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いつかの恋を待ってる  作者: かようこ
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バレンタインのチョコ事情 翔

 コールに気がついて、パソコンのアプリを起動する。


 モニタには、本を読んでいる弟の翔が映る。

「ごめん、待たせた?」


 彼は私に気がついて、本を閉じた。

 何を読んでるのかと見ても、英語だからわからない。翔と母はアメリカに住んでいる。

「いや、そんなことないよ」


 普段はメールのやりとりで用は済むけど、定期的にこうやってモニタ越しで話すようにしている。何日の何時に話そうねって、メールするのだ。


「今日ね、チョコレートたくさんもらったの」

「バレンタイン、違うよな。なんで」

「友達のお父さんが勤めてるお菓子メーカーはね、バレンタインで売れ残ったチョコを解体して袋詰めにして、安く社内販売してるんだって。それをわけてもらったの」

 消費期限のシールだけ貼ってある透明な袋にいろんなチョコが入っていた。

「日本のバレンタインすごいんだよね。そっか、売れ残りってそういう処分もあるのか」


「私のチョコ、お口に合いましたでしょうか?」

 翔はぺこんと頭を下げて、

「おいしくいただきました。毎年、楽しみなんだ。母さんにも取られたけど」

 私は、はて? と首をかしげた。

「お母さん用にって同じの入れといたよ」

 そしたら、彼は驚いた顔をして画面に身を乗り出した。 

「え、そうなの? じゃあ、自分のは隠してたんだ。ひでぇ!」


 違う、違うと手を振り、

「いや、バレンタインのチョコはずっと、そうよ。この時期にしか手に入らない特別なのが多いから翔だけに贈るなんてことしないよ。お母さん、チョコ好きだから」

 腕を組んで考えるように瞳を閉じた。

「そういえば、俺宛ての送り状なのに、母さんが絶対、バレンタインの時期の荷物だけはなんでか、先に開けてるんだ。自分のだけ持っていくためにか……」


 そして、少しすねたように、唇を尖らせた。

「俺にだけのだと思ってたのにな」


 なんだか、余計なことを言ったような気がして、私はバツが悪くなり、頬をポリポリと掻いた。

「でもね、お母さんと翔がどんなの好きかなってちゃんと考えて選ぶのよ」


 彼はすねた顔のまま、眉間にしわを寄せた。

「チョコの俺の好みなんて、聞かれたことないよ? 一度も」


「でも、毎年、おいしいって思うでしょ。なんか、そういうのって、嬉しくない?」

 自分のこと、ちゃんと考えてくれてるって伝わればいいなと思うの。

「嬉しいけど、ん、そう言われると、なんでわかるんだ、って気になるね」


 今まで、彼が少しも疑問に思っていなかったことに驚く。

 だって、本人に、わざわざ聞かなくてもいい方法なんだけど。


「だって、お母さんに聞いてるもん、翔の反応どうだったって。あとお母さんの感想も。だから、同じチョコを贈っているんだもの」


 翔は眉間のしわを指で伸ばすように額に当てる。

「なるほどね、ちょっと不思議だとは思ってたんだよ。毎回、違うメーカーなのに、ハズレないから。好みに合ったのを選んでくれてたわけね、母さんと、俺の、ね」

 なぜか、最後の方にいやみたっらしい雰囲気があったのは気のせいだろうか。

「お母さんから伝わってると思ったんだもん。まさか、自分用のはいつも、別によけてるなんて知らなかったし。翔の感想を優先して、選んでるよ?」


「へー、優先……ね」


 だめだ、何言っても、ひねくれてる。何が気に入らないの。

 そもそも、毎年の行事なのに、今年に限って、なんでこんなことに。


 翔は画面から顔をそらした。

「じゃあ、今年の感想は、もう伝わっているんだ」

「うん、また、来年待ってて。おいしいって言ってもらえるの選ぶわ」

 彼は横を向いたまま、髪をかき上げて、画面に向きなおした。

「来年は食べるとこ見せる。直接、言うから」

 そういうのもいいかもしれない。

 感想を直接聞くのって楽しみだし、ずっと先の約束できるのも、嬉しい。

「うん、わかった」


 翔はすっと、横に視線を外して、

「色んなメーカーの買うの?」

「ううん、キリないから。全部、同じのよ」


「全部、ね。何個買ったの」


 指を折って、考える。

「四つか、あ、五つだ。今年」

 翔が、うん? と言って、画面に視線を戻した。

「増えたね、一個。今年って、どういうこと」

「翔とお母さんとかなさんの旦那さん、とお父さんと自分用で五個よ」

 かなさんは近所に住む叔母。その旦那さんには、いつも気にかけてもらっているから、そのお礼にと渡している。毎年、四個は鉄板。


「自分用? 自分へのご褒美や友チョコ、逆チョコ色々、あるんだってね。義理チョコが減ってるとかも。で、なんで、自分用で同じのが二個なの」

 お父さんの分は、ゆくゆく、私の分になるからね。

「いいじゃん。自分用なら、何個でも」


 別にやましいことをしてるわけじゃないのに、自然に顔を画面からそらしてしまう。

 さっきまでの翔の面白くない態度に対抗したい気持ちが出ただけ。


「へー……アレの同じのを二個、ね。たくさん入ってるの一個でもいいのに、な」


 コツコツと翔が何かを指で叩く音をマイクが拾っている。


 正直に言いなさいと急かされているようだ。気持ちが焦る。


 バレンタインのチョコだから、恋人にあげる分だと、判断できないのであろうか。

 なぜ、私から何かを言わせようと待つのか。

 なんだか、納得がいかない。


「別に、私がバレンタインチョコを何個、用意して、誰にあげようと」


 関係ないと続けようとしたら、翔が、とたんにじろっと一瞬、睨んだ。


 私がビクッと肩を縮ませるとハッとして、また、画面から顔をそらした。

 でも、その横顔は、苦しそうに眉をひそめている。


 そのままの沈黙が私が悪いことをしたみたいに責めているようだ。


 どうせ、話そうとしてたことだけど。


 ふぅと息を整えて、話し始める。

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