第二節「痛快」第二項
「あれが君の村?」
「そう、小さいでしょ?」
彼女はディルの指差す方を辿ったあとそう言った。ある程度近づいてみると、閑散としているがかなり広い。村を囲うようにして柵が立てられているのだが、とりあえずないよりはましだから取り付けたといった感じで、侵入は容易そうだった。
とりあえず忍び込んで彼女の家に行くことになった。見える範囲に人影はない。安心して木の枝を組んだだけのぼろい柵をよじ登ろうとした途端、鳥の鳴き声のようなけたたましい音がした。
「ピイイイイイ!!」
慌てて飛び退って木の影に隠れた。そのまま周囲の様子を伺っていたが、幸い誰かが来るような気配はなかった。目を凝らして改めて柵を見てみると、柵の継ぎ目に無数の葉っぱがくくりつけられていた。どうやらさっきの音は葉っぱ同士がこすれて出た音らしい。
なら取り除いてから侵入しようかと思ったが、それをするには葉っぱが多すぎる。作業中にうっかりさっきの音が出ないとも限らないし、なにより目立つ。
「なんだよ今のは!?」
「わかんない……。少なくとも私が村から逃げ出した時はこんな仕掛けなんてなかった」
「他に村の中に入る方法はないの?」
「柵をよじ登ればいいと思ってたから……」
ディルがじゃあどうするんだよと尋ねると、彼女は目を閉じて腕を組み、すっかり黙ってしまった。
これで柵を登って入るわけにはいかなくなった。彼女の話によると本性を隠した危険な盗賊たちが占拠しているらしいから、当然入り口から入るわけにはいかない。
彼女はまだ黙ったままなので自分なりに抜け道を探してみることにした。遠くの方に見える横に長い家の窓から光が漏れているだけで、まともな光源は月ぐらいしかない。回り込んだから当然だとはいえ、柵の前には畑が広がっているのみなので、多少うるさくなっても柵から強引に入り込んでもいい気がしてきた。やややけになっていると、いきなりフレナが「そうだ!」と言った。
「村の脇に大きい木があるんだ。落ち葉が積もって大変だけど、ご利益がありそうだから切るに切れないって皆が愚痴を言ってたのを憶えてる」
「だから?」
「鈍いなあ、その木の枝をつたえば……」
「柵に触れずに入れるってことか!」
早速フレナに大木とやらのもとまで案内してもらう。再び移動すること一〇分。見上げると首が痛くなるほど高々として立派な木のもとにたどりついた。なるほど確かに大きい。
そして木の大きさに相応しいくらい枝も長い。先端が村の中に突き出ているので、確かに柵に触れずに村に入ることができそうだった。
しかし枝はかなり高い位置、ディルの背丈よりも一回り上にあった。二人で協力すれば登る分にはいいとしても、降りる時が少しだけ心配だった。もちろん頭から落ちれば大怪我は免れない。
「本当に大丈夫かなあ」
「平気だよ。木の上からなら人がいないか確認できるし、二人の体重で枝をしならせれば安全に降りられるよ。きっと」
「それはいいにしても……。なんで俺が踏み台にならないといけないんだよ」
靴を履き直すのが面倒だからと土足で肩を踏むし、枝をよじ登るのに躍起になって足をばたつかせ、ディルの頭を蹴っ飛ばすのだからたまったものではない。
フレナを上げたあと、ディルも苦労してよじ登った。もちろん彼女の手助けは借りずに一人で登った。そして枝を揺らさないように進もうとするが、フレナはぴくりとも動かなかった。
「おい、なにしてんだよ。早く前に行けよ」
「わ、わかってる! わかってるからちょっと黙ってて!」
それでもまだ進もうとしない。それをいぶかしげに思っていると、突然ディルはあることをひらめいた
「……お前もしかして高いところが苦手だとか」
「なっ! そんなわけないでしょ!」
どうも図星らしい。このまましばらくからかっていても良かったのだが、ディルにしても不安定な木の上に長時間いるのは辛い。仕方ないので彼女の身体を押してやろうと手を伸ばしたところで、困惑して手が止まってしまった。
というのも、当たり前といったら当たり前だが、先に登ったから彼女は前にいる。つまり押せるところといったらお尻と太ももぐらいしかないのだ。
ディルとしてもこれは迷う。助けるふりをしてお尻を揉むか。善意で待っていてあげるか。
……ええい、なるようになれ!
これまた当たり前ではあるが、指先が触れた瞬間彼女は悲鳴を上げて抵抗した。
「お、落ち着けって!」
「どこ触ってんのよ!」
そして暴れるフレナと身体がもつれて派手に落下。上手く村側に転げ落ちたのは不幸中の幸いか。
「あっぶねえなあ! 気をつけろよ!」
「そっちこそ注意してよ!」
「おいお前ら、何してるんだこんなところで」
不意にかけられた、地を這うような声に思わず背筋が凍った。見上げると大きな身体に切り傷が目立ついかつい顔、つるりとはげあがった頭。男の手には細長い棒が握られていた。
フレナに目を向けると、男から視線をそらさないまま小さく頷いた。
「何をしているのかと聞いてるんだ。ここらへんの人か?」
ディルは答えないまま身体を起こす。戦うこともできるし、最悪逃げられるように。それにこいつらは最近村に来たと言っていたから、村の人間全てを把握してはいないはずだ。上手くすれば木の上で遊んでいただけと言い逃れることだって……。緊張感に耐えかねてフレナが口を開いた。
「ここらへんもなにも、この村の人だけど?」
「この村の? 長くいるわけではないが見たことのない顔だ。それにどうして入り口から入らずに忍び込むような真似をしたんだ?」
……ダメだ完全にバレていらっしゃる。フレナは言葉に窮し、ディルは身を硬くした。
「まあいい。君らにも事情があるんだろう。この村の人だって言うんなら早く家に入りなさい。そうではないなら出ていきなさい、もちろん入り口からね」
男はそう言うと去っていった。てっきり武器を向けられるかと思っていたので、思わずはなしろいだ。フレナに目配せすると彼女は肩をすくめた。
狐につままれたような気分のまま案内してもらった。彼女の家は、そこに向かうまでに見かけたいくつかの家よりもこぢんまりとした印象を受けた。
二十四時頃もう一度投稿します。