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第73話 フンドシ

作者: 山中幸盛

 幸盛は小説を書くとき、以前は鶴舞図書館やその界隈の古本屋まで資料探しにしばしば出かけたものだが、最近では自宅に居ながらにしてインターネットで何でも調べることができる。おまけに、重い厚い岩波書店発行の広辞苑を開かずとも、入力ソフトに『広辞苑第六版』を入れてあるのでちょちょいとキーボードを叩くだけで言葉の意味も出てくる。調べ物に関しては、結果的に『YAHOO!知恵袋』と『ウィキペディア』にずいぶんお世話になっている。

 『YAHOO!知恵袋』にはベストアンサーというものがあって、その道のエキスパートがどんな難問にも答えてくれる。一度インターネットが繋がらなくなったことがあったのでプロバイダーに電話して自宅まで来てもらったことがあるが、彼は「グーグルクロームが入ってますね、助かります」と言って恐ろしい勢いでキーボードを叩き、なんと『YAHOO!知恵袋』のベストアンサーなどを参考にしながら十分間くらい試行錯誤したあげくに引導を渡した。

「やはりインターネットエクスプローラーが壊れているようです。これからはグーグルクロームを使って下さい」

 それ以来ネット接続はグーグルクロームを使用しているが全く支障はない。この時に驚いたのは、このようなプロですらも『YAHOO!知恵袋』を活用しているという点だ。

 『ウィキペディア』の方は、今年に入ってからだと思うが、『ウィキペディア』で何か調べようとするたびに「寄付してくれー、このままじゃ立ちゆかなくなるから助けてくれー、気が変わればすぐに停止できるようにするから、後生だから寄付してくれー」としつこく訴えてくるので、うっとうしくなって月に七百円だけ寄付する手続きを十月にした。すると、ウィキメディア財団から律義に月に一回感謝メールが届くようになった。むろん、その最後のところに『停止方法』リンクが設けられているので安心はしている。


 そこでフンドシの話だ。フンドシを『ウィキペディア』で調べてみると次のようにある。

 「ふんどしは、日本の伝統的な下着。褌には概ね帯状の布を身体に巻き付けて身体後部で完結するものと、紐を用いて輪状として用いて完結するものに大別されている。同様のものは世界各地に見られる」

 『完結』ってどういうこと? 『完結』では漠然としすぎているので読み進めると、「六尺褌」とか「越中褌」とか「もっこ褌」とかがそれぞれ説明してあるが、これも作者の説明がヘタクソすぎて状況がよくつかめない。幸盛が先日着用したのはいったいどの部類に入るのだろうか?


 その日の朝、勤務先の自分の机でいつものように小説を読んでいると、あと十五分ほどで作業現場に行く時刻だという時点で小便がしたくなった。しかし、何とかもちそうだったのでガマンしていた。そして時間になったので現場に行く途中のトイレに入り、生き返る思いで便器に勢いよく小便を飛ばしている最中に、突然何の前触れもなく肛門が緩んだ。

 やばい、と思ったが後の祭り。勢いよく出ている小便を停めることができずにいたら、同時に肛門からダラダラと大量に液状の物質が流れ出た。その日は下痢をしているという自覚がまったくなかったので油断していた。こんなことは生まれて初めてのことだった。(これも年のせいか……)

 ○○を所定の位置に納めてから顔をひねって作業ズボンを見ると、尻の部分にべっとりと沁みている。これでは仕事にならないので更衣室に戻り、ロッカーを開いて正露丸を飲み、替えの作業ズボンを取り出す。しかし替えのパンツまでは用意していない。万が一再び肛門が緩んで液状のマグマが流出したら取り返しがつかないことになる。さて困った。

 しかし幸いなことに、奥の方にしまってある冬用のトレーナーと一緒に中日新聞販売店が粗品としてくれたドラゴンズタオルが出てきた。幅はやや狭いが充分に間に合う。だがヒモが見当たらないので事務所までビニール紐を取りに行かねばならぬ。事務所には人が数人いるのでスッポンポンで出て行くわけにはいかない。

 仕方ないのでズボンを直接履いて素知らぬ顔で事務所に行き、ビニール紐を確保してからいそいそと更衣室に戻る。下半身裸になってビニール紐を腰に巻き、股間にドラゴンズタオルを宛てて前と後ろで紐にくぐらせて下げれば、見事オリジナルフンドシの完成だ。意外にこれは良い。気が引き締まる思いとはこのことかと、思わず笑みがこぼれ出る。

 次の難関は汚したパンツと作業ズボンを何処で洗うかだ。固形物がほとんど無いとはいうものの、ニオイはあるし、まさか洗面所で洗うわけにもいかないのでパンツをズボンにくるみ、だだっ広い身障者用トイレに駆け込む。

 とりあえず便器に座り込んで残りの液状マグマを肛門からしぼり出してから立ち上がり、フンドシを締めてズボンを履き、便器に水を何度も流しながら汚れたパンツとズボンを水洗いする。そしてニオイを嗅いでみるが、この程度ならばビニール袋に入れてしまえば誰にもバレないだろう。

 その時に苦笑しながら思った。これで『北斗』のネタができたぞ。このフンドシはどんなタイプになるんだろう、家に帰ったらウィキペディアで調べてみなくちゃ。


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