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いつかの恋を待ってる  作者: かようこ
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バラは次の季節に咲く 

 カツカツと足早に近づいてくるハイヒールの音に言葉が止まる。


「朝陽さん? あら」


 噂をすれば、なんとやら。


 相田さんが私の隣で立ち止まり、彼を見止めるとすぐに、

「ちょうどよかったわ。あなた、バラの世話をする気ないでしょう。私がやってもいいかしら」


 そうきたか。すごい、手を叩きたくなるくらい、いいね。

 やっぱり、強い彼女。


 私はうまいこと言って彼にやらせようと仕掛けてたけど。


 その彼は、腰に当てていた手をぶらんと下げて、顔の筋肉がゆるんて呆けた表情をしている。

 その顔を見て、相田さんは、あきらめたように瞳を閉じ、首を振る。


「三十分で済ませるわ。あなたが、都合のいい……そうね、レッスン中に終わらせて、すぐ帰るから」

「はぁ、なんで、また、そこまでして」


 彼女の勢いに押されてるせいか、声に力がない。

「バラが好きだからよ。粗末にされているのが見たくない」


 私は彼をちらと上目遣いで見た。

 彼は視線に気づき、口がほころびそうになるのを手で押さえた。

 私もつられて、同じ動作をすると、相田さんが私たちを交互に見た。


「何よ? ふたりとも」


 機嫌が悪そうな低い声で問う。

 私は、彼の方に返事を促すように手を差し出した。

 彼は口に手を置いたまま、んんっと喉を鳴らす。

 そのまま、こくんと頭を下げて、

「それなら、お願いします。いつでも、いらっしゃってください」


「ありがとう!」


 ぱっと花が咲いたよな笑顔と言うのはこういうのだろうというような笑顔で彼女が笑う。

 彼は一瞬、ひるむように体をそらせて、ほっとしたように微笑んだ。


 今回のことで、ついでに少し調べたバラの育て方を思い出した。


「バラって、咲いて、散ったら二葉下から切って、次のを咲きやすくするんでしたよね」

「そうなの。咲き始めると、またちょっと気にしないとね。あと、病気や虫も」

 えっ? と彼が困ったように眉を寄せる。

「めんどくさそうですね。それ、やらなきゃダメですか」


 わかった、彼は無神経なひとだ。

 私はなんとなく、こめかみを揉む。


 この流れでなんでそんなこと言うかな。


 植物はなんでも、ある程度は面倒をみなくては、ちゃんと育たないんだよっ。

 おばあさんたちがお世話してるの、ホント何気なくしか、見てなかったんだな!


 案の定、相田さんは疲れたように肩を落として、大きく息を吐いた。

「わかったわ、私がやるわよ。言い出しっぺだもの。でもね、あなたも少しくらい覚えなさいよ。おばあさんが戻ってきたとき、がっかりさせないように」


 いや、もう、相田さんのこの言い方ときたら。


 彼はどんな反応するのかとちらりと見ると、眉間を指で押さえて固まっていた。

 すると、肩をくっと上げて、ふうと息を吐きながら、下げた。

 そして、顔を上げ、困ったように小首をかしげて、ははっと笑った。

「すごい、こんな面識のない相手に容赦ない人たちだな! ふたりとも、どうして他人の庭に固執するの」


 私は、はいと手を挙げて、

「通学路にこんなに花が見えるところがないからです。あと、通りすがりに香りがただようのもいいし。まぁ、私がここを通らなくなるまで維持していただければいいなと」

「私も同じ。自己満足ね」


 ずいぶんな言い方だけど、本心を言う。

 今さら、取り繕っても、さっきまでの話しの方がひどい。


 それでも、彼はおかしそうに笑ったまま、

「勝手だな!」

「理由なんて、聞かなきゃ、そんなもんですよ」

 意外と単純なものだ、深く考える必要はない。

 相田さんもうなずく。

「そうそう」


 彼は降参というように両手を挙げた。

 けれど、顔はふせた。

「うん、祖母達が大事にしていた庭だから、帰ってくるまでは、できるだけどうにかする。協力してもらえるみたいだし、そんなに長い期間……じゃない、から」


 そして、小さくうなずいてから顔を上げた。

「ウチの庭……、祖母達も含めて気にしていただいて、えっと……」

 私は相田さんの方に手を差しのべて、

「相田さんです」

 相田さんはうなずくような、お辞儀をした。

 それを見て、彼は、まぶしそうに瞳を細めて、

「僕は、瀬戸と申します。相田さん、朝陽さん、ありがとう」

 と、腰を折ってお辞儀をした。


 彼は素直な人でもあった。

 相田さんは少し、え? という表情をしたけど、すぐに嬉しそうに笑った。


 そのあと、まもなく、バラの余分な枝が掃われ、ようやく、次の季節に咲く準備が出来た。

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