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いつかの恋を待ってる  作者: かようこ
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バラの剪定してないから 答え合わせ

 彼に会いたいと思っているけど、なかなか出会えない。


 訪ねるわけにいかないから、できたら、この前みたいに偶然に、と思ってる。


 このピアノ教室をインタネットで調べて、教えてる時間をさけて、家の前を通ったりしてる。


 やっぱり、まだ、バラの剪定はしていないし。


 いっそ、待ち伏せるかなと塀の前で、ピアノ教室であろう部屋を睨んでいると、家の玄関が開いた。

 彼が女の子とその母親らしき女性を送り出す。

 そのまま、玄関先に立って手を振っている。

 ふたりが門を出るまで見送るようだ。


 こちらに気がつかないかなと鉄格子ごしに玄関に向かって手を振ってみると、彼がこちらに歩いてきた。


「何か?」

 と首をかしげて、問う仕草。

 そして、今さっきと違い、硬い表情。


「バラ、まだなんですね」

 彼は眉を潜ませて、不機嫌さをアピールするように胸を張り腕を組んだ。

「忙しいんです。それにここは僕の家だ、どうしようと勝手でしょう」


 そういう返事をするだろうと思っていたから、ひるみませんよ、想定内だもの。


 だから、思わず微笑んだ。


 私のその表情に彼の方がひるんだ。

「そう、あなたの家です、庭も。今時分には、バラがどんな姿なのか、知らないとは思えないんです。新芽が出ていることまで気づく、あなたが」


「あまり興味がないんでね。こういうもんかって程度で気にかけただけだよ」


 彼は、苛立ちをアピールするように、指先を鍵盤を叩くように動かしている。


「百合が嫌いって言ってましたね。だから、このお庭には咲かないんですかね」

「は?」

 不機嫌な顔がくずれ、口をぱかっと開けたまま、次の言葉がでない。


「私、女子校なんですよ、百合ってなんだか切っても切れない縁がありますが」


 彼は口元をギュッと引き締めて、さっきの表情に戻して組んだ腕に力を入れた。


 心理学的に腕を組む行為は自衛の意味があるとよく言う。


 言葉を切り、彼の表情をうかがう。


 ここで、彼が不思議そうな、私に対して気味の悪そうな顔をしたら、謝って終わり。


 それ以外なら、当たりだ。


「何が言いたいの。差し上げたカサブランカが、ただ嫌いということでは、済みませんか」


 気づかれないように、ほんの少し口から息を吐く。

「それも、思いますが、独特の香りですし。ただ、百合の種類だなってとこを掘り下げることもできそうで」

「だから、なんなの」

「この庭に咲く花は、結構、たくましいのが多いです。チューリップやスズランの球根系はそのまま植えっぱなしでも、次の季節に咲きます。ひまわりやコスモスも種が落ちればそこから芽が出る。ラベンダーも小菊もここのバラも剪定さえすれば、形よく咲く。肥料はもちろん要りますが」


 ほうっておけば、もりもり増えていくし、接ぎ木で株を増やしていける植物が、このお庭は多いのだ。


 彼は眉間のシワを更に深くして私を見る。

「だから?」

「そうですね、今言った条件ならば、百合もあってもいいんじゃないかなと思うわけです」

「……個人の自由でしょう」


「その通り、ですが、ただ、あなたが嫌う理由ってなんだろう。いやな思い出があるとかは想像つきませんけど、その花の持つ意味が引っかかるのかなって。バラだって、苦手そうなのも」

 彼はふーっと息を吐き、うつむいた。


「ちょっとだけ、花言葉的なこだわり? って調べたんですけど、紫陽花、松葉菊やコスモスはチョコレートコスモスも咲くからなぁ」


 ネガティブな花言葉を持ってる花たちも普通にいるから。


「百合の花言葉は純粋です。だから、そこじゃない。他はというと女性の同性愛の事を表す花ですね、日本では。あぁ、バラも逆にそうです。娘とか嫁、姑の関係にしては年が近そうだから、友達かな、くらいにしか思っていなかったけど」


 こんなことをわざわざ言う私は、

「ゲスい、ですかね。私」


 ふんという鼻息が聞こえた。

「本当にね」


「私だってこんなこと本意じゃないです。ただ、おばあさまと彼女はどうされたんですか、しばらく見ていないのが心配なんです」


 彼はうつむいたまま、首を振る。

「祖母じゃない、彼女の方が……、病気でね、結構、悪い。もう最後だからって、一緒にいる。ずっと病院で、側に」 

「そういう関係は、許せませんか」

「頭では理解していると思う。でも、身内で直面すると驚いたし、複雑。嫌悪はない、でも、百合ってそれも連想させるから見るのはちょっと、ね。祖母たちもそうだと思う。だから、植えてなかった」

「そう、思いました。さっきも言いましたけど、花言葉に相応しい想いなのに自分たちの関係を外からは目隠したかったから、かもしれません」

「ふたりとも、もう旦那を亡くしてる。祖母はじいさまを最後まで看取ったし、子供も産んで、僕……、孫だって可愛がってくれてる。いいばあさまだよ。だから、両親もふたりを認めてる」


「バラの剪定、自分でしないのも、複雑だからですか」

「まぁね、祖母たちはそこは気に……知らなかったかもね。バラは男の方だから、僕だけが気にしてた。触れたくないっていうかな、細かいね。あー、言っとくけど僕は女性が好きですよ」 


 彼はいつのまにか不機嫌な表情ではなく、肩の力が抜けたようなリラックスした顔をしている。


「バラは綺麗です。だから、簡単に手折られないように棘があります。誰かに守ってもらうのではなく自分で身を守るためです。綺麗で強い、バラは高根の花と言われるのわかります。そう思って、お世話してみませんか」


 言いながら、ふと、相田さんを思い出す。


 彼女はそういう女性だ。


 そんなことを考えていたら、言葉が勝手に飛び出してた。

「棘もバラの魅力のひとつですよ、イヤがらないでください。棘にも、理由があるんです」


 ニヤッとして上目遣いで彼を見た。

 彼は、うなずいて、ふっと微笑み、組んでいた腕を外して腰に手をやった。

「それは前に一緒にいた彼女のことかな?」


 私は、さぁ? と、とぼけるように一瞬だけ視線を斜めにした。


 思いのほか、鋭いなぁ、と。


「ま、棘なんて、バラのお世話から、目をそらすための言い訳だったんだ」

「でしょうね。ちょっと、陳腐過ぎて、むしろ、気になることになりました」


 彼は、肩をすくめて、眉を下げ、苦いものにあたったような歪んだ表情で微笑んだ。

「そっかぁ、余計なこと言ったなぁ。もともと、バラは嫌いでは、ないんだよね」

 彼の素直な言い方に、笑みが漏れる。 


「なら、綺麗に咲かせて、見せてください。きっと……」

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