第五話:最後の一手
部屋の中は再び沈黙に包まれていた。
隣にいるアイはもはや困り顔ではなく泣き出しそうな顔をしている。
軽く沈みながら包まれるソファの座り心地を差し引いても、これほど居辛い空間は早々ない。
「技術部門長殿」
いた堪れなくなった私は声を上げて挙手をする。
「先ほども申し上げた通り自分は志願兵ではありません」
「そうですね。ですが、私も先ほど申し上げたとおり今日から君たちの上官です」
「それが手違いでも?」
「たとえ間違いでも、それでお引き取りくださいとはなりません」
とんでもないことになった。
覚悟を決めるしかないということか。
「理由は、あります」
いつのまにかキョウジは立ち上がって私たちを見つめていた。
「これは人類にとっての最後の一手です。次はありません。もちろん、この一手で状況が
確実に打破できるかどうかは分かりません。それでもやらなければ我々人類は終わりです。
ですからどんな人材であれ、戦力として徴集できるなら見境はありません」
「言っていることがおかしいです、技術部門長殿」
「キョウジでいいです」
彼の申し出を謹んで無視しつつ、私は続ける。
「それだけ重要な作戦であればなおさら人材は厳選するべきでは?」
「必要なのは”人材”です」
人材という言葉を強調するかのように、キョウジは両手の人差し指と中指を前方に軽く折る。
「それであれば問題ありません」
「そのわりにはアイ整備員に対して冷たい態度をとっておられたようですが」
いつしか私も立ち上がっていた。
眼下のアイは俯いておりどんな表情をしているか分からない。
「彼女は別です」
「……どうしてですか」
アイが顔を下に向けたまま口を開く。
「貴女はかつて工科大学にいましたね?」
「それが……何か、関係あるんですか」
顔をあげた彼女の眼は赤く潤んでいる。まるで決壊寸前の堤防のようだ。
「関係あります。どんな人材でもと申しましたが、彼女は今回の作戦に適さない」
「それは、それは私が、落第生だって……そう言いたいんですか?!」
アイは叫びながら泣いていた。
「君が戦闘班に不適合判定をされたこととは関係ありません、アイ三等整備員」
私は驚いた。荒くれものばかりの戦闘班希望者とアイとではまったく似たところがない。
「じゃあ何で?!」
「工科大学にいたころ、貴女は地球環境の保全を目的とするサークルにいましたね?」
「え、ええ。自分のフィールドワークですから」
キョウジは大きくため息をつく。
「問題はそれです」
アイも私も意味が分からず、口を閉じてしまう。
「地球は我々の敵です」