「さっ、イザベラ!いい加減、こいつがろくでなしって分かったでしょう!行きましょう!」
と友人たちがイザベラを囲う。
「この雪だるまの着ぐるみ、すごいわね!」
「本物かと思ったわ!」
「街のお祭りに貸し出したら喜ばれるに違いないわ!」
そうして彼女たちは昇降口に入って行った。
俺も、去ろう。
あまりにムカついて、かなりヤバげなことを王子に言ってしまった。
そろりそろりと昇降口に向かうと、中からイザベラの友人がひとり戻ってきて、俺の手を掴んだ。
「ラテルも一緒に行きましょう!さっきは素敵だったわ!」
「え?かなり言葉が悪かったぞ」
「言葉はね。だけどイザベラの味方をしてくれた男子は、この三年間の学校生活で、あなただけよ!」
「……そっか」
俺は胸を張ると、堂々と歩いて色ボケ王子の前を去ることにした。
◇◇
それから、どうなったかというと。
よくある『ざまぁ』的展開は、ほぼない。イザベラ、友人たち、俺。カイン、モモ、取り巻き。皆、フツーに学校に来ている。ただし。
カインは全女生徒に、完全に見下されている。敬意なんて微塵もない。取り巻きたちも、近い状態。ただし最近、それぞれの婚約者に土下座して、許しを請うたらしい。
王室が公式に発表したのだ。
『第一王子カイン。今回の騒動により、王太子決定審査における持ち点から、一万点マイナスする』
だとさ。
その審査がどんなものだか知らないが、マイナス一万点から首位になるのは、さすがに無理だろう。事実上の失格ということだ。取り巻きたちも、さすがに状況のまずさに気がついたようだ。
カインの周囲には誰もいなくなった。モモを除いて。
モモは、この状況なら男爵令嬢の私でもカインの妻になれるかも、と喜んでいるらしい。幸せそうだ。
カインはげっそり痩せて、幽鬼みたいなナリになっているがな。
一方で俺は、めちゃハーレム状態だ。ラブはないけど、ライクが凄い。女子たちから、あのアホ王子によく言ってくれたと、感謝感激雨あられなのだ。
そして婚約が解消となったイザベラと、なんとなく良い感じだ。
泣いている彼女に、ハンカチや菓子を差し入れていたのが俺だと、知られたのだ。俺は秘密裏に行動してたつもりなのに、イザベラの友人にチェックされていたらしい。
ま、彼女の婚約が解消になったと知った時点で、俺は名乗り出るつもりだったから、ちょうど良かった。
あっという間に日々が過ぎ、来週はいよいよ卒業式というとある午後。
学校の中庭のベンチで、イザベラと並んで座る。もちろんふたりの間は45センチの空間有り。
周囲のベンチには友人たち。
「しかしさあ、これがイザベラの手作りとはなあ」
手にした狼の着ぐるみの頭をなでなでする。作りもプロ並み(この世界にプロがいるのかは不明だ)だけど、モフモフ具合がサイコーにいいのだ。
「いい出来でしょう」満足そうなイザベラ。
というか、気になっていたことがあったのだった。
「イザベラって、もしかしたら転生者か?」
「ええっ!?」のけ反るイザベラ。「もしかしてラテルも?」
「やっぱりな」
この世界にタンパク質なんて概念はない。多分、昆虫を食べ物と考える概念も。
「私、イザベラに転生したって分かった時にはもう、カインが大好きでね」
「どこがいいんだよ、あんなチンケなヤツ」
「子供の頃は優しくて紳士だったのよ。だから諦められなくて、悪役令嬢にならないようにカインにアピールしようって思っていたの」
逆効果だったけど、と笑うイザベラの笑顔は屈託がない。もう本当にふっきれてくれたようだ。
「でも、見てる分には、なかなか面白かったぜ。この着ぐるみなんて、商品化できそうだ」
「そうなの。結構、注文が来ているのよ。すでに雪だるまのほうは街の商店街に貸し出し中だしね」
「マジで!?」
「あちこちから、うちのマスコットキャラを作ってくれとか、着ぐるみの劇団を立ち上げようとかの声がかかっているのよ。それから昆虫入りクッキーは、老舗パティスリーが製菓と販売を代行することになったの。利益の何割かは私に入る契約よ」
にこりとするイザベラ。
凄すぎるぞ!
「透明標本は?この世界の技術で作れるものか?」
「あれは私は作っていないの。多分、他にも転生者がいるのね」
「へえぇ」
「それでね。卒業したら、会社を立ち上げることにしたの。『有限会社・着ぐるみ』よ」
「そのまんまじゃないか!」
「……一緒にやらない?」
イザベラの頬が赤い。
「私は現場にいたい。経営をしてくれる人がいると、助かるの」
ふと気づく。中庭で、聞こえるのは鳥の声と木々の葉が風にそよぐ音だけ。
イザベラの友人たちが、息を殺して俺の返答を待っている。
「ひとつ、確認をいいか?」
「何かしら?」
「俺が必要とされているのは、仕事のパートナーとしてだけか?人生のパートナーとしても必要としてくれるのでなければ、うんとは言えない」
イザベラの顔が真っ赤になる。
「そのつもりで、お誘いしたわ!」
「それなら、喜んで!」
キャァァァァッ!という悲鳴が上がり、イザベラと俺の周りに友人たちが駆け寄ってきた。
おめでとうの大合唱を聞きながら、素晴らしき伴侶の手をとって、その甲に誓いのキスをした。
お読み下さり、ありがとうございます。
前作を抑えて書いた反動が爆発してしまいました……。
あまり突っ込みはしないでいただけると、助かります。