第二節「痛快」第三項
「それでどうするの?」
夜の暗闇に紛れて村内の彼女の家に向かい、腰を落ち着けて改めて尋ねると、フレナは難しい顔をする。なにも言わないのでディルは続けた。
「さっきの人が盗賊だとするならそんなに危ない人たちには見えなかったけど」
雰囲気や見た目は危なさ満点なのだが、少なくとも攻撃的ではなさそうだった。
「村も特別おかしなところはないし、なにか危害を加えるようには見えないんだけどなあ」
「なにかあってからじゃ遅いんだって!」
彼女は肩を怒らせて声を震わせた。街から連れられてここまできたわけだが、実際のところそれほど大事ではないような気がしてきた。
「じゃああいつらのアジトに行って話を盗み聴きでもしようよ。そうすれば盗賊たちの真意がわかるでしょ?」
「侵入するのかよ?」
「別にそこまでしなくても……。この村の建物は壁が薄いからね、外からでも話し声は聞こえるよ」
フレナは胸を張る。なぜか壁が薄いということを誇りに思っているらしかった。
「薄いってどんなもんよ?」
「壁に画鋲をさしたら外で盗み聞きをしていた人に刺さったり、少し強めに叩いただけでへこむぐらいに薄いよ」
「……それって大丈夫なのか?」
この時のディルには、外からでも家の中の様子が手に取れるほど壁が薄いというのがどういうことかいまいちわかっていなかった。
「おい、本当に行くのかよ」
「当たり前でしょ。どんなにリュリュを被っていても、私がその化けの皮をはがしてやるんだから」
その日は作戦会議に明け暮れ、気がついた時には窓から朝日が射しこんでいた。
盗賊たちの拠点は昼の内に見つけておいた。その最中に盗賊たちに遭遇したり、フレナの知り合いから話を聞いたのだが、盗賊たちの悪い話は全くと言っていいほど耳にしなかった。
それでもなお彼女は疑っているらしい。村の人たちはやつらに脅しつけられているんだと言って聞かない。
そして再びの夜。あたりがすっかり静まり返った頃、ディルたちは闇に紛れ込み、人目を忍んで走り抜ける。アジトに向かう途中、幸い誰にも会うことはなかった。時間的には深夜といっても過言ではないので、もしかしたら眠っているのかもしれないという心配があった。奴らのすみかの窓から光が漏れているのが見えたのでほっとする。近づくと中からかすかに複数の男たちの話し声が聞こえた。二人は足音を殺し、慎重に壁ににじり寄った。奴らの会話がディルの耳に届く。
「……そういえば昨日怪しい奴らがいたんだがな。この村の人間だって言うからとりあえず入れたけど、別に大丈夫だよな?」
うっ、俺たちのことじゃないか、と内心でうめく。隣を伺うとフレナも苦い顔をしていた。
他人事ではないので真剣に耳を澄ます。しかし他の連中はそれほど気にとめていないようで、すぐに話題は変わった。そっと胸をなでおろす。
「畑はどうなった?」
「順調だ。進みは十分、害獣による被害もない」
「そうか、ならよかった。……この村はそれほど豊かでもないからな。経済的な余裕がないのにも関わらず、こんな俺たちを温かく受け入れてくれた恩をなんとか返してやりたいもんだ。……なあボス!」
「あ? ……ああ、そうだな」
盗賊たちの声は低く、どすも効いているが、心の底から慈しむような声色だった。ボスとやらはぶっきらぼうで興味のなさそうな声音だったが、その実心の中では村を思いやっているのかもしれない。
「……なんだ全然悪い人たちじゃあなさそうだね」
ディルは内心やっぱりなという気持ちでいっぱいだったが、それでもまだフレナは納得してなさそうだった。しかしこれ以上は収穫もなさそうだったので二人で一緒に離れることになった。ディルは先行し、地面に手をつけてこの上なくゆっくり動く。手のひらが土が汚れるが気にしてる場合ではない。フレナが彼に続こうとした時、彼女の足元から木の折れる音がした。
途端に背中や顔、全身から汗が吹き出す。彼がゆっくり振り返ると、フレナはどうしよ、と声に出さないで言う。向こうの声が聞こえるのに、こっちの音が聞こえないはずがない。家の中がにわかに騒然とした。
「なんだ今の音は!」
「誰かが外にいるぞ!」
「あわわ、ど、どうしよう……!」
「知らねえよ! 走って逃げるか? 隠れるか?」
大いに慌てる二人。彼女が名案を思いついたとばかりに「そうだ」と呟いた。
「ど、動物のふりをすればいいんじゃない!?」
「そ、そうか……! それならなんとかごまかしはつくかも。なら早くやってくれ!」
急かすディル。フレナは頷くと大きく息を吸い込み――――。
「グルルルァッ!」
「なんでそれなんだよ馬鹿野郎!」
家の中が殺気だつ。同時に、どんがらがっしゃん、と何かが転げ落ちる音がした。
「ボスが気絶したぞ!」
「まずいな、ボスはラグリルが大の苦手なんだ。子供の頃に襲われたせいでトラウマになっているらしい。はやく追っ払っちまわねえと」
家の中ではとんでもない大騒ぎだ。金属のこすれる音、きっと武器をとった音に違いない。
「ほら! やっぱり逆効果じゃないか!」
「きっと、きっと次こそは……」
「もういい逃げるぞ!」
手を引っ張るディルを無視して、再び息を吸い込んだ。
「くるるるるっ」
「いまさらリュリュのふりしてももう無理だって!」
「なんだリュリュか」
「嘘だろ……」
あれほど張り詰めていた空気が急激に弛緩する。ディルはほっとすると同時に、力が抜けてしまう。
「しかしラグリルの声だった気がしたんだが」
「きっとさっきは気が立ってただけだよ。いるだろ、腹が減ると性格が変わるやつ」
彼女はほらと言わんばかりにディルを見た。全てお前のせいだろと怒鳴ってやりたかったが、なんだかすっかり疲れてしまった。今度こそ慎重にこの場から離れた。